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自称魔王の初めての旅  作者: 門外不出
8/12

8.北の都

 東の都を出発してから3日目だった。宿屋を出て街道を歩いてしばらくすると、カイトが話し出した。

「この先に分かれ道があるのですが、左がセントアに行く街道で右に行くとヒイラギ山に向かう道です。右に行けば北の都があった場所を一望できる場所に行けます。分岐点から2日ほどかかるので往復4日かかりますがどうしますか?」

 北の都が「あった」場所か…。

「カエデはどうする?」

 俺様は正直、別にどっちでもよかった。

「私、見てみたいです。」

「そうか、じゃあ行こうか。」

「そうですね、あそこは一度は見てみた方がいいと思います。…一度見たらもう忘れられませんから。」

 カイトは遠い目をして思い出しているようだった。いったいどんな光景なんだろう。

「カイトさんはあちこち旅をしていたんですよね?」

「ずっと昔のことですけどね。まだ若かったのでいろいろ無茶もやりました。自分の剣術の腕に酔っていた時もありましたからね。今から思うとお恥ずかしい限りです。」

「カイトさんが?」

「私にも若い時がありましたから。」

 俺たちは分岐を右に向かい、ヒイラギ山を目指した。


 カイトの話はいつもおもしろかった。あちこち行っているので、いろんな場所の出来事や自分が経験した話など話題が豊富だった。…ただ、カエデがカイトにせがむのは、今から行くところの美味しいものの話が多かった。

「ねぇ、カイトさん。」

「何です、カエデさん。」

「ヒイラギ山近くではどんなものが美味しいんですか?」

「あの辺りは山からのきれいな水が豊富なので、魚も野菜もおいしいんですよ。何を食べても外れは無いところですね。」

「そうなんですか、楽しみだなぁ。」

「私のお気に入りの宿屋があるので、そこに泊まりますか? あの辺りでは料理が一番の宿屋です。部屋はちょっと古いかもしれませんが、料理は抜群です。」

「うわぁ、嬉しいな!」

 カエデは喜んで、飛び回っている。

「カエデさんは、身が軽いですねぇ。剣術師範として見てもなかなか見所がありますよ、たくさん食べるのもいいことです。」

 カエデの様子を見ていたカイトが俺にそう言った。


 カイトが薦めるだけあって、出てきた料理はめちゃくちゃ美味かった。エストのところで食べたのも美味かったが、こっちのは素材の良さを生かした料理で趣が違う。こういうのを食べ歩くっていうのも悪くないな。・・・でも、なんかニンジン食べたくなってきたぞ。

「なんかニンジンの料理ってあります?」

「すみませんねぇ。この辺は少し寒いところなので、もうニンジンの時期は終わってしまったんですよ。旬のもの以外はなるべく出さないようにしているんです。」

「そっか、残念だ。」

 カエデとカイトが不思議そうに俺を見ている。

「いやぁ、ニンジン好きなんだよ俺。」


 俺たちは早朝に宿屋を出発して、ヒイラギ山を目指した。

「結構な坂だな。」

「これはまだ緩い方ですね。そのうち立って歩けない場所も出てきますから。」

「カエデ、大丈夫か?」

「私なら大丈夫ですよ。師匠こそ大丈夫ですか? …なんだか元気が無いような。」

 うん、俺様もう疲れたの。

「あと3時間くらいですね。頂上までいくのなら8時間くらいかかりますが、3時間登れば稜線に出るので北の都の方が見渡せます」

 3時間か、仕方ないがんばるか。

「師匠、私が後ろから押してあげましょうか?」

 頼むといいたいところだが、さすがにそれは情けない。

「何を言ってるんだ、カエデ。大丈夫に決まっているだろ。…でも後で頼むかもしれないから、その時はよろしくな。」

 俺様は体力にまったく自信は無い。

「もちろんです、師匠。」

 …師匠か。カエデには宿屋や休憩した時など、ある程度まとまった時間があるときに、自分でできる修行方法などを教えている。うちの本に書いてあった方法だ。人間が意図的に魔力や霊力を獲得することはできない。魔族や神族の持つ力を「借りて」、同じ様に力を使うようにはなれる。ただし、それも相当な修行が必要だ。魔族が魔力でおかしくなるやつが出るように、元々力を持たない人間が力をちゃんと使えるようになるには、資質も必要だ。ヤヒロは封士になれた。神族の力を使い、魔族を封じることができる。結構な力が必要だから、ヤヒロの身体にも相当な負荷がかかる術だ。カエデがそこまでいけるのかはわからないが、今のところは力に飲まれることもなく、力に慣れてきている。


