超短編ホラー9「指をさす女」
「今日はどこに行く?」
「うーん、そうだ。あの廃ホテルは?」
「あの廃ホテルって?」
「あれ、健一は知らないんだっけ? 山の中にあるホテル」
「知らない」
俺はとりあえず、彼女であるかすみの車の助手席に乗った。
「そっか、知らないんだ」
そういう彼女の顔は、どことなく嬉しそうだった。
「なんだよ、ニヤニヤして」
「えー、してないよ」
そう笑いながら彼女は言った。
俺達の出会いは、大学内を歩いていた彼女に俺から声をかけた。
要するにナンパだった。
「してるじゃん」
彼女は目が大きく、背がスラッと高くモデルのように綺麗だった。
玉砕覚悟で声をかけたら、すんなりOKを貰えた。
「だって、久しぶりのデートだから」
彼女の趣味は変わっていて、心霊スポット巡りだった。
最近は少し会っていない日が続いていたけど、久々にデートに誘ったら彼女は二言なく了承してくれた。
「それで、そこはどんな噂があるの?」
運転席に座った彼女は、缶コーヒーを飲みながら、
「聞きたい?」
彼女は含みを持たせながら言うのが癖だった。
そんな癖を知っていた俺は彼女のペースに合わせるように、
「聞きたいね」
そう答えた。
「なんでもそのホテルの二階にあるお風呂に男の霊が出るんだって」
俺の反応を伺うかの様に、彼女は顔をこちらに近づけた。
「へぇ、それは怖いな」
本当はそうでもない。
元々俺はそんなに幽霊を信じていない、それに彼女とデートで行った心霊スポットでもこれといった体験もした事は無かった。
そんな訳で、別段怖くなかったがそっけない反応をしてもいけないと思って合わせただけだった。
彼女は車のキーを刺し、エンジンをかけライトをつけた。
「なんでもそのホテルっていうのがいわくつきで、昔そこに努めていた男の人が亡くなってるんだって」
彼女が自分の長い髪を、赤いゴムで留める。
「10年位前の話らしいよ」
俺はシートベルトをつけながら、
「10年前なら知ってそうだけどね」
なんとなく俺がそう言うと、その言葉を待っていたかのように彼女は顔をこちらに向けた。
「それがね、そのホテルを経営してたってのが議員だったとかで揉み消したんじゃないかって噂があるんだ」
彼女はこういう話をしている時が一番生き生きしている。
「へぇ」
たいして興味が無かったので、そう返事をした。
「さて、行きますか」
そういうと車が加速し、街中の駐車場を離れた。
※
移動の車中は、彼女の好きなグループの曲を流していた。
「ねぇ」
「うん?」
街の喧騒を離れしばらくした頃、外は木々しか見えなくなっていた。
「最近、どうしてたの?」
「ああ、最近?」
彼女とは数カ月会わない日が続いていた。
「まぁ、色々な」
「そう」
なんとなく車内の空気が悪くなる。
「そっちは?」
「ん? バイトとか友達とカラオケとか」
「友達?」
「ゆき」
「……ああ」
ゆきは彼女のコンビニのバイト仲間、物静かであまり自己主張するタイプの子ではなかった。
「ねぇ」
かすみが再度そう言った。
「なに?」
「浮気、してないよね?」
不意の質問に、ドキリとした。
「なんだよ急に」
「どうなの?」
「……してないよ」
「ほんとに?」
「ああ」
「なら、いいんだけど」
彼女はいつもこうだ、何か気になる事があると聞かないでおけない。
それを悪いとは思わないが、いい結果を招くとも思えない。
「そろそろかな」
少しの沈黙の後、彼女はそう言った。
「そうなの?」
「たぶんね、ほらあそこの看板」
「あの赤いの?」
俺の指差した先には、大きな長方形の看板があった。
「あれがそのホテルの名残なんだって」
しかしその看板の文字は消えていて、辛うじてテープのカスの黒い縁がホテルと読めない事もない程度の物でしか示されてなかった。
「ここに停めよう」
かすみが路肩に車を寄せた。
「はい、懐中電灯」
心霊スポット巡りの時は必ず、この懐中電灯を彼女が用意してくれていた。
「はいよ、じゃあ行きますか」
「うん」
俺達は車を降り、ホテルに向かった。
ホテルにはここから山の中に向かって歩いていくそうで、鬱蒼とした木々の間に隠れている階段を見つけそこを登り始めた。
「急な階段だな」
「そうだね」
はあはあと、息を上げながらも進み頂上に着いた。
「ここ、か?」
