外の世界は彼に厳しい
久し振りに外に出た俺の不健康そうな白い肌に夏の日差しは容赦なく刺さる。
空は雲一つないという表現に相応しく、見える限りどこにも白い雲は存在しない。
ただでさえクッソ暑いのになんの嫌がらせだ?
真っ青な空とかあんまり見続けたら気が狂うぞ?
一歩歩くごとに玉のような汗が顔を流れ、リュックを背負うシャツの背中に溜まっていく。
まとわりつくような熱気に後ろ髪を引かれながらもなんとか駅への道を歩む。
休日とはいえ、駅にはそこそこの人がいて、暑いというのに陽炎を踏み荒らし、うろちょろ歩き回っている。
そんな中、一人改札に佇む少女。
少女とは言っても童顔の俺とは違った少し大人びた雰囲気で、膝が見えるか見えないかくらいの白いワンピースを纏った彼女。
凛とした雰囲気で彼女の周りの空間だけは冷たいのではないかと疑問さえ浮かぶ。
「ハル!空がすっごく青いし、お出掛け日和ね!」
冷たい空気を霧散させ、朗らかな笑顔と共に少女が発した『ハル』は季節ではなく、俺の小さい頃の呼び名だ。
未だにそう呼んでくるのはこいつくらいか。
「そうでございますね。こんなアホみたいに青く面白みに欠ける空を素敵と感じるあなた様はさぞかし気の狂ったお方なのでしょう」
「ははは、サービスのつもりだったんだけど、ハルの前では猫かぶる必要ないかしら?」
「ヘドが出るサービスだな」
ああ吸血鬼よ、俺もお前と同じ悲しき宿命の元に生まれていたようだ。たった今思い出したが、俺の近くにも美女っぽいものが居た。
名は白石 黒美呼び名はクロ。
分類上は俺の幼馴染っぽいものだがラノベのようないい物ではない。改めて見ても、顔は十人中八人が美しいといって残りの二人が絶世の美女と言うレベル。才色兼備で、文武両道。
しかし、こいつとの距離は昔からの知り合いくらいがちょうどいい。
「クロ、他は来ねーのか?」
「ガリ勉は夏期講習、キモオタは握手会らしいわ」
「ひどい言いようだな。頭が良い人はカッコよくて、何かに打ち込める人は素敵なんじゃなかったのか?」
からかいの意味を込めて言ってみる。
「分かってるでしょ?自分の地位を確立したり、貢がせるためのブラフよ」
からかわれていたことにさえ気づいていないかのような、当たり前、まるでお箸を持つ手が右手であることを話すかのような口ぶり。
そう、こういうやつなんだ。
学校では人気者で誰にでも優しく素直な可愛い子『白石さん』で通っているが、どんなに外見を良くしても昔から知ってるやつからしたら怖さしか感じない。腹黒の『クロ』だ。
ああ、今わかったよ、その美貌を武器に男から様々なものを吸い尽くす。彼女こそが吸血姫だったのか。昨日の夕飯の餃子に含まれたニンニクが消化されきっていないことを祈ろう。
冗談はさておき、うちの班にはこいつ以外にも女子がいたはずだ。
「じゃあ玉屋と清水はどうしたんだ?」
「玉屋さんはどっかでデート、フミは体調不良らしいわよ。はぁ、つまり、はぁ、今日は私とハルの2人ね」
清水はまた体調崩したのか。
「わざとらしく二回もため息ついてんじゃねえよ。それにしても玉屋はデートだぁ?」
1つ、心当たりがある俺はスマホを取り出し、メールボックスから迷惑メールを選択する。件名は『読んで!!』差出人は宇佐 現だ。
『ヤッホー!!宇佐からメールだぜ!喜べ!歓喜しろ!ww今日はみっちゃんとデートだぜぇぇ!そういう訳でみっちゃんは行けないからごめんな(テヘペロ)昨日までのメールは見てないみたいだが、今日は大学に行くためにメールの確認くらいするだろうし、返信待ってるぜ!ww』
色んな点でイライラするメールを読み終えると、クロが俺のスマホを覗き込んでいるのに気づく。
「宇佐からのメール?私とフミ以外にハルのメールアドレスもってる奴がいるなんて驚きね」
「交換させられたんだよ。入学式の当日、自己紹介した日にスマホをスられて強制的にな」
宇佐ってのはそういう男らしい。
イケメン、成績そこそこ、スポーツ万能そしてイケメン!
四拍子揃った男で、その上、俺のような奴の名前まで覚えて絡んでくる。
おそらく優しいやつなのだろう。
夏休み中、俺が一度もスマホをを見ていないがために返信をしていないにも関わらず、メールを送ってくれていたようだしな。いらんけど。
ちなみに、イケメンが二拍子を占めていて、優しさが一拍子さえ含まれないのは俺の独断と偏見により、女子の採点基準を再現したからである。
当たらずとも遠からずであろう。
「金次第でデートって名目でも良いわよ?」
あまりにも「リア充!」なメールを見てつい、ため息を漏らした俺にすかさずクロが声をかけてくる。
「アホか。クロと俺じゃあ冗談にもならねぇ」
そうとも、たとえ昔からの知り合いといえどもクラスのアイドルと根暗では俺のおかしな妄想と片付けられるのがおちである。
事実、クラスでクロ並ぶ人気を誇るスポーツ女子、玉屋 充はリア充の鏡のような宇佐と付き合っているのだ。
ロミジュリも驚きの身分的な壁が俺とクロにはあると言えるだろう。
「そうね、私も遅刻してくる彼氏は殴るわ」
そんなに簡単に殴るなよ。しかし遅刻というのは俺のことか?
「時計も読めないのか?」
「読めるわ。遅刻よ」
何言ってやがる。まだ9時58分だ。
俺はスマホの待機画面を見せる。
「男が女を待たせた時点で遅刻よ」
「は?お前ーー」
俺が文句を言う前に彼女はその名前……いや、腹の通り真っ黒の長髪をたなびかせ、改札に向かう雑踏を突き進んで行く。
あいつと2人。思った通りの地獄になりそうだ。
俺は早くも帰りたい衝動に駆られながらも、先ほどとは逆に熱気に背中を押されることで、クーラーの効いた車内を目指し改札をくぐる。