4.俺様、封じられる
どうやら俺様はずいぶん長い間気を失っていたようだった。外はもう朝になっていた。まさかヤヒロが封士だったとはなぁ。本で知ってはいたけど、ホントにいるとは思わなかった。しかもヤヒロがなぁ。そういえばヤヒロはどうしたんだろう?
家中探し回ったが、ヤヒロの姿はもちろん無かった。本棚の本も全て消えていた。まあ、全部読んだし無くなってもいいけど。…そうだ、環。ヤヒロ、エライことしてくれたな。ホントについてるのかな? 鏡を見た俺は、自分の頭の上に黒い環ができているのを確認した。
「…ヤヒロ、結構な封士じゃないか。これって相当な高等技術のはずだぞ。あいつ、がんばったんだなぁ。」
いかん、感心している場合じゃない。この環をヤヒロに消してもらわないと、俺が消えてしまう。環は中心に向かって徐々に太くなって3ヵ月後には黒い円になる。その時に俺様はそこに吸い込まれてどこかに飛ばされてしまう。飛ばされた先がどうなっているのかは、誰も戻ってきていないので誰も知らない。ヤヒロを早く見つけないと。あいつ、東の都に住んでいて、南の都のお祖父さんところに行くって言ってたよな。…でも、ヤヒロは俺を封じるつもりで来たんじゃないのか? それなら都の話は嘘かもしれないな。まあ、いいや。嘘なら仕方ないし、他に手がかりも無い。とりあえず東の都に行ってみよう。
今まで使ったことは無かったけど、『瞬間移動』っと。東の都に…、そう思ったらまたしても激痛が身体中を走った。
「痛い痛い痛い痛い。」
どうやら、環の力で封じられているようだった。…歩いて行くの? 1週間はかかるのに。移動系の魔力は他には無いからなぁ。瞬間移動できるのに、それより遅く移動するなんて無駄だもんな。…歩いて行くか。このままでも3ヵ月後には飛ばされちゃうし。とりあえず、村のみんなに話しておかないと。
「どうしたの魔王ちゃん。…その頭の上にある黒い環は何?」
行く先々で全員に聞かれた。そりゃそうだろう、俺だって自分以外の誰かの頭の上にこんなものがあったら聞いている。
「これ? ヤヒロにつけられたんだ。ヤヒロにしか外せないから、探しに行ってくるよ。」
ここまで説明すると、たいてい「ははーん、やらかしたな」って反応が返ってくる。違うんだよ、そんなんじゃないんだよ、そこまでいってないんだよ。…でも説明すんの面倒くさいんで、誤解されたままにすることにした。
「東の都に行ってくるから、しばらく留守にする。用があるなら、今言ってくれ。」
その後俺は、薬を5人分作って、枯れかけてた貯水池へ川から水汲みをし、橋の補修をやった。また環に痛くされるかと思ったけど、何も反応しなかった。
カエデの家にも挨拶に行った。
「こんにちは、イリアさん。」
「あら、魔王さん。珍しいわね、どうしたの。…何、それ?」
俺は環の説明と東の都に行く話をした。
「…そうなの。でも、戻ってくるのよね? カエデは、魔王さんのところで修行するのをとても楽しみにしてるから。」
「安心してくれ、ちゃんと戻ってくるよ。で、カエデは?」
「…多分、いつものところよ。」
「あそこか。じゃあ、呼んでくるよ。」
俺はカエデの家があった場所に向かった。
カエデは自分の家のあったところに座っていた。その姿を見て、俺は思い出した。ヤヒロには結局説明できなかったが、カエデを少しでも助けることができたことを。
カエデは母親の姉のイリアさん達と一緒に暮らすようになったが、いつも自分の家のあった場所に来ては、そこでただ黙って座っていた。俺はそれが心配で、散歩といいながら、カエデの様子を見に来ていた。
その日もカエデは独りで座っていて、何かを探すかのように顔を上げてはしばらくすると俯いていった。俺はカエデの横に座って話しかけた。
「ここから離れたくないのか?」
