6.東の都
結局、東の都まで7日掛かった。親衛隊が触れ回ってくれたおかげだとおもうが、あれからはトラブルも無く順調だった。…ただ、あちこちの宿屋からうちに泊まってくれとそれこそひっぱり回され、決まったら決まったで見世物扱いになった。まあ、村での扱いも似たようなものだったから、あんまり気にはならなかったが。俺様を見に来た連中の話を総合すると、魔族は大変珍しい存在になっているらしい。今は魔力が発現するとすぐに登録されるらしく、俺様のように250年を超えて未登録だったっていうのは聞いたことが無いとのことだった。身近に魔力や、神様の行う奇跡も見たことがないっていうやつらばかりだったので、俺様が魔力の一端を見せてやった。…と言っても、村でよくやっていた雨を降らせたり、逆に雲を追い払って晴れにしたりすることだったが、彼らには驚愕の力のようだった。…おかしいな? 村ではこれくらいじゃあ誰も驚かないし、俺がやって当然くらいの業務みたいなものだったのに。魔力も魔族も珍しいものだったなんて意外だった。
「師匠、今日はどこに泊まりますか? 7軒の宿屋から是非泊まって欲しいって連絡が来ましたよ。」
「…まかせる。だって選ぶの面倒くさいじゃん。」
「わかりました。…私も自分で選ぶのは大変なので、あみだクジを作ります。」
クジ? クジにしちゃうの? 最低ラインは決めた方がいいんじゃないの?
「はい、師匠。どこか選んでください。」
カエデは有無を言わせず、あみだを書いた紙を突き出した。
「…ん、じゃあこれ。」
俺は一番右端を指した。
「わかりました、ここですね。えーっと。」
そうやって決まったのが、この宿屋ベストルだった。…もう少しまともな宿屋もあっただろうに。ベストルは宿屋と名乗ってはいるが、間違いなくただの農家だった。空いている納屋の一角(だから独立した部屋じゃない)を貸しているだけなんだから。当然ながら、食事もここの使用人と同じもののようだった。配膳してくれたのは、でっぷりと太ったおばちゃんだったが、俺とカエデを交互にジロジロ見て、最後に俺の環を見てため息をつきながら去りかけた。
「ニンジンが無いんだけど、ニンジンの料理ってないの?」
「は? そんな注文つけるお客さんなんて初めてだねぇ。ニンジン好きなのかい?」
そう言われてから、俺は急に恥ずかしくなった。…俺がニンジン好きになったのも、ヤヒロのせいだったからだ。胸の奥がズキッと痛んだ。…大ダメージだったんだな、俺。
「ピクルスならあるよ。…でも、口に合うかねぇ。ここでは当たり前の食べ物なんだが、東の都以外ではあんまり食べない料理みたいだから。」
「ピクルス? 好物になった食べ物です。是非お願いします。」
隣の席に座っていたカエデは、私は要らないとばかりに大きな声で「ごちそうさま」と言った。
「あんた、この辺の出なのかい? そうじゃなきゃ、珍しいね。ニンジンのピクルスは、苦手な人間が多い料理なんだよ。」
「いやー、作ってもらったことがあるんですよ。」
「あんたも隅に置けないねぇ。そういうことには縁遠いって感じだから。」
…見ず知らずの相手に、そこまで言うなよ。
「実は、作ってくれたやつを探しているんです。東の都の出身だと言っていたので、何か手がかりが無いかここまでやってきました。」
「そうかい、…あんた見直したよ。私はその娘をかどわかして来た悪人かと。人を見た目で判断しちゃいけないよねぇ、やっぱり。」
隣でカエデが笑っている。…笑ってないで、何とか言ってくれよ。
「えーっと、この人わたしの師匠なんです。」
「ホントにかい? 脅かされているなら、おばちゃんが助けてあげるよ。」
カエデはますます笑いながら答えた。
「大丈夫です。わたしを守ってくれますよね、師匠。」
「そうだとも、よく言ったカエデ。…これで信じてくれます?」
「そこまで言うならねぇ。あんたみたいなのが師匠とは、世の中変わったねぇ。」
おばちゃんはまだブツブツ言いながら、ニンジンのピクルスを出してくれた。
「おー、美味そう。どれどれ。」
2、3切れまとめて食べてみたが、ヤヒロのとは微妙に違った。美味かったけど、何かが少し違う。
「そんなに真剣にピクルス食べるひと、初めて見るよ。…どうだった?」
「…美味いです。あいつが作ったやつはもっと美味かったけど。」
「そりゃ、ごちそうさん。」
