縁の下の力持ちはいつの時代も不遇な扱いを受ける
「提案がある。電車から降りるの止めないか?」
何度かあった乗り換えでつい、勝手に体が逃げようともしたが彼女から逃げられるはずもなく、とうとう次の駅が目的の駅だ。
外に見えていた家々の風景は乗り換えと同時に塗り変わった。
自分が映る窓からは、暗闇の中コンクリートをわずかに電灯が照らす単調で、静かで、どこか落ち着く景色が見える。
「普段から人間との接触が少ないハルは人間が多いところはやっぱりダメなの?」
夏休みの間中クーラーの効いた部屋で寝そべっていた奴に、人の多いところが得意とか以外な特技がある訳が無い。苦手だ。嫌いだ。それと……
「『人』のことをわざわざ『人間』と呼ぶのは止めようか。俺がまるで別の生き物みたいだろ?」
「面白いこと言うわね?その言い方だと私とハルが同じ生き物みたいに聞こえるわよ?」
「霊長目ヒト科ヒト属ホモサピエンスだろ?」
「え?あんたはゴキブリ目ゴキブリ科ゴキブリ属ミズタシュンヤでしょう?」
おい、ミズタシュンヤがゴキブリの一種みたいになってるぞ。
「仮に俺が人間と最もフレンドリーで同じ屋根の下に生息する上、一匹いたら三十匹の同士を連想させるコミュ力の塊のような生物だとしよう」
それだけじゃねぇ。昆虫でも足の速さは相当なものだって言うし、滑空によって空を翔けることができて、分解者として生態系を支えるとかゴキブリはすげー奴だ。ゴキブリさんマジリスペクト。
「その床下に巣食うGから、カメムシ目セミ科セミ属シライシクロミに疑問なんだが、せっかく地下にいるのになんでわざわざ暑い夏の地表に出るんだよ」
「申し訳なかったわーーゴキブリに。訂正、あなたはゴキブリ以下よ。……でも、私をセミに例えた点は癪だけど評価してやるわ」
気に入ったのか?
やっぱりよくわから無い奴だ。
早く死ねば?という意図は読まれなかったのか。
そんな話をしている内に慣性によって体が進行方向に引き寄せられ、駅への到着を告げる。
ドアが開くと、人がまばらで、そこそこにスペースもあり、冷房がしっかり機能していた車内に熱気が流れ込む。
皮膚に張り付いてきた熱気の信号を脳でキャッチすると、ほとんど無意識でつり革を握る右手に若干の力が入る。
体も言ってる。降りたくねぇ。
「さっさと行くわよ。地上じゃ死ぬまで七日しかないでしょう?」
あ、ばれてたの。
想定外の言葉に一瞬つり革を掴んだ手が緩む。
筋肉が弛緩した瞬間を狙ってか狙わずか、俺のリュックを引っ張るクロにあっさりと身体の制御を奪われ、クーラーと俺は引き離される。
閉まるドアは昭和のドラマの恋人たちのベタな展開を連想させる。
「くぅぅらぁぁー」
「はいじぃぃぃ、で良いの?」
それは昭和のドラマ違いだ。