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夕陽は幸を包む


テンションってのは英語ではtensionーー緊張、伸縮を意味する。

例えばピアノの発表会、部活の試合でもいい。

多くの人は緊張と言うものを経験したことがあると思う。

そして日本には『緊張で夜も眠れない』というギャグ漫画チックな言葉があるが、果たして緊張で徹夜したという人が、どれだけいるだろうか。


俺が何を言いたいのかわからない人も多いだろう。率直に言うと、緊張、つまりテンションは続かないのだ。


リア充を爆発させる必要なくね?


俺がリア充の爆発を決意してから電車に揺られて1時間。

現在俺たちは瀬高乃絵島(せたかのえしま)駅についている。

ここまでの道のりは辛かった。


乗り込んだ直後は人は席が空いてないくらいで大した問題はなかった。

しかし、だんだんと人が増えていくのだ。

降りる人は居らず、一駅ごとに人が乗り込んでくるのだから当然のことだ。


俺は人がある程度増えるまでは乗り込んでくるリア充どもに「おいおい?俺は爆弾背負ってんだぞ?爆発してーのか?」とか思っていた。今思えば頭の悪い不良みたいなノリだったかもしれない。


だが、満員と呼べる有様になった辺りから雲行きが怪しくなり、忘れもしない遭難代そうなんだい駅。

そこでガタイのいい男子高校生が4人無理やり乗り込んで来たところで緊張が解けた。テンションが切れた。

夏休みの間中クーラーの効いた部屋で寝そべっていた俺にはやはり人混みが得意とかいう特技はなかったのだ。


「なんとか入ったな」「ギチギチじゃねーか」とか話してる男子高校生に「ねじ込んじゃいやぁ」と心の中で文句を言ったくらいだ。


冷や汗が出る回想で現実逃避するのはそれくらいにして、クロを探そうと思う。


電車から駅のホームに出る際に見失ってしまったのだ。


駅のホームに出ると、確かに人は多いが、まともに歩けないというほどでもない。改札の方に向かいながらクロを探す。


改札を出たところでスマホをいじる白に朝顔の着物を見つける。


「おいクロ。離れるなよ。見つかんなくなるぞ」


「あら、離れていったのはそっちでしょ?そもそもスマホで連絡を取れば良いじゃない」


それもそうだ。

あまり人と待ち合わせたり人混みではぐれたりしたことがないのでスマホのそんな活用方法は思いつかなかった。

小説や漫画を読んだり通販サイト使うのにしか使ってないからな。


ちなみにスマホゲームは課金勢がだるいからやらない。


俺、決めてるんだ。

高校卒業してバイト出来るようになったらスマホゲームは始めるって。

課金して俺TUEEEするって。


死亡フラグでは無いぞ。お、俺だって高校くらい卒業出来るもんね!


「賞味期限までは1時間以上あるけどどうすんだ?」


スマホを時計としても使っているのを思い出し時間を確認すると4時47分。

これから何をするのだろうか。


「とりあえず人が集まるのは乃絵島の本島の方よ。適当に時間潰しながらそっちに行くわ」


人が集まる……そういうところで爆発させるってことか。

改めて人混みに目をやる。


部活帰りのようなショルダーバッグを斜めがけする制服の男子高校生集団。


その中の一人の馬鹿みたいに高いテンションで騒いでる奴が当たって謝っている相手は二十代くらいの女性二人組。


その内の当たられて愛想笑いしている方でないもう1人が見ているのは日焼けを惜しげなく見せるタンクトップの若いマッチョ。


若いマッチョに当たって泣き出す女の子と謝るその両親。


マッチョが笑って許すのを見てニッコリとする老夫婦。


老夫婦を指差し夢見心地に話す若いカップル。


その前で初々しい様子を見せる厨房とその隣の彼女。


………全部リア充だ。


俺が日々、爆発しろと言っているあらゆる種類のリア充がこの場にいる。


爆発か……


「何ぼーっとしてんのよ。先行くわよ?」


いつものように俺を置いていこうとするクロに咄嗟に反応し、その手を掴む。


「行くなよ。また逸れるだろ?」


自分の意とは異なり、勝手に動いた口は手を掴んでしまったことにもっともらしい理由を付けてくれた。


「わ、分かったわよ。……私この場所にクラスメイトがいないか確認してないわよ?」


クラスメイトがいるかもしれない?さっきも聞いた文句だ。

でもまぁ大丈夫だろう。

というかもう遅い。


「お前な。花火大会に2人で来てる時点で、手を繋ごうが繋がなかろうが怪しまれるのは確定してるんだよ。だったら繋いだ方が逸れなくて良いだろ?」


合理的に説明できているはずだ。

大丈夫だよな?理由になっているよな?


