夏の夜の熱に溶けゆく背中は重なって
今章のエピローグです。
数百の花火が散り、辺りには火薬の匂いと人々のざわめきだけが残った。
俺とクロは塔を降り、現在橋の上で人の波に流されている。
「ちょっと、足痛いんだからゆっくり歩いてよ」
俺たち二人が離れず人々の波に流されることができるのは二人の手が繋がれていることがその主な要因だが、一方にとっては他に手段がない故にやっているだけであろうことはしっかりと認識しておかねばならない。
「こんなとこで立ち止まったら俺の足が踏まれるだろ」
あの会話の後、俺とクロの間に特筆すべき点はない。
素直に丸く割れる花火やら、うねうねうねりながら散る花火やら、柳のように垂れる花火やらを見ながら、やれ腹黒だ、そら根暗だと馬鹿の一つ覚えのような会話をしただけである。
一つ覚えが二人揃って二つ覚えである。
まぁ、俺の方は実際にそうなのが始末に負えないのだが、そんなことはどうでも良い。
「踏まれるのも厭わず私のために犠牲になろうって気持ちは無いの?」
何より重要なのはクロが「白石さん」を受け入れる気になったのか分からないことだ。
しかし、俺はこれについても心配はしていない。
別に二重人格であるとか自力でどうにもならない事情ではないのだし、何よりクロは階段で俺に「立って」と頼んだのだ。
もう、白石黒美に知り合いもいないなどとは思っていないだろう。
「そういうのは下僕っていうんだ。俺は幼馴染だろ?」
「じゃあ下僕に戻しましょうか」
「前からちげーよ」
……あ、一つだけ変わったことがある。
話の流れでなぜか俺たちは幼馴染になった。
いや、俺とクロの関係は昔から変わらないのだから、その関係の名前が変わっただけかもしれない。
「私は痛い思いをした上にハルの汚くて臭い靴を履くことになってるのよ?」
「足の臭いに男女差はないし、そもそもそれは普段履かない靴だから心配するな」
「個人差の問題よ」
ちなみに今現在先ほど走っていた時に怪我をしたクロには鼻緒が擦れるよりましということで俺の靴を貸している。
「じゃあ履くのやめるか?」
「ええ、そうね。ハルが履くのがお似合いよ」
ちなみに靴を貸したのは俺がクロの痛々しい足元を見て、気分が悪くなったからで、クロに頼まれたわけじゃないし、ましてや善意などでもない。とちゃんと説明した。
結果俺は人ごみの中でしばしば素足を踏まれる目にあっているため、そこそこ痛い。改めて人ごみは苦手だ。
「……やっぱ履いてろ、靴なんて履いてたら暑くてならん」
ようやく人の波に切れ間が見えて、俺の目的の道にたどり着いた。
「見目麗しい私に自らの汚い靴を履かせたい変態だとは思わなかったわ。あと、駅は向こうよ」
クロの指差す方向は気にせず先導する。
「残念ながらゴキブリは不完全変態だ。駅は確かに向こうだけど、こっから十分くらい歩いて肥越の駅からバスで帰る方が早いんだよ」
昔リア充を夢見た頃に調べた知識がこんなとこで役に立つとはな。
あの用意周到なクロが帰り道を調べてさえいないという事実でさっきの話が本気だったことを改めて認識し、安堵感を嚙みしめる。
「足を怪我してる私をそんなに歩かせようなんてやっぱり変態じゃない。あと、そういうことなら靴はあなたに履いてもらうわ」
クロが立ち止まり、俺の手を握ったまま器用に片手で靴を脱ぎ始める。
この辺りではもう人は疎らになってきていてクロが屈んでも咎める人はいない。
「歩かせる代わりに靴貸してやるっつってんだよ。それともあの人の中泳いだあと、電車に缶詰めで乗るのがお望みか?」
俺よりクロは頭が良い。だから俺がクロの足を気遣って靴を貸していることなんて気づいているのだろう。
そんなクロが、いつも傍若無人を地でいくクロが、俺に靴を返そうなんて突然罪悪感に目覚めでもしたのだろうか。
靴を脱いで俺に突き出すクロを見てそんなことを思うが……
「缶詰めはお望みじゃないわ。かといって十分も歩くのだっていやよ。だから、靴を履きなさいっていってるの」
うすうす感付きながらも一応問いを投げかける。
「……その心は?」
「ハルに乗るのよ」
クロはクロのままだった。
「チッ」
かかとを踏みながら靴を履き、クロを背中に乗せる。その際もクロは手を離すことなく繋いでいるのでクロの手を握ったまま両手でクロを支えるというなんとも不恰好なおんぶである。
