何かを得るのに犠牲は憑き物
俺の片手にはほとんど食べ尽くしたりんご飴が握られ、もう片方の手で握るクロは狐のお面を顔を隠さない程度に頭に被っている。
この40分で俺が食べたのはクロが雰囲気に流されて買った甘味ーーラムネ、綿菓子とりんご飴。
対して、クロが食べたのは塩キュウリ、イカ焼き、ペットボトルの緑茶、枝豆、ぎんなん。
甘いものが好きじゃ無い以上しょうがないのだろうが、おっさん臭い。可愛くねぇ。
40分たっても、寄り道をしながら進んでいた俺たちは神社を通り過ぎ、やっと乃絵島燭火ノ塔までの道のりの8割を進んだところである。
そして先ほどから言いなりになっている俺の財布からは3人の野口さんが拉致られた。
外交問題レベルだ。
「ハル、金魚すくい」
否定するのももう飽きた。気分はさながらガマグチだ。
「おばさん、金魚すくい二回ね」
なんとなくどうでもよくなってきた俺は憂さ晴らしに金魚すくいに参加する。
「ハル、私と勝負しようってのね?」
「時間的にも最後だし、これで俺が勝ったらさっさとクッキー処理して帰るぞ」
俺があえて「クッキーを砕いて」といわなかったのはそれだけで帰るわけにはいかないからである。
爆弾を適当に爆発させるだけでは俺たちが捕まる。捕まるのは嫌だ。
さらに希望を言えば、俺は今、リア充を爆殺したい気分ではない。
ここ40分以上リア充にさらされ続けたのも原因かもしれないが、俺の本質的にやはりことを穏便に済ませたいのだ。
だから、クロがどんなに殺るといっても何とか穏便に処理したい。
そもそもさっきまでリア充を爆殺したいような気分になっていたことのほうが異常だった。非常識な現実に頭が回っていたかったのだろう。
「はい、2人で400円だよ」
屋台のおばさんは千円札と引き換えに600円とポイを1本ずつ俺たちに渡す。
「ポイが破れる前に金魚を多くすくった方が勝ちだ」
「分かったわ。私が勝ったら、クッキーは処理じゃなく、リア充と砕いてもらうわ」
クロには俺の考えもばれていたのだろう。今更驚くほどのことでも無い。勝算はある。
「よし、スタートだ」
勝負が始まった。
俺は金魚すくいが得意だ。
まず、人々は縁日に行ったら何をするだろう?
矢倉の周りを踊るだろうか?屋台で何かするのだろうか?何か食べるのであろうか?
その想像は正しいともいえるが、実際はそうではない。
中学になってからはそんなことも無くなったが、小学校の時、毎年祭り好きの両親が近所の縁日に出向くとき、俺は連れて行かれた。
子供を夜に1人で置いていけないという親心だろう。
そこで、人々がやっていたことは『会話』である。他の事も行うが、圧倒的にその時間が長い。
同じくらいの小学生は夜というだけで興奮し、数人で話をしていた。
少し上の世代の中高、大学生も同様に話をしていて、今思えば地元から離れて会わなくなった仲間との会話を懐かしんでいたのかもしれない。
大人や、老人もまた近所の友人との他愛も無い会話に花を咲かせていた。
俺には友達が居なかった。
今も変わらずいないが、残念ながら日本語に現在完了形は無い。
では何をしていたのか?
もちろん金魚すくいである。
小学生ながらに研究と研磨を重ね、出した最高記録の20匹は中々に自慢できる数であろう。
俺の視界には深緑の四角い容器の底を泳ぐ金魚がいる。クロの前にもいるそれを取ろうとするのは素人のよく犯すミスである。
深い位置にいる金魚を狙えばポイへのダメージが大きくなるからだ。
クロを見れば、今日一番の真剣な眼差しで金魚を睨んでいる。
金魚に野生の本能が残っていたら違いなくその殺気から逃げ出しているだろう。
目の前の金魚に手を出さないところは評価に値するが、金魚すくいに必要なのは明鏡止水の心だ。
彼女の真摯な表情を見て、若干鼓動が速まったので、冷静になろうと考えた俺は顔を上げて驚愕の光景を目に入れる。
「……5号と、7号……」
ついボソッと口にしてしまった言葉は誰にも聞かれていなかった。
しかし、明鏡止水の心を解いたばかりの俺の口からついそんな言葉が出てしまう程度には驚く光景であったのだ。
これはあまり知られていないことだが、金魚すくいのポイ、つまり紙を貼った金魚をすくうやつには差がある。
それは紙の張り具合であったり、シワのよりなど様々あるが最も大きな違いは紙の厚さである。
セピア色の屋台の光に照らされたポイの段ボールに書かれた5号と7号はその厚さを示す。
5号は厚く、達人ならば100匹取ることも可能なポイ。
そして対する7号は薄く、素人の腕で金魚を取るのは絶望的だと言われるものである。
2種類のポイが示す可能性は1つ。
このおばさん、否ババァは客によって、基本的には女子供と男によって、渡すポイを変えているのだ。
俺が小学生の頃に行っていた金魚すくいはほとんど6号だった。7号ではせいぜい1〜2匹が限界だろう。
……負けたか。
「……ハル、私ね、こんな風に誰かと2人で遊んだことって無いの」
思考の渦の中で勝手に敗北した俺の意識をサルベージするかのように、真剣な表情を若干崩したクロが声をかけてくる。
目は金魚をとらえたままである。
「そうなのか」
意味もなく嘘をつくクロではあるが、今回は疑わない。
信じているからとかではなく、花火大会に来てから感じていたクロの浮き足立った態度にそれで説明がつくからだ。
「人が多い時、数人で集まって遊ぶ時にはなんとなく呼びたくなるのかもしれないわね。よく、しつこいくらいによく呼ばれるわ」
いつもならしつこいくらいってのは彼女の黒い部分なんだろうが、話し方がやけに静かだ。
「……でもね、一対一、2人きりで『遊ぼう』って誘われたことは無いの。『友達』なんて言葉を使ってくる子も何人もいたけど、2人きりで話したことがあるのだって1人くらい。告白をしてくるような男子もせいぜい知ってて誕生日止まりよ」
クロの目は動かないクロの影に自然と集まってきた金魚達に向けられる。
クロにはそこに何が見えているのだろうか。
「私ね、最近このことに気づいて分かったのよ。クラスメイトが見てるのは『白石さん』なんだって。彼女たちが友達だと思っているのは、彼らが付き合いたいのは、『白石さん』であって『白石黒美』じゃ無い。|白石黒美(私)には知り合いさえ居ないんじゃ無いかって」
ーーポチャン
クロのポイが力なく水に浸かり、影に集まっていた金魚達が散る。
「私は、私から全てを奪った『白井さん』がーー私自身の中のリア充が憎い。それを助長したリア充共もね。だから今日……リア充を爆発させる」
彼女は先ほどから見せる謎の笑みを浮かべながら俺にしか聞こえないような小さな声で決意を口にした。
初めて真っ直ぐその笑みを見てようやく気づく。
ーー最初に感じた嘲笑うような感覚は正しかったのだ。
ーーただし、その感情は俺ではなく、彼女自身に向かっていたというだけのこと。
ーーその笑みは、いつも俺を嘲笑い、翻弄する彼女に相応しくない自嘲の笑みだったのだ。