「それなら……良いわ。とにかく行くわよ」


手をつないだまま進む。

普段は車道のはずのそこには多くの人々が歩いていて、車は通らない。

人々は思い思いに時間を過ごし、駄弁りながら歩いたり、ちょっとした軽食をとりながら駄弁ったりしている。


そんな中を一言も話さずに歩く。

繋いだ手の先のクロは何を見ているのだろうか。少し先を歩くクロの表情は見えない。


今日何度確認したか分からないが、俺はコミュ力がない。

クロから話しかけられなければわざわざ話すことはあまりないし、彼女と話していても、言葉にすることよりも頭の中で考えることの方が多いだろう。


人間、自分の思いを満足に他人に伝えることなんてできない。

それは俺に限ったことではない。


だから少しでも自分の思い伝えるために話す人もいれば、話せず、抱え込んでいる人から少しでも聞き出すことを仕事にするような人もいる。


お互いのことを話さずとも、思いを伝えずともお互いの思いを共有でできる。

一緒に笑い、泣くなんて表面上の共有じゃなくて、喜び、悲しみ、怒り……

そんな心の奥底までを本当に共有できる。


そこに言葉はあっても、必須ではない。


もしそんな風にどこか閑かで、美しい関係があるなら、俺はそれを『あい』転じて『あい』と呼んでやってもいい。


リア充の中にそんな事を気にしてる奴なんてあまりいないのかもしれない。

彼らの考える愛と俺の愛は違うのだろう。

もし、俺がリア充に憧れるあまり、彼らの愛に甘んじてしまうようなことがあれば


ーーそのときはやはり自爆しよう。


「ハルはーーあ、さっきラインで聞いたんだけどね。玉屋(たまや)さんたち、やっぱりここだったらしいわ。入場時間の5時50分まではぶらぶら回る予定らしいわよ。あ、もしかしてハルはラインなんか知らないかしら?」


玉屋、ああ、あのサボってデートしてるとか言ってたやつか。


「ラインくらい分かるよ」


容量がもったい無いから使わないアプリは入れてないけどな。


乃絵島の本島につながる橋には塩を過分に含んだ海風が吹く。

乃絵島の先にはほとんど沈んでしまった夕陽の残火が燃えている。


砂漠で見られる蜃気楼の由来は大きな(ハマグリ)(吐息)によって描かれた楼閣()であるそうだが、由来がハマグリであるならば砂漠のそれより、今海に見えている赫い火の方が蜃気楼と呼ぶのに相応しいように思う。


そんなものに気取られていたせいか、狭い道幅のせいか手をつないだまま歩く俺たちの歩幅は小さくなる。


すぐ近くに見える乃絵島の本島は花火大会にふさわしく、様々な色の提灯が上部に位置する神社、そして象徴(シンボル)とも言える乃絵島燭火ノ塔のえしましょっかのとうに続く一本道を彩る。


燭火ノ塔(しょっかのとう)には小さい頃、家族と登ったことがあるが、塔自体はそんなに高くなくても、坂の上に立つ塔の先は切り立った崖になっているため、上から見るとなかなかの高さに見えるのだ。

俺は家族と行っただけだよ!クソッ!


そういえば、花火大会の時もあそこには予約で登れるんだよな……


「……ハルは、私のことをなんだと思っているの?」


よくわからない質問だ。

幼馴染……というのは俺が言うにはおこがましい。


「昔からの知り合いだな」


繋いだ手はそのままに乃絵島を彩る灯火は近づいてくる。


「……そう、良かった。ハルは昔っからハルのまま。私が何を言っても、何をやっても揺るがない知り合い」


俺もさっきから妙にセンチメンタルになっているが、クロの様子もおかしいな。

彼氏ができたことないとか言っていたが、それが本当ならこんなところに来ることもあまりないのかもしれない。

雰囲気に酔っているのか。


「揺るぐけどな。それも結構しょっちゅう」


いや、クッキーのせいか。

違った、爆弾か。

人にばれないように使ってる言葉を脳内で使い始めるんだからもうダメだな。


でもよく考えれば俺の命を、いや、周囲の人間の命さえも奪えるものを背中に背負ってるんだ。

ちょっとセンチになるくらいで済んでいる俺の精神力は中々のものじゃないのだろうか。

あったじゃないか、意外な特技。


「ハル!塩キュウリ!」


突然に手を引いたかと思うとガラッと雰囲気を変えたクロが指差すのは塩キュウリを売るワゴンとそれを売るおっさんである。


「ハルは塩キュウリじゃありません」


小学校の先生風だ。

小学生はそれ言ってほしくて「先生トイレ!」って言ってんだけどな。


「塩キュウリ買ってよ。リュック蹴るわよ?」


「アホか。シャレになん……」


白色の着物のおかげかよりほっそりとして見える足が俺のリュックに狙いを定めるのが見える。


シャレになんねーよ。


「おじさん!キュウリ1本!」


解決手段を発見し、とっさに声を出す。


「はい、200万円ね〜」


高い。一昔前の駄菓子屋みたいなギャグを差し引いても高い。


「ラブラブのカップルさんにおまけして割り箸1本付けちゃう!」


カップルじゃない。ラブラブでもない。


しかしまぁ、キュウリじゃなくて割り箸なあたり抜け目がないな。

そんなことを思いながら割り箸が二本刺さった不恰好なキュウリと100円玉2枚を交換する。


次の瞬間、俺が200円と引き換えに手に入れたきゅうりは俺の手の中から消え去った。


「ハル。次行くわよ〜」


そんなことをのたうちまわるクロが一口齧られたキュウリで指し示すのは乃絵島の本島。


逆の手は俺の手を握ったまま進んでいく。

そして、ようやく坂の上の乃絵島神社まで人の波と屋台を包容し続く一本道の麓まで辿り着く。


「……おい、次って何処に」


もう、十分人がいるところには来たはずだ。

ここからさらに何処かに行く必要性はないはずだ。

……はずなんだ。


「何言ってるのよまだ1時間あるわ。今ならタダで祭り楽しみ放題じゃない!」


お前はな!


「俺がいつまでも言いなりになると思うなよ」


「なに?クッキー砕くわよ?」


浴衣に草履とは思えないステップを踏みながらノリノリでキックボクシングっぽい構えを行うクロ。キックボクシング知らないからぽいってだけだけどな。


歴史上「クッキー砕く」という言葉がここまでの脅し文句になったことは無いだろう。


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