そんなやりとりをしていると、ガチャガチャ音を立てながら入ってきた男がいた。
「ここにいましたか。ずいぶん探しましたよ。」
思い出した、街道であった武装騎兵の男だ。今日も結構な鎧を身に着けている。おばちゃんが俺からすっと離れて言った。
「あんた、やっぱり何かしでかしたんだね? …うちの宿屋に罪人がいたなんて。すぐに捕まえておくれ。」
「違う、違う。何にもしていないって。ほら、あんたからも何とか言ってくれよ。」
俺は男に言った。
「え、…ああ。私はこの方を捕らえに来たんじゃないよ。この街に着いたらすぐに連れて来るように頼まれているんだ。でもまさかここに泊まるなんて思わなかった。ここ以外の宿屋には着いたらすぐに知らせるように手配してあったんだが、いつまで待っても連絡が来ないんで探しに来たんだ。」
「…ちょっと、あんた。それどういう意味?」
おばちゃんが両手を腰に当て、眉毛を逆立てながら男に聞いた。
「まぁ怒るなよ、女将。ここは本来宿屋じゃないだろう。そもそも農閑期だけしかやっていないじゃないか。普通、ここが宿屋なんて思わないぞ。」
おばちゃん、ここの女将さんだったんだ。
「ちゃんと寝られる場所を提供して、まっとうな食事も出しているんだから、立派な宿屋さ。あんただって泊まったことあるだろ。」
「わかっているよ。でもこの方達が泊まるとは思わなかっただけさ。そう怒るなよ。」
「もういいよ、今度泊まりたいって言っても、料金倍にするからね。」
そういうと女将さんはプリプリ怒ったまま行ってしまった。
「すみません、お騒がせして。」
男は丁寧に頭を下げた。
「知り合いなんですか?」
「元の女房です。」
俺とカエデは驚いてポカンと口を開けていた。
「ずっと昔はここで働いていたんですよ。…いろいろあって王宮に仕えるようになったのですが、ここで働けないなら出て行けって女将から離縁されてしまいましてね。女将はここの跡継ぎですから仕方ないんですが…。」
あれ? 女将さんに振られたってこと? 逆じゃないの?
「すみません、私の話ばかりして。この都の神、エスト様があなたをお待ちしています。今からお連れしたいのですが、よろしいですか?」
いつもの俺だったら断っただろう。少なくともゴネる。だが、さっきのやりとりですっかり拍子抜けしていたので、あっさり了承した。
「いいけど、何の用なんだ。」
「会いたいとおっしゃっていました。知らない魔族に会うのはとても久しぶりだからと。」
「ふーん。まあ俺様も神様に会ったことないしな。…本で見たことしかないんだ。」
「温厚な方ですよ。…あの、お弟子さんも連れていかれます?」
俺の横で興味津々のカエデを見て、男は聞いてきた。答えは分かっていたが、一応聞いてみた。
「どうする、カエデ?」
「行きます、師匠。私は神様を遠くから一度見たことしかありません!」
「…だって。」
「よろしいですよ。神からも特に指示や制限は聞いていませんから。ところで、あなたのお名前を教えていただけないでしょうか。お呼びしにくいので。」
「俺か、俺様に名前など無い。魔王だ。そう呼んでくれ。こいつは弟子のカエデ。あんたの名は?」
「私は親衛隊第3騎兵隊副長のカイトです。では、まいりましょう。」
宿屋の裏口の方に馬がつながれていた。カイトが乗ってきた馬なんだろう。
「俺たちはどうやっていくんだ? あんたは馬で、俺たちは歩いていくのか?」
「いえ、ここの馬車を借ります。ここは街外れにあるので、神殿まで結構ありますから。ちょっと待っててください。」
そう言うとカイトは宿屋の中に戻っていった。
「なぁ、カエデ?」
「何です、師匠。」
「カイトって結構かっこいいよな?」
「ええ、そう思います。…おじさんですけど。」
「だけど、あの女将さんに振られた。」
「…びっくりですよね。」
「て、ことはだ。カイトよりイケてない俺様を相手にしてくれるのは、女将さんよりも…ってことになるのか?」
「え、別にそういう訳じゃないと思いますよ? 師匠、もっと自信を持ってください。 たぶん、大丈夫ですよ。」
「たぶん」って、それじゃあ慰めになってないだろが。
「あ、カイトさん戻ってきましたよ。」
「お待たせしました。馬車を借りましたので、私の馬につなぎます。」
カイトは近くの小屋に入ると、2人乗りの小さな馬車を出してきて、自分の馬につないだ。
