9.レイト
分岐点まで戻り、俺たちは再びセントアへの道を向かった。東の都からセントアへの街道は結構往来が多く、相変わらず俺たちは目立った。俺様の環はまた少し太くなり、より遠くからでも目立つようになっていた。
俺様とカエデだけだったらすぐに話しかけられて大変だっただろうが、カイトがいるおかげでチラチラ見ていくものの、話しかけたりするやつはいなかった。カイトは革でできた鎧を着ているし、剣も持っているので誰が見ても公用の者だとわかる。俺とカイトだけだったら、きっと護送される罪人のように見えるのだろうが、カエデがいるので何の一行なのかわからなくなるようだった。
だが、今日は珍しく話しかけられた。
セントアの方から歩いて来た男が、俺様の頭の上にある環を何度も見たあとで、気軽に話しかけてきた。
「あんた、魔族なのか?」
「そうだ。だが、ただの魔族じゃない。魔王なんだ。」
「いや、冗談は言わなくてもいいよ。」
「冗談なんか言ってない。」
「オレも魔族なんだ。登録番号はw-455だ。あんたは?」
「俺? えーと、そんなのあったっけ?」
困っている俺をカイトが助けてくれた。
「この方も確かに魔族だが、登録されていないんだ。」
「え、未登録の魔族? だから、その環をつけれらちゃたのか?」
「これ? これは違うぞ。俺のじゃないけど、俺の家にあった本がまずかったやつらしくて、これを付けられたんだ。誤解を解いてこれを外してもらうために、これをつけたやつを探しているんだ。」
「そうなのか、それは大変だな。オレの名はレイト。登録番号で分かったと思うが、西の都の出身で、今はセントアに住んでいる。これから仕事で東の都に行くんだよ。」
「レイトは俺様以外の魔族に会ったことあるのか?」
「もちろんあるよ。登録は1年更新だから、その時にたまに他の魔族に会うんだよ。」
「そうなのか。…俺にとってはレイトが初めてあった他の魔族だ。神族はこの間エストに会ったけど。」
「エスト様にお会いしたのか。あの方は気さくでいいお方だよ。」
「確かにそうだった。ご馳走してもらったしな。」
「…なんでエスト様に会ったのに、登録しなかったんだ。未登録だと、それだけで罰則があるのに。」
「ああ、それなら大丈夫です。私がエスト様から申し付かっていますから。」
カイトが持っていた袋から、小さな巻物を取り出し広げて見せた。
『この者は当面未登録での行動を許可する。 東の都 エスト』
「へー、こんなの初めて見たよ。あんたすごいんだな。」
「…すごいのか? まあいいけど。レストはいくつなんだ?」
「オレか、オレは81歳だ。」
「81歳? あれ? 計算おかしくないか? レストの見た目は40歳代だぞ。」
「ああ、オレは魔族になってからも、普通の人間に近い歳の取り方なんだ。たぶん、普通の人間の倍くらいじゃないかな。だから81歳で見た目とちょうど合うだろ。」
「確かに合ってる。俺様は10歳で発現して今252歳だから、人間の20倍だな。魔族はみんな20倍くらいだと思っていたよ。本にもそう書いてあったし。」
「普通はそうなんじゃないか。オレが珍しいんだと思うよ。…オレの魔力は大してないんだよ。まあ、おかげで助かっている面もあるんだけどな。」
「え? どんなこと?」
「魔力が弱くて大したことはできないから、魔族だってみんな思わないんだ。普通の人間として暮らしていけるんだよ。魔力を本気で使っても、人間の力持ちくらいのことしかできないんだ。おかげで、見た目よりも力持ちだって思われてるだけなんだよ。普通の人間と同じように暮らしていけて、寿命は2倍。…オレは魔力が弱くて良かったよ。」
「オレは?」
「…ああ。魔族はみんな登録されていて、毎年更新する時に通知をもらうんだよ。新しく登録された魔族と、死亡して抹消された魔族の名前が載っているやつだ。抹消された方は理由も書いてある。一番多いのは自殺だよ。人間からは仲間に入れてもらえず、他の魔族との関わりも閉ざせば孤独になるに決まっている。」
「どうして他の魔族と離れようとするんだ? 同類だろ。」
「彼らは人間でいたかったんだよ。魔族になりたいと望んではいなかったのだからね。そしてみんなオレよりも魔力が強かったから、どうしてもバレてしまう時があるんだ。ましてや他の魔族との交流なんて、考えもしなかったのだろう。」
「そうなのか? 俺様は10歳で魔族になってから242年間生まれた村で過ごしてきたが、俺以外の村人はみんな人間だったけど、仲間外れとかはなかったぞ。居心地良かったから、村から離れたのはこれが初めてなんだ。なあ、カエデ。」
カエデがレイトの方を見て頷くと、レイトは感心したように何度も頷いていた。