「もう少しです。あそこに見えているところを超えれば、向こうが見渡せます。」

 ようやくか。何とかカエデの後押しは頼まずに済んだ。

「先に行ってますね、師匠!」

 カエデは駆け出すと稜線に向かって行った。あいつ本当に元気だな。

 カエデの姿が稜線の向こうに一旦消え、すぐに姿を現してこっちに向かって言った。

「師匠! 霧がかかっていて、何にも見えませーん!」

 どうしてがっかりさせることを言うんだ。そこに行く気が失せるじゃないか。

「大丈夫ですよ、魔王さん。朝方はいつも霧がかかるんです。だんだん気温が上がってくるので、霧は消えますよ。」

 カイトは本当にいろんなことに詳しいな。俺様は何とか気力を振り絞り、ようやく稜線を越えたところで腰を下ろした。

「ここから見えるだろ。俺様はちょっと休憩。」

 俺は持って来た水を飲んだ。ただの水なのに美味い。

 カイトはカエデにいろいろ説明してやっている。こっち側は見渡す限り霧に覆われている。今越えて来た稜線の向こうは見通しがいいのに。


 霧が徐々に晴れてきた。周りがだんだん見えてくる。

「な、何ですか、あれ?」

 カエデが指差す方を見たとき、俺は絶句した。この山の頂上よりも高くそびえたつ尖塔のようなものが霧の上の方から見えてきたのだ。

「…あれが何かはわかりません。」

 カイトが静かに言った。

 さらに霧が晴れてきて、徐々に遠くまで見えてきた。尖塔ははるか彼方にあることがわかった。そして全く同じ太さのまま地面に向かって続いている。あれじゃあ、あの高さを支えられないだろ。…魔力?

「あれは北の都を滅ぼした魔族が作ったものです。北の都の中心からそびえ立っています。地上でもあの太さのままです。」

 霧が一気に晴れた。はるか彼方まで見渡せたが、目についたのは巨大な四角と、その中央からそびえたつ尖塔だった。

「あの四角いのはなんだ?」

「…北の都で破壊されたガレキです。」

「ガレキ?」

「ええ、あの中には遺体もあるはずです。」

「な、何だって?」

「北の都が破壊された時、最初は普通に、普通にと言うのも変な感じですが、一面の廃墟になっていたそうです。ちょうど今の私たちのように、ここにいた人達が見ていたんです。突然、北の都の方に巨大な光の環が多数現れたそうです。あまりのまぶしさに目を閉じると、次は真っ暗になったそうです。慌てて目を開けると北の都は、…北の都のあった場所は一見平らになっていたそうです。高さのある構造物が何も無いみたいに。双眼鏡を持っているものがたまたまいたので、それを使って見てみたのです。平らに見えたものは全てガレキで、きれいに整地したかのように平らになっていたそうです。もちろん、端の方はガレキの断面が見えたそうですが。」

 そんなの想像できないぞ。しかもあの大きさの都を全て破壊するなんて、なんて力なんだ。

「その時、音は全くしなかったそうです、全く何も。ですから、ここで見ていた人達は何かの見間違いだと思ったそうです。そして2回目の異変が起きました。」

「どうなったんだ?」

「今度は周囲が一気に暗くなり、巨大な稲光の様なものが北の都の方に落ちたそうです。その後一瞬巨大な光球ができ、すぐに消えたそうです。周囲が普通の明るさに戻ったとき、今と同じ光景になっていたそうです。あの四角いものはガレキを集めて固めたものです。遺体がどこからも見つかっていないので、多分あの中にみんなあるのです。…だから、あれは巨大なお墓なんですよ、きっと。あの尖塔は、彼らを天国に導くための道標じゃないかとも言われています。本当は何なのかは、あの都を破壊した魔族にしかわかりませんけどね。」

「…その当時、北の都には何人住んでいたんだ?」

「たぶん、5千人くらいじゃないかと言われています。」

「あれは、5千人の墓標なのか。」

 俺が茫然とその光景を見るしかなかった。カイトが言った通り、この光景を忘れることはないだろう。

「人間も神族もいろいろやってみましたが、あの墓標と尖塔に何もできませんでした。」

「何も?」

「何もです。もちろん触ることはできます。しかし、まったく動かせないのです。そして、あの墓標の上には乗ることも乗せることもできません。例え石を投げても弾かれるのです。…ただ、花だけは乗せられることがわかりました。だからこそ、あれは墓標だと言われているのです。墓標に乗る無礼は許されず、ただ、花だけは手向けるために許されていると。」

 こんなに遠くからでも、巨大だとわかる墓標か。

「あの尖塔にはよく雷が落ちるそうです。」

 あんなだだっ広い場所で、あそこだけあんなに高いんだからそうなるだろう。

「雷が落ちた後、あの墓標全体が青白く光るそうです。それも結構長い間。…だから、このあたりの人たちは、雷の音がしだすと北の都の方を見ないようにするそうです。」

「どうしてですか?」

「墓標の青白い光は、雷雲も青白く染めるので空全体が青白く揺れて見えるそうです。…まるで死者の巨大な魂のように。」

「キャア!」

 カエデが慌てて俺に抱きついてきた。

「ずっと見ていると、そこに呼ばれて吸い込まれてしまうように感じるので、できるだけ見ないようにしているそうです。」

 カイトは痛ましそうに首を振りながら、続けた。

「私も一度だけ見ました。…確かにそう感じたので、もう見ません。」

 俺たちはもう一度北の都の墓標を見て、そこから去った。

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