「どうぞお乗りください。」
俺はカエデに手を貸して先に乗せた。
「師匠、荷物はここに置いたままですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だろ。誰かがもし盗んでも、俺様が取り戻してやるよ。自分のものを取り返すんだから、環も反応しないだろ。…でも、それって面倒くさいな。」
俺も馬車に乗り込みながらカイトに言った。
「すまないが、女将さんに荷物を預かってくれって言っておいてくれ。カエデの荷物が結構あるんだ。」
「いいですよ。頼んできます。」
カイトは再び宿屋に入って行き、戻ってきたときには小さな紙袋を持っていた。
「荷物の件は大丈夫ですよ。じゃあ出発しましょう。」
カイトは自分の馬に乗ると、ゆっくりと馬を歩き出させた。
街道に入ると、カイトは先ほどの紙袋からサンドイッチを取り出して食べ始めた。
「すみません、夕食をまだ取っていなかったので失礼します。」
「いい匂い。美味しそうですね。」
カエデはクンクン匂いを嗅いでいる。
「…女将が作ってくれたんですよ。さっき馬車を借りにいったときに、恥ずかしながら私のお腹がグウグウ鳴ってしまいましてね。食事はまだなのかって聞かれたので、食べていないと答えたら作ってくれたみたいなんですよ。」
カイトは嬉しそうに話しながら、美味そうにサンドイッチを食べている。俺はヤヒロと一緒に食事をしていた時のことを思い出していた。
「…師匠?」
「べ、別にうらやましいわけじゃないぞ。いや、あの、…美味そうだなって思っただけだ。」
「ふーん、そうですか。」
カエデは明らかに納得していないようだったが、俺は無視することにした。カイトは美味そうに食べている。
街道に出てから30分くらい経つと人通りが増えてきた。俺たちの前から来る奴らは、例外なくびっくりしてこっちを見て立ち止まる。見なくても分かるが、通り過ぎてからもこっちを見ているんだろう。ここに来るまでも俺とカエデだけでも目立ったのに、今は親衛隊の騎兵が引いている馬車に乗っているんだから尚更だ。
「カイト、まだ遠いのか?」
「そうですね、あと15分くらいで着きますよ。…どうかしましたか?」
「いや、みんなにジロジロ見られるから、まだ着かないのかなぁって。」
「その環がありますからね。魔王さんが来ている事はみんな知っていますよ。むやみに近づかないようにって布告も出ていますから。」
「近づくな?」
「ええ、魔王さんの魔力がどれほどのものかわかりませんから。…ずっと昔にあったという話ですが、一番強い神の力さえ上回る魔族がいたと、世界を破滅させられる魔族がいたと聞いています。神は人間に対しては絶対的な力を持っていますが、魔族に対しては個々の力関係次第になるって。この都の神よりも強い魔族が現れれば、その魔族が支配する街に変わるだろうってね。」
「俺、そんなこと考えたことないよ。だってさ、支配して楽しいか? いろいろ大変だよ。俺様がいた村だと壊れた橋や屋根を直したり、ちゃんと水が流れるように水路を整備したり、病人や怪我人が出たら治療したりとか、雑用ばっかだよ。それなのにめったに感謝なんかされないし、割りに合わない仕事だよ?」
カイトは俺の顔をポカンと見ていたが、急にカエデの方を見て聞いていた。
「カエデ殿、魔王さんが言ったことは本当ですか?」
カイトが急に真面目な顔で聞いたので、カエデはちょっと驚いていた。
「本当ですよ。師匠は村のみんなじゃできないことができるので、困ったことがあるとみんな頼みにいっていました。師匠はいい人なので、ほとんど断らずにやってあげてたって聞いてます。…私が元気になったのも、師匠のおかげなんです。」
カイトは感心した様に何度もうなずきながら俺を見た。
「失礼ながら私の感想も同じなのです。魔王さんから悪意や、邪気は全く感じません。…どちらかというと無邪気な子どものような感じさえ受けますから。魔族とは思えません。」
「…カイトは俺以外の魔族と会ったことあるのか?」
「ありますよ。最近一番凶悪だった魔族は無関係の人間を襲って、…殺しました。すぐにエスト様によって退治されましたが、2人殺されて、子どもが1人だけ助かりました。もう20年くらい前の話です。」
それって、ヤヒロのことじゃないのか?
