彼女の仮面は軋み始める
俺が駅でクロを待ち始めてから20分が経つ。
無駄に長い夏の日もようやく傾き始め、駅構内はオレンジ色に染められる。
日光を集めることを覚悟した上で黒の半袖を着てきた俺にとっては朗報である。
駅の模様替えはそれだけでなく、人が増えた。
通学の時並みに人がいるのだから、花火ってのは恐ろしいと思う。
中国人が火薬作って花火で遊んでたせいで西洋がパクっていろんな兵器作り出したんだぞ!仕組みは知らないけど、もしかしたら俺の背負ってる爆弾も黒色火薬かも知れねーんだぞ!
お前ら不謹慎だろうが!
……クロが来ない。
あいつが遅れるなんて何かあったのだろうか?
連絡をしようとポケットに視点を落とし、スマホに手を伸ばしたところで、俺の前に一足の草履があることに気がつく。
……足は二つあるのに草履は一足なんだから分かりづらいよな。
「ギリギリ間に合ったわね」
俺の前に現れたのは和製美人である。
……間違った。白石黒美である。
彼女の凛とした雰囲気によく合う清涼感を感じさせる白に、おしとやかな朝顔が描かれた浴衣姿。先程まで降ろしていた髪は簪によって高い位置にまとめてある。
「…………」
「何よ。男が女を待たせるのは遅刻でも、逆は成り立たないわ」
「…………」
「何か言いたいことがあるなら言いなさいよ。変とか言ったらどうなるかは分かってると思うけど?」
言葉を失う。
陳腐な表現だとは思うが、実際に人間の反応に存在するのだから始末が悪い。
彼女の浴衣のように一度真っ白になってしまった頭に現在の状況を再び書き込んでいく。
爆弾 + 処理 + 後1時間半 + 浴衣
= ……
「……綺麗だ」
「……何言ってるの?聞こえないわ。ハルはゴキブリじゃないんだから声帯を震わせないと声は出せないわよ」
若干イラっとくる発言に理性を取り戻す。
なんだ今のケアレスミスは。
爆弾 + 処理 + 後1時間半 + 浴衣
= クロは頭がおかしい
これで正答だ。
さっきの誤答はなかったことにしよう。
「いや、お前頭おかしいだろ。これからクッキー砕きに行くんだぞ?」
どこの世界に爆弾処理のために浴衣に着替える奴がいるのか。
アメリカの方のハリウッドとかのスパイどもでもそんな驚天動地なことしないぞ。
「そうよ。花火大会に行くんだから、この格好が一番目立たないでしょ?」
そんな事を言いながら改札に向かう人波に乗ろうと俺に背を向けるクロ。
俺の日本語は通じていないのだろうか。
それとも突然暗号が「クッキー砕く」から「花火大会に行く」に変わったのだろうか?
「待てよ!どういうことだ?」
珍しくクロが俺の言葉に足を止め、振り返ることなく答える。
「そのままよこれから乃絵島に行くわ」
彼女は自分がリア充でないと主張していた。『リア充爆発しろ』と。
察しが悪い……わけではないが、リア充どもに言わせれば空気が読めない俺でも予想がついた。
「お前、まさかとは思うけど、花火大会に来たリア充を……?」
「……爆発させるわ」
「マジで?」
「マジよ」
俺の方を向くことなくクロが答える。
…………マジか。それがクロの願望だと……。
いや、馬鹿か?こいつ本格的に馬鹿なのか?
「リア充爆発しろ!」とかメッチャ言ってる俺でさえ本物の爆弾でリア充爆発させようとか思ったことないぞ?
というか今俺たちそれできちゃうよ?
俺の混乱をよそに改札から目を離すことなく彼女の指がスッと3時の方向を指差す。
その先には18禁並みの濃厚なキスをする俺たちと同じくらいのカップル。
黒い気持ちが心の底から沸々と湧き上がる。
そちらに目を向けずどうやって気づいていたのか、何故俺にそれを見せたのか……
「……リア充を爆発させるわ」
俺にだけ届くような小声で振り返りながら彼女は呟く。
彼女の顔に張り付くのは黒くなく、俺を嘲笑うわけでもない勿論心からの笑いでもないあの笑み。
カップルは未だに接吻を続け、俺の妬みは感情で事象が発生させられるのではないかというほどに膨らんでいる……
「イッタァイ!何つったってんの?」
「おいガキ!俺の充子に触ってんじゃねぇよ」
そして、後ろから俺に肩を当ててきた女と怒鳴る金髪は改札に吸い込まれていく。
こうして俺の妬みは頂点に達する。
「クロ、リア充は爆発すべきだ」
クロの目を見てそう答えた俺に不満があるとすれば……
彼女の表情と、最初からそのつもりなら俺にも浴衣を着てくるように言っておけよってことぐらいだ。