胸が当たったり、クロが首に手を回してくるなんてことはなく、片手を肩に乗せて姿勢良く乗っているらしいクロと共に歩き始める。英語だと隣を歩いてても今のように運んでてもwithになるな。
「ふぁぁあ、ハルかっこいいーさすがー男の中の男ー」
クロが欠伸の後に棒読みで言葉を発する。
ちょっとは他の男にするみたいに気持ちこめてるように見せかけようとしろよ。
「おい、寝ても良いけどちゃんと俺に体重あずけろよ?」
「はぁ、女の子に体重のこと言うなんてナンセンスよ。私で鍛えさせてあげる」
エロ漫画みたいな台詞だが、その実やっているのは青春系スポーツ漫画の所業である。
「途中で落としても知らねーからな」
「仕方ないわね。報酬あげるわよ」
それを聞いて、意味を推察する前にクロは姿勢を前のめりに変え、俺の背中に幸せな感覚が広がる。
「お、おい、俺汗かいてるぞ」
「……そう、じゃあ、疲れたから任せるわ……スー、スー」
全く会話が噛み合ってないのはクロに聞く気が全くなかったからであろう。
先ほども寝ていたのに再び眠ってしまった様子のクロを背負い直し、俺は長い帰り道を歩み始めた。
話し相手もいないので本日最後の証明でもしようか。
命題。リア充は爆発すべきである。
まず、俺の中で最も憎むべきリア充は「恋人を持つもの」である。
もちろん広義的な意味である「現実が充実しているもの」としても俺が当てはまることなど天動説並にあり得ないのだが、ここでは前者をリア充として定義する。
さて、俺は「憎むべき」と表現したが、その憎しみの根源はどこにあるのだろうか。
恐らく「リア充爆発しろ」と言っている人々に共通するその憎しみの根源にあるのは、「妬み」だろう。
言葉を変えれば俺たちは心のどこかでリア充に憧れているのだ。
認めたくはないことではあるがこれを事実Aとする。
次に考えるのは「爆発」という言葉である。
「爆発」とは化学変化などによって物質の質量が急激に増え、衝撃や爆音を発生させる現象である。
しかし、これを英訳したexplosionには他の意味がある。「急増」である。
そう考えれば確かに日本語の「爆発」も「人口爆発」など、急増を意味することがある。
そもそも、化学反応などで質量が急激に増大した結果「爆発」が引き起こるのだから、むしろ「爆発」という言葉の本質は「急増」の方だと俺は考える。そしてこれを事実Bとする。
今度はリア充の誕生について考えてみよう。
最初のリア充は聖書によればエデンの園にいたアダムとイブである。
彼らは楽園であるエデンの園にて愛し合っていたらしい。
さて、アダムとイブは美しかったでしょうか?
答えはノーである。
後の人間がどう評価するかは別にして彼ら自身は比較対象がいない相手を今のように美しい美しく無いと評価はできなかったはずである。
さて、アダムとイブは性格が良かったでしょうか?
答えはノーである。以下ほぼ同文。
では何故彼らは愛し合ったのだろうか。
人間がそういう生き物だからである。
そもそも神は男が1人でいるのは良くないとしてイブを作ったのだ。
つまり、2人きりの時、人間は愛し合うようにできているのだ。
これを事実Cとする。
よって、事実A、B、Cより、「リア充爆発しろ」と言っている、リア充に憧れる非リア諸君のためにもリア充はその数を爆発的に増大させ、世界を愛で満たし、非リア諸君と憧れの彼女達の二人だけを取り残すべきなのだ。
そうすればアダムとイブが示す人間の性質上、必然的に非リア諸君は憧れの彼女達と結ばれ、世界から非リアはいなくなるはずなのだ。
結論。リア充爆発しろ。そして世界を愛で満せ。
祭りの人の声も少なくなり始め、夏の夜は涼しい風を運んでくる。
祭りの熱狂も、熱帯夜の熱波も冷ますこの清涼感は感覚が麻痺した俺の意識も熱りから覚ますだろう。
幼馴染との夢のような一日はこうして終わりを迎え、俺はいつもの日常へと戻っていくのだ。
「……んん」
背中のクロが寝苦しそうに身じろぐ。
そりゃあ人の背中の上なんて眠りやすいわけがない。
ましてや、繋いだままの手は自分の尻の下にあるんだ。
その事実に気付いた俺がそっと外そうと力を抜いた手を、クロは眠ったまま握り直した。
握り返した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
他にも書きたいものがあるので次の章はしばらく先になると思います。