カエデは静かに頷いた。
「ここにいても、何にも変わらないぞ。イリアさんも心配している。」
カエデは聞こえていないようだった。
「お前の亡くなった両親だって、お前がこのままじゃ心配でしょうがないだろ。」
カエデは全く反応しない。
「ったく、しょうがねえな。死人の魂だから、大丈夫だよな。…カエデ、俺の両手を見ていろ。」
俺は両手に強く魔力を集めた。
「お、お母さん。お父さんも。」
カエデは、両親を亡くして以来初めて話した。俺は自分の両手の上に、カエデの両親の魂を呼び寄せたのだ。
「カエデ、お前の手を俺の手に合わせろ。そうすりゃ、お前の両親の気持ちが伝わる。」
カエデはそっと俺の手に合わせた。そして泣き出した。
「わかったか、カエデ。お前の両親はお前を愛していて、そして亡くなった今でもお前を心配している。そして、お前には生きていて欲しいと。」
「…うん、聞こえた。いっぱい聞こえた。とっても暖かい気持ちが伝わってきた。」
「それがお前の両親の愛だ。…それに応えてやれ。できるな。」
「うん、わかった。」
カエデの両親の魂は、俺に礼を言いカエデの頭を撫でてから消えていった。
「…私にもできる?」
「何? 今のやつか。…がんばればできるかもしれないな。やってみるか?」
「うん。」
こうしてカエデは俺様の弟子になった。…師匠の大事なお菓子を食べてしまう弟子だが。まあ、なんにせよ、今は元気になって良かった。俺はカエデに声を掛けた。
「おーい、カエデー。俺様はヤヒロを探しに東の都に行ってくるからなー。」
カエデは俺の方に振り返り、すぐに立ち上がるとものすごい勢いで走ってきた。
「師匠!」
「な、なんだカエデ?」
「振られちゃったんですか?」
「は?」
「ヤヒロさんに、振られちゃったんですか?」
「えっ? お前、何言ってんだよ。」
「師匠、いったい何したんですか? せっかくいい雰囲気だったのに。…こんなチャンス二度と来ないですよ。自分の置かれた立場をわきまえないと。」
俺の置かれた立場って、そんな位置なの? …こんなチャンスは二度とないの? 確かに今回以外に、一切そんなことはなかったのは確かだな。
「…カエデ君。確かにそうかもしれないが、師匠に対して言いすぎだろう?」
「ああ、すみません。…で、ヤヒロさんに何をしたんですか! 事と次第によっては、ただではすみませんよ?」
「俺は何もしていない! …いや、キスはしたな。あれがまずかったのか? でも、あれ…」
そう言いかけていた俺をさえぎって、カエデが驚いた顔で話し出した。
「師匠が、ヤヒロさんにキス? 師匠が? …師匠、やるじゃないですか。これで安心しました。早く村のみんなにも教えてあげないと。」
すぐにも走り出しそうなカエデを捕まえて聞いた。
「ちょっと待て。今のはどういう意味なんだ?」
「いえ、師匠があんまり奥手なんで、みんな心配していたんですよ。ヤヒロさんが来てくれたのはいいんですが、師匠が逆に変なことをやり過ぎないか心配で心配で。」
お前ら、…どうも心配かけてすみません。
「ねぇ、師匠?」
「ん、なんだ。」
「わたしも付いて行ってもいいですか?」
「え、俺は別にいいけど、イリアさんが許さないんじゃないか?」
「聞いてみます。ここ以外のところにも行ってみたいから。」
イリアさんとカエデの話は簡単にはまとまらなかった。そりゃそうだろう。俺様がいくら魔王とはいえ、カエデはまだ子どもだしな。
それでもカエデが押し切ったらしい。
「じゃあ師匠、荷物をまとめてくるので待っててください。」
そういうとカエデは部屋から飛び出て行った。
「魔王さん。カエデにもいい機会なので魔王さんさえ良ければ連れて行ってください。」
「いいんですか? 心配じゃないんですか?」
