正々堂々なんて彼らにはできない
「クッキーの賞味期限は?」
「……あと3時間15分だな」
一瞬何の話だかわからなかったが、俺の予想が正しければ、クッキーが爆弾を示す以上、その賞味期限とは爆発予定時刻のはずである。
いくら爆発予定時刻を聞かれたところで、まばらに人が座り、目の前にもおばさんが眠っている電車の一画で背中に背負ったカウントダウンクロックを確認できるはずもない。
腕時計なんて小洒落たものを持たない俺はスマホを取り出して時刻を確認する。
「そう、まぁ時間的にはちょうど良いくらいね」
何がちょうど良いんだか分からない。
先程から少し考えていたが、クロの願望に心当たりはなかった。
「クッキーはどこで砕くつもりなんだ?」
砕く=爆発させるである。
「それを言ったら面白く無いでしょう?」
隣から笑いかけるクロの顔は黒く、謎が深く、それでいてどこか楽しそうで……ムックを出てからは俺には何も読み取れなくなってしまった。
いや、最初から読み取れていたのかなんて分から無いけどな。
それにしても予想外に人が少ない。
乃絵島の花火大会と言ったら毎年かなりの人が訪れるらしいし、もっとリア充がリァジュリァジュしてると思ったのだ。
リァジュリァジュの意味は俺にもわからんが、もっと人が多く、浮き足立って、俺が生き辛い電車内になっていると思ったのだ。
もっとも花火大会は爆発時刻と同時の6時に始まるらしいし、この時間ならこんなものかも知れない。
ソースは吊り広告だ。
「はぁ、お前は良いのか?彼氏とかとああいうとこ行かなくて」
つい溜息を吐きながら、吊り広告を指差し、隣のクロに話しかける。
さっきの件があったので席を離すのは諦めている。
まぁ、先程クロの調べた内容を聞いた話だと今までの学生軍の爆弾は衝撃に強く、時間通りに爆発しているようだが、一応爆発時刻外に爆発する可能性もあるわけだし、死なば諸共である。
「珍しいわね。ハルから話題を振ってくるなんて」
そうかも知れない。
でも、クロだって危険な爆弾みたいなものだ。
爆弾を背負って、電車でクロの隣。
今の危険すぎる状況のせいで俺の危険察知能力は鈍ってしまっているのかも知れない。
今、リア充とかに乗せられたら二階からプリンキャッチくらいはできるかもな。
……いや、流石に無いか。
「でもさっきも言ったはずよ?鶏さん、私に彼氏なんていたこと無いわ」
いや、嘘つくなよ。
「お前この前、千夜羅とかいうピアスと噂になってたじゃねーか」
「はぁ、鶏まで知ってるんだ」
鶏にはツッコマねーぞ。
中学の時とかもクロの噂は度々聞いたもんだ。
俺のような根暗は情報収集能力に長けているわけではないが、意外と情弱ということも無い。
人は噂をするとき、秘密を話すとき、何に気をつけるだろうか?
答えは、相手の信用度と周囲の耳である。
情報というのは一部の人が持っていてこそ、優越感を得られ、意味を持つのだから、誰彼構わず話すような信用の無いものには迂闊には話せない。
秘密もまた然りである。そもそも大多数の人が知っていることを人は秘密と呼ばない。そんなのは週刊誌のスクープで十分である。
そして周囲の耳。
相手がどんなに信用できる人物であっても周囲の人の耳に入って仕舞えばその意味はなくなる。
相手には「あなただから教えるけど……」とでも言っておけば、プレッシャーをかけることは出来るが、気付かずに聞かれて仕舞えばそんなことは出来ない。
……しかし、クラスメイトはあまり|俺(根暗)のことは気にしない。
もしかしたら休み時間、人と話もせずに突っ伏している俺を寝ていると勘違いしているのかも知れない。
そもそも気づかれていない可能性も大いにあり得るだろう。
しかし!俺はそれだけでは無いと考える!
彼らは知っているのだ。
俺にそれを話す友達がいないことを!
俺に渡ったところでその噂や秘密が漏れ出すことが無いことを。
教室には目には見えないが、間違いなく序列が存在する。そして俺はその最下層に位置している。
それを自覚している俺が、俺より上位の普通のクラスメイトの秘密をバラせるわけが無いのだ。
そういうわけで、利用価値は全く無いが、クラスのゴシップは普通くらいには知っているのだ。
クロの噂くらい知らないわけがない。
「でもそれただの噂よ?千夜羅の奴が私の気をひくために流したらしいわ。まぁあ、中学の時もそういう奴は度々いたし、そういうセコイ手段はもう慣れたわ。ハルが私に告るなら正々堂々としてね。
まぁ、鶏にできるとも思えないけど」
クロは席から乗り出して、俺の顔を覗き込むようにウインクしながら言ってのける。
俺はそちらに視線を向けることなく目の前のおばさんの寝顔に向けた視界の隅でクロの仕草を見る。
別にこいつが本当のことを言っている保証はなく、本当は彼氏くらいいるのかもしれないが、本当かどうか問い詰めたりしたら俺がクロのことを気にしてるみたいに見えそうだから何も言わない。
「笑止、誰がお前なんか」
見た目だけは良いんだからおかしなことをいうのはやめてほしい。見た目だけは良いんだから。
大事なことなので二回考えておく。
「ハァァア。……つまんないわねぇ。今のはハルがばっと向き直って私に告白するところじゃなぁい?……」
つまらない気持ちを表すように欠伸の振りまで見せるクロ。
冗談でそれやってもクロは予想してるから驚かないし、絶対ふるだろ。
ウケもしないのに何が悲しゅうて振られること前提の告白ごっこしなきゃなんないんだよ。
人を驚かせるなら予想外のタイミングでだな……
俺はゆらゆら揺れる吊り広告に這わせていた視線をクロにバッと向ける。
「クロ、俺はお前が……!」
しかし、すんでのところでセリフを止める。なぜなら……
「………スーー……スー……」
いつの間にやら寝息を立て始めたクロにいうのはネタでも恥ずかしかったからだ。
……さっきの欠伸マジだったのかよ。
俺の迫真の演技も気にせず、図々しくも頭を俺の肩に乗せてくるクロ。
俺の肩にクロの頭が乗っている……!
間近から聞こえる寝息と、むびぼうなぼうびに、じゃなくて無防備な美貌につい惹きつけられそうになる心や視線を無理矢理コントロールして平静を装う。
想い、じゃなくて重い、などと思考を別の方向に取り繕いながら、必要以上に真っ直ぐ前を見ることで自らの行動に道を作り、隣の未知への気持ちを抑える。
頭を退けるために髪に触れるのも優れた芸術作品を素手で触りたくないのと同じような抵抗感を覚え、起こすことについては何か聖地を踏み荒らすような罪悪感がある。
動けない。
幸せとかそういう余裕ない。
いや、幸せなわけないだろ!
そうクロにまた迷惑をかけられてるだけ!
いい匂いがするな。
気持ち悪い!クロに嫌われるぞ!
いや、嫌われたくないの?
揚げ足を取るな!
意味のない自問自答が頭の中で繰り広げられ、一瞬脳内が真っ白になって視界が急にパッと開ける。
そして俺の会話を聞いていたのか、いつの間にか起きていた目の前のおばさんがチラリチラリと目を開けてこちらを見ているのにようやく気づく。
自分の言動を思い出し、思考を覗かれたかのような気分になり、恥ずかしくなった俺は静かに目を閉じた。
「……はぁ。ほんと、チキン……」
微睡みにそんな声が混じった気がした。