「その魔族は魔力が発現してすぐに登録されました。両親が連絡したのです。…ただ、それでいろいろあったようです。」
「いろいろって?」
「最近は新たな神族も魔族も出ていません。ここ百年では、先ほどの魔族しかいません。魔王さんはその前からいたんですよね。」
「そうだ、俺様はもっと前からいた。」
「その魔族は、…人間だった時には16歳の女の子だったそうです。ある日突然魔力が発現し、登録されました。」
「魔力が発現した状況は? そこに問題があったんだろう、きっと。」
「…その通りです。彼女はどちらかというと裕福な家庭に育ちました。容姿にも勉学にも優れ両親と兄の4人家族で友人もたくさんいました。恵まれた、他の人からは羨まれるような人生でした。」
「…でした?」
「ええ。彼女の15歳の誕生日を祝うパーティの日のことです。彼女に恋人ができ、お披露目も兼ねていたそうです。彼女は怖がりなところがあり、唯一の苦手なものでした。彼女の恋人と友人達は彼女を怖がらせ、最後は頼りになる恋人が登場するような出し物を考えたのです。彼女のお兄さんも協力し、化け物の姿で彼女を脅かす役目を引き受けたのです。きっと、可愛い妹の怖がる顔を見たかったのかもしれません。…そして悲劇は起きました。」
「どうなったんだ。」
「これはあくまで伝聞です。生き残った関係者と彼女から聞いた話をまとめたものです。」
「いいから、話せよ。」
俺の横でカエデも興味津々に聞いている。
「彼女は得体の知れないものが本当に怖かったのです。脅かしてからかうようなものではなかったのです。…しかし彼らは実行し、彼女は本気で怯えました。そして彼女は強く、とても強く願ったのです。いなくなれと。私の前から消えてくれと。…そして、二度と現れるなと。」
俺はもう想像がついた。カエデは息をのんで聞いている。
「彼女のその強い願いで、魔力は発現しました。彼女の願いは現実となり、化け物の格好をして彼女を脅かしていた彼女のお兄さんは、…文字通りいなくなりました。二度と彼女の前に現れないようにね。」
「…だが、現れたんだろう。望む形ではないはずだが。」
「そうです。彼女のお兄さんはその時から行方不明になり、1週間後に見つかりました。…死体となって。」
カエデは大きく眼を開いたまま聞いている。
「どこで見つかったんだ。」
「近くの河原に埋められていました。散歩していた犬が吼えて引っ張るので飼い主がしぶしぶ行ったら、半分埋められた状態のところを見つけたのです。…その河原は、彼女が見たくないものを埋めていたところでした、写真とか手紙とかも辺りに埋まっていたそうです。彼女の願い通りに化け物は、彼女が大好きだったお兄さんは、二度といなくなったのです。」
「かわいそう、彼女は何も悪くはないのに。」
カエデはそう言った。が、俺はそれを否定するしかなかった。
「誰も悪くない。だが、結果は結果だ。取り返しはつかない。」
「魔力が発現しなければ、悲劇は起きませんでした。お芝居の出来で紆余曲折はあっても、愛すべき種明かしはあったのですから。でもそうはならず、人一人が亡くなりました。彼女のせいで、…正確には発現した彼女の力のせいで。」
「で、どうなったんだ。」
「彼女はすぐに魔女として登録されました。彼女の恋人は疎遠になっていき、両親とさえ上手くいかなくなっていきました。跡継ぎだったお兄さんが亡くなったせいです。しかも憎むべき犯人は、娘であり妹であった彼女なのですから。」
「…壊れたのか?」