「もちろん心配ですが、わたし達があの子を外に連れていってあげることもできません。魔王さんの今までの、…ずっと昔からの暮らしぶりならカエデを安心して預けられます。」
…ひっかかる言い方だが、信用されているんだと受け取っておこう。
「…魔王さん?」
イリアさんが少し不安そうに聞いてきた。
「はい、何ですか?」
「…聞きにくいんですけど、お金は持ってます?」
「お金? もちろん持ってないですよ。だって、俺いらないもん。」
イリアさんはため息をつきながら言った。
「…やっぱり。聞いておいて良かった。この村なら魔王さんはお金は持っていなくても大丈夫ですよ。だって、村のことをいろいろやってくれているし、魔王さんは食べ物くらいしか欲しいって言いませんからね。でも、この村から外に出てしまえば、何をするにもお金がいりますよ。」
そう言うと、イリアさんは戸棚から小さな箱を取り出した。
「この中にカエデの両親が残したお金が入っています。本当はカエデが大人になったときに渡すつもりでした。でも、魔王さんと旅に出るのなら、もうカエデに渡すことにします。もしお金に困ったらカエデからもらってください。その代わり、カエデをちゃんと守ってあげてください。…あの子はまだ、10歳なんですから。」
イリアさんは少しだけ涙ぐみながら、俺に小さな箱を手渡した。
「もちろんだ、安心してくれ。…お金ってどうやって使うのか、カエデは知ってるかな? 俺使ったこと無いから知らないんだよ。」
「…カエデはお手伝いとかしてもらっているから、お金の使い方は知っています。」
「そうか、それなら安心だ。」
「わたしはとっても不安になりました。…いいですか? カエデに万一のことがあったら、ただではすみませんよ。…あなたが魔族だろうが何だろうが、永遠に後悔させますから。」
「…は、はい、だ、だい、大丈夫だす。あ、安心していただけると、幸いです。」
どうして女の人はこんなに急変できるんだ? イリアさんのこんな怖い顔初めて見たよ。
「わかりました。…結果を出してくださいね?」
それで、その笑顔ですか。女の人って怖い。…怖いけど、魅力的なんだよなぁ。困ったもんだ。…男がバカなのか?
そうこうしているうちに、カエデが戻ってきた。
「師匠、お待たせしました。カエデ、準備完了です。」
…どうやってその荷物を持って行く気なんだ? カエデは大きな袋を背負い、両手にも同じくらいの大きさの袋を持っていた。
「…カエデ。それ、何が入っているの?」
イリアさんが俺より先に聞いていた。
「これですか? 右手の袋はご飯関係です。材料とか、調理道具です。左手の袋はお泊りセットです。寝袋とか、いろいろです。背負っている袋は、食材とか飲み物とかです。」
「…イリアさん、不要なものは置いていってもいいですよね?」
「ええ、そうして下さい。魔王さんの力で何とかなるもののなら不要なはずです。…無くて困ったっていうことだけは避けて下さい。」
全然信用されていないんですね、俺。
「じゃあ、カエデ。出発しようか?」
「はい! 師匠。」
「いってらっしゃい、カエデ。身体に気をつけてね。魔王さん、カエデのことをくれぐれもお願いします。さっきのことを忘れないでくださいね。…例えあなたが忘れたとしても、私が覚えていますからね。」
イリアさんの眼だけは笑っていない笑顔を向けられて、俺は精一杯胸を張って答えた。
「まかせろ、俺様を誰だと思っているんだ? 魔王なんだぞ。」
あっさり返された。
「カエデ、もし何かあったら独りでも帰ってくるのよ?」
「はーい、イリアおばさん。…でも、師匠も連れて帰ってきまーす。」
カエデさん、ありがとう。あなたを僕は守ります!
何だか立場が逆転したような気もするけど、いいだろう。さあ、旅の始まりだ!




