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プール行けばリア充飛び込む水の音


キャンパスを出た俺を襲ったのは朝ーーと言っても俺の活動時間上昼前に当たるがーー感じたよりもさらに強い熱気だった。

夏の気温と自らを照らす太陽光、無駄に多い周囲の人間の体温と、アスファルトからの照り返し。

ヒートアイランドとはよく言ったもので、全てが相互に作用しあって俺に熱気を押し付ける。


時刻は12時半を回ったところーー1日で最も暑い時間帯。


大学のキャンパスで昼食もとり、用を済ませた俺はさっさとクロと別れて愛しの我が家に帰りたいところなのだが訳あって未だに彼女と行動を共にしている。

ちなみに昼食は何故か俺が奢った。不満だ。


「おい、クレープならそこに売ってんだろ?なんでわざわざ移動するんだよ」


「あら、大学で全く仕事しなかったあんたに意見する権利があると思うの?」


楽しい時間は夢のように早く過ぎ去り、退屈な時間は長く感じるというが、極端に退屈な時間は夢によって異常な速さで過ぎ去る。


「それは、あれだ。

いくら八方美人を体現したようなクロでも、隣の奴が寝てる中、一対一で話を聞くのは辛かっただろうし……ちょっと反省してる」


「『八方美人』とか、『ちょっと』とか反省する気が無いのはまぁ別に良いわ。ちゃんと付き合ってさえくれればね」


結局、目的のクレープまでは付き合わなければなら無いらしい。


あくびと共に見上げた空は高いビルに囲まれて妙に狭いのに、頂天に君臨する太陽の光を殺せていない。

見上げるだけで首が痛くなりそうな高層ビル群は太陽の光からか弱い俺を守ってくれるつもりは無いらしい。


不意に視界の隅に捉えていた黒髪が重力に逆らってなびく。

それに向かって視線を落とすと、どうやらクロは走り出したらしい。

信号を超えて、俺がいる灰色の日向から緑の日陰に向かっているが、俺の目の前でLEDは赤色に変わる。


俺は何も言わずに置いて行かれたのだ。


都会の信号は変わるのが遅いのか、少し待ったところで公園の木陰から、クロが戻ってきた。


何か言っているが、間を通るエンジン音でかき消される。

口の動きは

に、げ、た、ら殺す……といったところだろうか。

そういえば、逃げるべきだったな。


行きはただクロについていただけで、道順など全くもって分からなかった俺だが、所々に設置してある地図看板や、自らの方向感覚などで帰りの最短ルートは大体分かっている。

そう、普段部活動によって鍛えている帰宅に関しては誰にも負けない自信があるのだ。

洗練された帰宅部はリア充と遭遇しない下校ルートの計算や、最短時間で家にたどり着くための計算を瞬時に行う。

時には電車に乗るためにバッグをドアに挟むなど、オバハン顔負けの図々しさを発揮することもある。

例え登校は遅刻しようとも帰宅で妥協する訳にはいかないのだ。


そんな俺にそれだけ告げて、さっさと先に行ってしまうクロ。

フッフッフッ、俺を甘く見たなクロ、俺は逃げる


……訳には行かないか。


クロが俺の逃げる可能性を視野に入れながらも、俺を置いていったのは、もちろん俺がクロに付いて行くことを信頼しての行動では無い。

彼女は俺の学校での今の目立ちすぎず地味すぎずの立ち回りを簡単に崩し、俺を学校(しゃかい)的に殺すことが出来ると釘を刺し、行動を制限することに成功したために去ったに過ぎない。


