みんなの卯の花祭奮闘記・日村
目が覚めると、さっきまでのなんともいえない気分の悪さが消えていた。
紫音ちゃんがいない。教室に戻ったのか。先に帰ることはないもんな。
カーテンをひくと、桜井がいた。長椅子に座って保健だよりを読んでいる。
「大丈夫か」
傍らのペットボトルを片手に近づいてきた。
「具合悪くて保健室に行ったって聞いて、様子見に来たんだ。紫音さんは今教室に戻ってる」
ペットボトルを受け取って頷く。
「大丈夫。ありがとう。お金」
「そのくらい、いいよ」
ペットボトルを俺の手から取り上げて、蓋を開けてからもう一度渡してくれた。
「至れり尽くせりで、すみませんね」
「このくらいならいつでもどうぞ」
桜井は笑った。笑って、すぐに、真面目な顔をして、
「ちょっと、話してもいいか」
水を一口飲んでから頷く。
「紫音さんのこと」
「うん」
「俺、紫音さんのこと、怒らせちゃったかもしれない」
「なんで?」
「変なこと言っちゃったみたいで」
「何を言ったの?」
桜井はチラリと俺を見て、
「日村と紫音さんの噂。紫音さんは違うって言ったけど、実際、日村と紫音さんて付き合ってるんじゃないのか?」
付き合う、とは。
「不純異性交遊のことか?」
「不純とは思わないけど、その異性交遊のことだ」
桜井の目の奥が不安そうに揺れてるように見えた。
「付き合ってないよ。俺と紫音ちゃん兄弟だし」
「ふぇ、」
驚きすぎて桜井が変な声を出した。
桜井には悪いけど、笑ってしまった。
「ごめん、桜井には話したつもりになってた。俺と紫音ちゃんは正真正銘の、血を分けた兄弟なんだよ。て言っても、半分だけだけど」
桜井は口を開いて、また閉じて、でもまた開いてを2、3回繰り返した。混乱してる。
「俺と紫音ちゃんは母親が一緒で父親が違うんだ。俺らの母さんと紫音ちゃんの父さんは、紫音ちゃんが生まれてすぐ離婚して、その後に俺の父さんと出会って、俺が生まれた」
桜井は頷く。首を縦に振るのが精一杯て感じだ。
「小さい頃は離れて暮らしてたんだけど、今はいろいろあって一緒に暮らしてる。でも、紫音ちゃんの籍はお父さんの方にあって、だから苗字が違うんだ」
時々連絡寄越すけど、俺も紫音ちゃんもあの人嫌いだから適当にあしらってる。
「紫音ちゃんが同学年なのは紫音ちゃんがこっちの学校に編入するとき、そう希望したんだって。俺の身体が弱くて、心配だから、同じ学年なら気にかけてあげられるからって」
それが嘘とは言わないけど、たぶん、自分が不安なのもあったんじゃないかな。
同じ学年なら、奏もレオもいたから。
「俺と紫音ちゃんが一緒にいるのを見て、付き合ってるっていう奴もいるけど、否定したり説明したりがめんどくさいし、家のことが噂になるのは嫌だったから、あえて否定しないでいたんだよ」
本当はもっと細かいいろんなエピソードがあるんだけど、そんな家庭の事情なんて聞かされても困るだけだろう。
桜井は黙ってる。
真剣に何かを考えているようにも見えた。
気遣い屋で気にしいの桜井にこんなこと話して、深刻に受け止めたんじゃないだろうか。
「話してくれて、ありがとう」
桜井はぽつり呟くように言った。
「て、言うのは、変か?」
「別に変じゃないと思う。どういたしまして。というか、忘れてて、ごめん」
「いいんだ、そんなこと」
桜井は何だかぼんやりしている。
「兄弟か」、「そうか」と言葉を繰り返す。
どうしたんだろう。