崩壊から解放されるための解法
クロは一瞬驚いた顔をしたあとは無言のまま恨みがましく見つめている。
ぶっちゃけ怖い。
「行くぞクロ。俺の勝ちだ」
俺は立ち上がり軽く膝を払うと、未だに座るクロに手を差し伸べる。
女子に気を使う英国紳士みたいだろう?
「敗者に手を差し伸べる必要なんて無いわ。それよりもハルは1回しかすくってないように見えたんだけど?」
俺の差し伸べた手を無視して立ち上がるクロ。
改めて俺に向け細めた目には疑りの感情がが色濃く出ている。
俺もさっきまでこんな目をしていたのかもしれない。
もっとも綺麗さというか、美しさ?のようなものは遠く及ばないだろう。
「ああ、一掬いで2匹とったんだよ」
秘技、2匹取り。
1匹ならすぐに取れたのだが、そうもいかなかった。
スペックの高いクロが5号を使えば2、3匹は取れると踏んだからだ。
そして、念のためにポイを破った。
この説明でクロは納得しないだろうが、その時には説明せざるを得まい。
俺が実は、取る時には金魚の水槽の壁を利用して金魚をお椀に入れる禁忌の技『壁と金魚の昇天』や、お椀をギリギリまで傾けて、水面とお椀の高低差を限りなく少なくし、金魚を掬う反則技『開口せし牢獄』を使わせてもらったことをな。
「なるほどね。分かったわ。仕方ないわねクッキーは2人で砕きましょう」
物分り良いな!
「おい、俺が2匹取ったこととか、クロのポイを破ったことに言及しないのか?」
言った後に気づく。
いくら俺の金魚掬いの技術を自慢したいからといって、クロに対して弱点を見せるなど、愚策であったと。
『後悔先に立たず』
後に悔いるから後悔なのだから、今更俺にどうにかすることは出来ない。
あるいはこの場合『後の祭り』と言った方が良いかも知れない。
祭りの本番の花火の前に『後の祭り』なのだから何とも皮肉なものである。
どちらにせよすでにクロのターンである以上、ネギを背負って行ってしまった鴨は今、まな板の上の鯉である。
鴨だか鯉だか分からないが、ここは恋に恵まれない俺への皮肉を込めて鯉にしとこうか。
結論。俺は鯉です。
「言いたいことはあるけど……気が変わったわ。今はリア充を爆発させたい気分じゃ無いの。それより賞味期限まであと12分よ?策はあるんでしょうね?」
言われて待機画面を覗けば時間は確かに6時48分。まぁ、クロが見逃してくれるのにグダグダ言ってても仕方ないだろう。
それにしても失礼だ。俺だってあんな提案をした以上策くらいはある。
「ああ。一応策はあるぜ。ここ、乃絵島は橋では繋がっているものの、その名の通り島だ。島の周りには海があるだろう?」
そう。海に投げ込みさえすれば、衝撃はかなり減らせるし、被害者を出すことも無いだろう。
「なるほどね。で、どっから海に投げ入れるつもり?」
「そりゃもちろん橋のーー」
上から、と続けようとして、言葉を失う。
俺たちの目の前には人の波が流れていたのだ。
先ほどまでは山の上で花火を見ようとする人の波に為すがままに流されていたのもあってそこまでには見えなかったが、とても走って降りれるような人の量では無い。
というか、花火の直前になって坂の上でみようという人の分増水しているのかも知れない。
「橋は無理よ。時間的に12分で下まで降りるというのはほぼ不可能。たとえたどり着いても橋の上では花火を見る準備をしている人も多い。そんな中で海に何か投げ込んだら誰かに目撃されるわ。爆発は隠せないだろうし、下手したら橋が落ちるかも知れないわよ」
ぐうの音も出ない正論。
未だに俺たちは金魚屋の屋台の敷地内にいるが、一歩踏み出せばこの人の波、いや、濁流に抗うのは困難だろう。
たとえたどり着いても、爆弾を投げ入れるところを見られてしまえば、2人揃ってthe endである。
「……そうだな。橋ってのは難しいか。……その辺の路地裏に投げちゃえば?」
「バカなの?路地裏にだって人はいるかも知れないし、下手したら家や地面が崩れて大惨事よ!頭おかしいの?そうでなくてもパニックになった人が将棋倒にでもなったら死人が出るわ!その頭は飾りなの?」
冗談で言った意見だが、ここまで否定されるとしょげるな。
さっきまで大量殺人を犯そうとしていた人間に頭おかしいの?とか絶対言われたく無い。なんだかんだ死人が出ないように考えてるしな。
「あと10分よ?!どうすんのよ!今更私1人で道連れなんて嫌よ?!」
こんなに取り乱したクロを見るのは初めてだ。今日はクロの初めてをよく見ている気がするな。非常に興味深い。……が、段々やばい気がしてきた。
クロの声が焦っているのがうつったのもあるが、12分から10分になるだけで余裕な感じが全然違うのだ。
分かりづらければ、朝の時間を考えて欲しい。電車の時間までーー
「ちゃんと考えてるの?!時間が無いのよ!」
「屋台!」
「人が死ぬわよ!」
「路上!」
「私がしようとしてたことと変わり無いわ!」
「神社!」
「人も死ぬけど、罰当たりなことこの上無いわね!」
「燭火ノ塔!」
「登れないでしょ!」
「ん?燭火ノ塔は登れるぞ?」
そう、花火大会でも、燭火ノ塔には登ることができるのだ。
「バカね!あんなところに大人数が登れるわけ無いでしょ!抽選でチケットが当たった人だけが登れるのよ!」
そういえばそうだ。ん?そのチケットって確か……
「それだ!それしか無い!クロ行くぞ!!」
俺ははぐれないように再びクロの手を掴み、激流に沿って走り出す