「あんたは運がいいよ。あいつらもそんなところに生まれていたら、自殺なんてしなくてすんだろうに…。」
「レイトは大丈夫なのか?」
「オレは大丈夫だよ。歳を取るのが人間よりは遅いから、どうしても一つのところに長くは住んでいられないけどね。まあ、あちこちいろんなところに住んでみるのも飽きなくて面白いもんだよ。そして、その土地で見かけた魔族にはなるべく声を掛けるようにしているんだ。嫌がるようなら、すぐにやめるけどね。」
「どうしてですか?」
カエデが聞いた。
「魔族の仲間が欲しいなら、なってあげたいからさ。オレは人間の中にも溶け込むことができる。でもそうはできない魔族がほとんどなんだよ。彼らは自分が魔族じゃないって一生懸命思い込もうとするか、どこにいるのかわからない仲間を求めているんだよ。」
「レイトさん、やさしいんですね。」
「オレは魔族の中では力の弱い劣等生だけど、おかげで人間にも魔族にも入っていける。両方の気持ちがわかるからね。」
「抹消された魔族で、自殺以外はどんな理由が多いんだ?」
「それは、…エスト様から聞いていないのかい?」
「うん、何も。」
「じゃあオレから言うわけにはいかないよ。そのうち、神様から教えてもらえるよ。」
「何だよ、教えてくれてもいいじゃないか。」
「ダメなんだよ。…これからどこへ行くんだ?」
「俺たちか? セントアだ。」
「そうか、じゃあセントアの神様に会えばきっと教えてくれるよ。エスト様もそのつもりだったんだろう。」
「セントアの神様?」
「ああ、この国で一番霊力が強い神様だ。…メル様のこと知らないのか?」
「知らない。エストのことだって知らなかったんだ。」
「あんたホントに何にも知らないんだ。…よく生き残ってたな、ある意味感心するよ。」
「レイト、今俺様をバカにしたろ!」
レイトは明るく笑って言った。
「あはは、わかった? いや、でも感心したのはホントだよ。さっきの話の続きじゃないが、生き残っている魔族の大部分は、あんたみたいに色んなことを気にしないやつらなんだ。どうして魔族になったのかや、これからどうしようとか、どうすればいいのかなんて気にしない。魔族になったんだから受け入れる、なるようになるさと開き直る。…オレもそんな感じで生きてきたけど、それでいいんだよ。考えたって仕方がない。魔族から人間に戻ることは無いからね。」
レイトは笑いを消して真面目な顔になった。
「さっき言ったみたいに、魔族になっていいこともある。人間に迷惑をかけず、魔族として生きていけばいいんだ。ただ、元々は人間だったことを忘れちゃいけないけどな。」
「どういうことだ?」
「登録を抹消されずに、ずっと残っている魔族の名前もあるんだ。ただし、名前の右側に『固定』って書かれている。…重罪を犯した魔族たちだ。彼らは人間を見下し、自分達が選ばれた優れた存在だと勘違いして結局人間にもオレたち他の魔族にも迷惑を掛ける。今は魔族でも、元は人間として生まれたのにな。人間と魔族に優劣なんて無いのに。」
レイトは再び笑って、俺の肩を叩いた。
「まあ、あんたは大丈夫だな。オレが会った魔族のなかでも、一番何にも気にしていないやつだから。」
「ちょっとまて、何でそう決め付ける?」
「だってそうだろ。いろんなことを知らないって言っていて、オレが教えても顔色一つ変えずにそのまま聞いている。聞いている態度も、真剣に聞くっていうより、そのうち鼻くそでもほじりだすんじゃないかって雰囲気だしな。」
「…ブフォ」
カエデが笑いをこらえ切れずにふきだした。
「見事な例えですね。」
カイト、大真面目な顔で何言ってんだ?
「な、今の話でも、怒らないしな。あんたは大したもんだよ、大物だ。」
カイトも後ろを向いて笑い出した。カエデは大笑いだ。
レイトはまた会うのを楽しみにしていると言って、東の都に向かっていった。俺様は別に再会したくない。カイトはレイトを見送って感心したように言った。
「あんなに明るい魔族の人を初めて見ましたよ。…いや、2人目です。1人目は魔王さんでした。」
「私は師匠が基準なので、魔族の人はみんなこうだと思ってましたよ。」
カエデ、お前師匠をつかまえて『こう』はないだろ。
「違いますよ、カエデさん。魔王さんとレイトさんは飛びぬけて明るいですし、色んなことを気にしない力がすごいです。…気にしない力っていうのはおかしいかもしれませんが。」
そういうとカイトはまた笑い出した。
「そうですよ、変ですよ。気にしない力っていうのは。…ねえ、師匠。」
俺を見ながら爆笑するな。…でもいいんだ、気にしない! 全然気にならない。
「さあ、セントアに行くぞ。」
俺はまだ笑っている2人を置いて歩き出した。
「待ってくださいよ、師匠。」
カエデとカイトは笑いながら、走って追いついてきた。




