馬鹿正直は騙されるが嘘は純粋さに弱い
「で、あんなこと言いながら結局ケチったのね」
公園から出てすぐのファストフード店に入り、クロにジュースを奉納する俺にそんなことをおっしゃるクロ。
昼どきも過ぎた店内は人も少なく、地下のテーブルの一つを確保できた。
ちなみに俺の分のジュースはないが、たった今、クレープは一つ受け取った。
「LLサイズのごめんなさいだ。結構でかいだろ?」
「私は惨めなあなたに情けでクレープまであげたのにそんな私にはジュースなんだ」
「いや、お前元々甘いものそんなに好きじゃねーだろ。小さい頃も酢こんぶ食ってたし、今も飲んでるのブラックじゃねーか」
昔からの知り合いの俺の記憶にはクロが甘いものを好き好んで食べていた描写はない。
いや、一度だけ食べていたことがあったとしたら、俺の初バレンタインの時くらいだ。
むしろ給食のプリンはあいつが残したせいで男子同士の血みどろの戦が起こっていた。
ウワッキーこと俺は玉子スープのお代わりを往復しながら気と気をぶつけ合うようなジャンケンを眺めたものだ。争わずに手に入れた玉子スープはうまかった。
大方こいつは俺を困らせるためにクレープを買ったが、甘さに耐えられず俺によこしたのだろう。
クレープを提案した俺としては一本取ってやったといったところだ。
そんな風に思いながらもクレープに口をつける。
「どう?味は?」
いつもなら俺のことなど全く興味のなさげなクロが珍しく身を乗り出して聞いてくる。
その表情もまた、喜色というか、純粋な好奇心を示しているようで、いつもの黒さは表情からは読み取れない。
味を楽しみにしながら様子を疑うようなその顔をみれば心踊ってしまう男子もいるだろう。
「ちょっと、無視してるの?」
「いや、まだ食べてる途中だから」
露出というほどではなくても若干胸がはだけているワンピースでテーブルに身を乗り出しているために、周りの大人と比べても実りのいい二つの実がテーブルに盛られる。
しかし、俺の視線はクロの顔から話すわけには行かない。
今は死線と化している彼女のシュッとした顎のラインを俺の視線が越えるようなことがあればこの場で死戦が始まるだろう。
……簡単に言えば「クロのおっぱい見たら殺されるなぁ」ということだ。同じ過ちは二度繰り返さ無い。
俺はクロの目をしっかりと見つめ返すことでクロ本人にアリバイを証明してもらおうと、大きな瞳を一心に見つめ返す。
コミュニケーション能力が高いとは言えない俺は凄まじい精神的ダメージを毎秒受けることになるが、ここで因縁でもつけられればようやく帰れるというこのタイミングで再び面倒なことになってしまう。
早く家に帰りたい。
『一投入魂』などと野球部の坊主は言っていたが、帰宅部においては『一帰入魂』こそが掲げるべき目標だ。
手に持っているクレープを咀嚼しながら身を乗り出したクロを見つめる俺。
かなり恥ずかしいが、野球部や陸上部の変な掛け声も恥ずかしくてもやらねばならないのと同じだ。早く家に帰るため……
「ん?うぇ?なにこれ?」
しかし。俺とクロが見つめ合うという、めちゃめちゃ不自然な均衡を崩したのは生憎俺であった。
異変を感じた時にはすでに、俺の口の中では今まで広がっていた生クリームの甘さがなりを潜め、独特の臭いとヌルヌル感が侵略をほぼ完了していた。
「ふふふ、どう?納豆クレープなんだけど」
黒さも含まれるものの楽しそうに笑うクロ。
納豆。そうか、それで……
「ま、美味いぞ?俺の中じゃ80点」
不味い、と言いかけて止める。
クロが感想を聞いたということは、彼女は確信を持っていないということだ。つまり、俺の感想こそがこの場においては納豆クレープの唯一の評価対象であり、彼女はそれを探っているのだ。
ちなみに80点が何点満点中かは言ってていないし、偏差値を聞かれても分散が物凄いことになっていることにすれば問題ない。
「あら、私はそう思わなかったわ。もう一つどうしようかと思ったけどあげるわね」
クロは乗り出していた体を元に戻しながらホッとしたように告げる。
同時にテーブルの上にあった実が誘うように揺れるが、視界の隅で捉えたそれに、視線が動こうとするのは全力の理性で抑える。
「ははは、いや、遠慮しとくよ」
うん、不味かったもん!いつの間にお前も食べたのかよ!なんでそんなの買ったんだよ!
「遠慮ならいらないわ。元々あまり甘いものは好きじゃないもの。納豆が好きだったから興味があったのだけど、私からしたらこの生クリームは失敗ね」
いつものイタズラ、というより、周りを不快な気持ちにさせる一種の暴力を行った時の黒い表情ではなく、純粋におすすめしているようだ。
クロの善意のようでもあるが、今回については全くもってありがたくない。
普段から俺に狙って害を及ぼしているクロだが、良かれとして行われる害悪はそれ以上にたちが悪かったりする。
精神的には嬉しいと思ってしまうのは男の性なのだろうけど。
「じゃあもらおうかな」
俺は疑念を抱きながらも、ここで嘘だとバラした場合のリスクを瞬時に導き、納豆クレープを食べることを選択する。
おそらく、この食品自体が不味いことではなく、俺の納豆嫌いが今の苦行の原因だろう。
臭い。
動物は臭いによって危険を判断することも多いが、特に食べ物についてはそれは顕著であろう。
もはや味の一部であるそれが、俺からすれば崩壊している納豆を食べるのが苦行なのである。
もし、納豆が世界的に害悪とされているならば、欧州の平和維持に貢献しているNATOや、世界的な六角の雌ネジ、ナットへの謝罪を要求したいところではあるが、特に健康面で良しとされていて、人によっては毎日好き好んで食べる伝統文化にこんなことを言うのは理不尽だろう。
俺にとっての絶対悪はリア充であり、納豆ではないのだ。
むしろその点においては雄ネジ、ボルトが存在し、合体が運命付けられている雌ネジ、ナットのほうが悪に近い?……いや、違うか。
なかなか時間を有したが完食することができた。
宿題に追われてました……
遅れてしまってすいません!次は早めに投稿します。