良く言えば俺のリスクリターンの計算については信用してるとも言えるが、別に嬉しいことでは無い。

相当なバカでもなければ、クレープ代の千何百円よりも高校での生活を優先するだろう。

今の時代、いじめと言えばそうなのかもしれないが、この程度のギブアンドテイクは何処でも行われているのではなかろうか。

多少の物品の代わりに自らの地位を保証してもらう。政治家だってやることだ。

高校生なら、缶ジュースくらいが妥当だとは思うが、まぁあいつなら……


次の瞬間、赤から青に近い緑色に変わった信号に従い、俺は日の光から逃げるように公園の木陰に入る。


人工物の無彩色に晒され続けた俺の目は公園の緑を捉え、視覚から若干の清涼感を得る。

足は蒸散によって温度が下がっていると信じたい石畳の地表を踏みしめる。

体表面は太陽光から逃げられたのだから体感温度は下がっていると考えていいだろう。


クーラーには劣るし、蝉がやたらとうるさいが、こういうのを風流というのだろう。

昔の人の考えることはよく分からない。


とりあえずいつも通り入り口近くの地図看板を確認し、ついでにクレープを売ることができそうな広場を探す。


新田あらた中央公園。

都会の公園らしく、そこそこの広さと、緑を有するコンクリートジャングルの中の憩いの場である。


『都会のオアシス』などという陳腐な表現もあるが、そう表現する彼らには都会が砂漠に見えるのだろうか。

今の時代、大自然の驚異より隣にいる人間の方がよっぽど怖いという簡単な事実にさえ気づかない彼らはリア充なのだろうか。

「一皮むけば同じ人間」などとカニバリズムな表現はあるがしかし、砂漠だって、乾きを抜けば同じ環境に過ぎないのだ。


思考は一粒の砂金を探し始めるが今の目的地は噴水広場。

「都会のオアシス」を否定したあとに水場とはなんとも皮肉が効いているが、所詮はただの比喩。深く考えるまでもなく、安息の地であることを示しているだけなのだろう。


噴水広場は道なりに行けば見つかる位置にあるが、間違いなく、それはもう絶対という言葉さえも生温い位に確実にリア充に遭遇することになるだろう。


暇なので証明を始めよう。

命題。夏、リア充は水辺に集まる。


池、川、海の場合に分けて考える。


池の場合。

公園に池があればそこには何故か必ずボートがあり、ぼったくられていることに気づいてか気付かずか、白鳥に乗って二人っきりの逃避行を具現化する。

リア充は三十年来の茶色く変色し始めた足こぎボートでさえも美しい白鳥に変える。


川の場合。

川辺ではバーベキューと称して男女共に集まり、共同作業によって汗を流しながらも、自らの仕事を行う。……否、行っているつもりになる。だいたいそういう中には一人はいるのだ。「やべー宿題やべー」みたいな奴が。

赤ちゃんは泣くのが仕事であるのと同じように学生は勉学が仕事である。

それを放棄しておいて、バーベキューの火おこしごときで仕事をやっているつもりになるとか校則違反である。いや、もはや『教育を受けさせる義務』を規定している憲法さえも馬鹿にした行為ではなかろうか。

女子と話す暇があるなら「木材の発火による熱の肉への伝導」みたいなレポートでも書きやがれ、非国民が。

その点、非リアの俺は宿題を残していることに危機感を覚えながらも、仕事をやっているつもりになったりせずに堂々とサボっている。

責任から目を背けない。なんて立派!

ちなみに背けられないとも言う。


海の場合。

そしてやはり何よりも海。

海はすべての生命の母、源、生まれた場所。

高校生の男女でそんな場所に行くなど不健全極まりないと思うのだが、俺の声は波の音には勝てない。

男は露出度の高い女達に鼻の下を伸ばし、女は何を思ったかそんな下劣な男のために白兎(はくと)のように灼熱の太陽に身を焼き、これまた白兎の如き白肌を焦げ茶(リア充)色に染め上げる。

せいぜい白兎と同様に()共に食われかけたり、化けの皮が剥がされないように気をつけたらいい。


………。

あ、俺の苗字、水田すいでんも水場じゃないか!

緑の稲が太陽の光をスポットライトに、風に吹かれて稲穂の音楽に合わせた舞を踊る。

辺りからは夏の代名詞であるセミだけでなく、それと交わるように蛙が歌う。

水を引くための用水路では浅い水深を気にすることもなく、スクール水着の幼女とガキが……ある意味リア充?……いや、犯罪だ。


よって水辺には確かにリア充が集まる。

ただし俺の苗字と同じ、水田に関しては小学生以下限定である……QED.

そして、俺はロリコンではない!


まぁ、苗字なんて変えられる。

水田というどこにでもある名前が非リアの原因というならば、海浜さんのところに婿入りしよう。

そうすれば、俺のリア充ライフは確約されたも同然だ。

海浜さんと結婚している時点でリア充だとかそういう意見は受け付けない。


お、そろそろ広場だ。


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