「うん、そうみたい」
すごく寂れている様な印象は無いものの、所々にあるヒビや壁に絡んだツタの多さから人の手を離れてからずいぶん経つことが分かった。
「じゃあ、入ろっか」
かすみがワクワクしながら、そう話した。
「ああ」
ホテルの中は所々に落書きはあるが、壁が崩れたりなど危なくは無さそうだった。
「案外、綺麗だね」
「ああ」
「本当に出るのかな?」
「さあな」
ライトであたりを照らしながら進む。
一階をひと通り見て回ったがこれといった事もなく、
「何にもなかったな」
「じゃあ、問題の上に行こう」
「おう」
上に繋がる階段は入口の所にあったのでそこまで戻り、二階に行く。
「なんだか、冷えてきたね」
かすみがそんな事を言った。
「そう、だな」
一階に比べて少し、けれど確かに寒く感じる。
「それじゃあ、見てまわるか」
「うん」
一階は大広間や厨房だったと思われる場所が多かったが、二階は客室だったんだろう。
小さく区切られた部屋がたくさん並んでいる。
「ゴミ、落ちてるね」
「そうだな」
部屋の中にはタバコの吸殻や、缶ジュースなどが散乱していた。
部屋を大雑把に見て歩いていると、
「もしかして、ここかな」
かすみの前に今までの入口よりも一回り大きな入り口があった。
「お邪魔しまーす」
そう言いながら足を踏み入れる、そこは脱衣室らしく左右に二手に分かれていた。
「男湯に出るんだって」
「じゃあ、そっちから見ようか」
「うん」
恐る恐る中に進む、更衣室だったであろう所は何も置いてはいなかった。
しかしその奥のすりガラスはそのまま残されていた、たぶんこの先が問題の風呂場なのだろう。
俺達は無言で歩む。
「じゃあ、開けるぞ」
こくりと首を縦に動かす、かすみ。
ゆっくりとすりガラスの引き戸を、開けた。
室内をライトで照らす。
「何も、いないね」
「ああ」
拍子抜け。
「わっ!」
急にそう言いながら、俺の背中をかすみが叩いてきた。
「おい!」
「ははは、ごめんね」
「もう、やめろよ。心臓停まるかと思ったわ」
「ごめんって」
かすみはいつもこんな事しないんだけどなと思ったものの、口には出さなかった。
「じゃあ、行こうか」
そう言いながら彼女は、俺の前を歩き出す。
「待てよ」
「ほら、早く」
スタスタと先を進んでいく、いつの間にか階段のあるホールの所まで来ていた。
(これからどうしようか? ってか今は何時だ?)
俺は歩きながら携帯を取り出し、階段の中腹で時間を確認する。
その時、電波を示すアンテナにバツがついているのを知った。
(ここ、圏外かよ)
そう考えていると、
「ねぇ」
前を歩くかすみが振り返らず、俺に尋ねる。
「浮気、してないんだよね?」
言ったと同時にこちらを振り向いた。
そのかすみの顔が固まる、そして。
「きゃー!」
悲鳴を上げた。
「なんだよ」
そう言いながら後ろを振り向く。
目の前に髪の長い女が立っていた。
「うわ!」
俺は驚きそのまま走り、先に行ったかすみの背を追う。
「待ってくれよ」
しかし、かすみはこちらを気にも留めない様に階段を下りる。
「おいって!」
かすみは先に階段を下り終え、車に乗ろうとしていた。
後部座席のドアの取っ手を握るが、
「開かない! おい、開けてくれ!」
しかしかすみは聞こえないのかエンジンをかける。
何度も運転席の窓を叩くが、開ける気配はない。
「かすみ!」
長い髪で隠れた彼女の顔は見る事が出来なかった。
「開けろって!」
ふと見たサイドミラーに彼女の口元が写る。
(う、そ、つ、き)
そう呟いた様に見えた。
「おい、待てよ!」
車は急発進し、すぐに見えなくなった。
「嘘つき」
声に気付き後ろを振り向くと女が俺を指差しながらそう言っていた。
その服装は、かすみの服に似ていた気がした
※
気がつくと朝だった。
なんとか山を下り、かすみに連絡をしたが連絡が取れなくなっていた。
彼女は、いつの間にか大学もバイト先も辞めていたらしい。
「彼女、気づいてたのかもね。私たちの事」
ゆきに尋ねると、そんな答えが返って来た。
誰かに指をさされている気がした。
ヒトコワ系と心霊系の合体の様な物を目指し書きました。
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