「ええ、そうです。彼女は現実を受け入れられませんでした。それも当然だと思います。望みもしなかった魔力をある日突然自分が使えるようになり、しかもそれを愛していた兄を殺すことに使ったのですからね。…彼女の自我は次第に分裂していきました。」
俺もカエデも口を挟まず、黙って先を促した。
「最終的には11の人格になっていたようです。その中で最も純粋で、それゆえ人間に対しては危険な人格が出ているときに、たまたま通り掛かった親子に強大な魔力をぶつけました。エスト様が間に合い、子どもは何とか助かりました。その人格は、自分の力の強さに恐れおののく彼女自身の気持ちの中のごく一部から生まれたようです。もっとこの力を試したい、もっと強い力を手にしたいという純粋な気持ちからです。その結果全く無関係な人間が二人亡くなり、孤児が一人生まれました。彼女はエスト様によって固定され、中央の都セントアに送られました。」
「固定?」
「そうです。神は破壊したり、消滅させることはできません。それは魔力に類することですから。ですから、彼女の時間を止めて固定したのです。彼女は止まったまま、永遠に生きるのかもしれません。」
「神様にもできないことがあるんですか。」
カエデの感嘆はもっともなことだった。できないことがあるなら、神様のイメージ狂うよな。
「そのようですね。魔族による破壊行動は他にもありました。今から話すことは、最大規模の災害となったものです。たった一人の魔族により、一つの都が無くなりました。」
家の本に載っていた話なので察しはついた。北の都のことだ。
「私が幼かった頃に聞いた話です。彼は16歳で魔力が発現したそうです。彼は生まれつき顔に大きな痣と多数の瘤があり、右手と左足も変形していました。そのせいで運動は苦手でしたが、知能は優れていたので学業は優秀な結果を残していました。」
カイトは俺たちがもういいと言うのを待つかのように、時間をおいた。俺もカエデも何も言わなかったので、話を続けた。
「学業は優秀だったのが逆に良くなかったのかも知れません。彼はそうとうひどい、いじめを受けていたようです。彼は決して両親にも兄弟にも言いませんでしたが、体に痣が絶えなかったそうです。魔力が発現したとき、彼は手ひどい暴力を受けていたそうです。いつもなら痛みに耐えながら、早く終われと思っていたらしいのです。でもその時は怒りがこみ上げて、こいつら死んでしまえと強く思ったそうです。その瞬間に、彼に暴力を振るっていた者、それを傍観していたもの、彼を助けようとはしなかった周りにいた人間は全て圧死しました。そこには何もなかったのに圧死していたのです。」
カイトは痛ましそう首を振りながら続けた。
「それから彼の周りの人間は一変しました。これまでとは真逆に、彼に仕えるようになったのです。最初は彼も楽しんでいました。だって、これまで虐げられていた連中が、彼の前でひれ伏しているのですから。でも、それも長くは続きませんでした。彼は結局誰も信じられなくなり、北の都を道ずれに、自らを壊しました。今だに北の都は廃墟のままです。」
「どうして再建しないんだ。」
俺様は答えを知っていて、あえて聞いてみた。
「再建を拒む魔力が今だに効いていて、神様でもなんともできないそうです。」
それは事実だが、それが全てでは無い。北の都は警告なのだ。魔族に対しては注意深く扱えと、それはいつ爆発するのかわからない危険物なのだと。そして今だに魔力が影響を与えているのなら、『彼』は何らかのかたちでこの世界にまだいるのだろう




