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妄想はもうよそう

見えてきたのは今まで見てきたーーというか今も背景に聳え立つ都会のビル群に比べるとしょぼい水柱。

清涼感は確かに伝わるが、最先端技術の結晶とも言えるビル群とは比べるべくもなく、ただ吹き上げた水が段階的に落ちていくだけのどこにでもある噴水だ。


そんな古典的な噴水の周りを囲むベンチにはそれぞれリア充どもが我が物顔で居座っている。


その一角には長蛇と言えるであろう列。

蛇の頭にはピンクの簡易屋台のような車が居座り、開けた口で夢と現実の……ではなく、クレープと現金の受け渡しを行っている。


割合的に半分ほどの、木陰に入っていないベンチに満足げに座るリア充の神経はリアジュリンの分泌で麻痺しているのだろう。

熱いだろうにくっつきやがって、あ、そこアーンとかしてんな、手には便座の三十倍の雑菌がだな……


っと、そこで例のブツが目に入る。割合的に半分ほどの木陰の中のベンチの一つに黒髪ロングに白いワンピース。

この広場に存在する全ての女性の中でもトップ争いが出来るほどの美少女であるクロは腰掛けていた。見た目だけな。


彼女は広場に入る俺を見つけると顔を明るくして、若干頬を朱に染めて俺の元へ駆けつける。


……嘘だ。今のは俺の妄想。


現実の彼女は、さっきまでとは異なり、無表情で駆けつけるというよりは歩いて、グングンと大きい歩幅で俺との距離を縮める。

冷たい眼差しは暑い日差しと共に一句詠めば、対比によってお互いを強調し合えるのではないかと思えるほどだ。


「こんな暑い場所で女の子待たせておいて堂々と歩いてくるなんて男としての自覚ある?ちんこある?」


怒ってるのか。だから無表情だったのか。


「自覚?あるか、そんなもの。ついでに夏の暑さで性根も腐っちまったよ。それと女の子がちんことか言わないの」


「腐ってるのは性根に限らずでしょ?もはや発酵生命体とでも言えるんじゃない?」


『はっこう』生命体と聞いて思いついたのは蛍、しかしここはあえて朝礼で光る球体。


「おいおい、なんだか校長とでも張り合えそうな名前だな」


「そういう言い方をするなら校長は発光生命体じゃなくて反射光生命体よ」


「そりゃそうだ」


妙に納得してしまう。

こんなことなら素直に蛍というべきだったかもしれない。

こいつはこんな嫌味(こと)言うためにわざわざあんな速さで近づいてきたのか?


ふと、そんな疑問が頭をよぎるのと同時にクロの手が眼前をよぎり、掌を上に向けた何かを要求するような形を作る。


「向こう、並んでるみたいだから野口さん二人くらい発行してもらえません?発行生命体、水田銀行さん?」


改めて認識。俺にそんな宇宙恐竜ゼットンみたいな二つ名はない。

発行生命体と称された俺は必殺技を構えたヒーローの前の怪獣のような気分になるが、最後の抵抗を試みる。


「一つ、忠告してやろう」

「必要無いわ」


即座に言い渡される否定の語。しかしここを突破されてしまったら野口さんを失う俺は簡単には引かない。


「一つ忠告してやる。クレープの生地の主成分は薄力粉。『餅の食感が愛される理由』というテーマについて調べているクロならわかるだろうが、餅の主成分であるデンプン以外にももちもちの食感を作り出す物質があるーー」


「グルテン。タンパク質の一種で小麦に含まれる。大方薄力粉にも含まれるそれが体に害を及ぼす可能性があるとでも言うつもりだったのかしら?」


「分かってるなら止めとこうぜ!」


「残念ながらその説には疑問があったから、ハルが寝ている間に望月教授に聞いたわ。セリアック病の患者さんは別にして、グルテンが私たちの健康に直接害があることは科学的にはまだ示されてい無いそうよ?ちなみにあなたの朝食は?」


「……卵かけご飯ですが?」


朝食は時間がなかったので日本人の国民食|TKG(卵かけ御飯)になったのだが、今はそんなことはどうでもいい。

質問に答えながらも脳内で逃れる術を検索する。


「よかった。ここでパンとかうどんとか主成分が小麦のものを答えられたらグルテンが脳に作用するのをもう一度検討しようと思ってたのよ。あなたはやっぱり元々その頭脳なのよね!」


チッ好き放題言いやがって。


ここで俺が小麦系の回答をしても、自分が食べて確認するなどといった名目でクレープを奢らせたのち、小麦を食べた直後のクロより、俺の方が頭が悪いことを示して、グルテンの悪性を否定するつもりだったに違いない。


俺の頭脳がクロに劣ることの証明など、彼女にとっては造作も無いだろう。

クロは学年でも成績優秀者であり、並以下の俺より頭が良いのはまぎれも無い事実なのだから。


「…………はぁ」


こいつほんと嫌な奴だな。

そんな気持ちを溜息に乗せながら俺は閉ざされたチャックに手をかける。


そしてヨレヨレの財布から野口さん二枚を取り出すとクロに渡す。


「これでチャラだからな」


「分ったわ、ここで私のことを性悪だと再確認しているであろう銀行さんに彼から一言」


クロは千円紙幣の両端を掴み、左右にピンと張りながら俺に見せつける。

ここに来てさらに嫌がらせかよ……


「『周りの人間も、周りの状況も、

自分から作り出した影と知るべきである。』野口英世の名言よ。向こうのベンチにバック置いて場所とったから」


私が性悪だと思うならそれもまたあなたのせいよ、といったところだろうか。

間違いなく名言の悪用である。

元は「逆境を言い訳に逃げるな」といった戒めのようなものだった気がするが、まぁその点においてはクロは俺にとって逆境であるのだからあながち間違いで無いとも言えるかもしれ無い。


で、クロはバックで場所取りしたと……


「都会でそんなことやったらダメでしょう!」


そんな俺の忠告のようでいてその実ただの文句は彼女の耳には届か無い。

振り向いてみれば、言葉が発せられたとき、彼女はすでに蛇の尻尾に噛み付いていたのだ。


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