みんなの卯の花祭奮闘記・ヒナタ
俺が体育館を出てから15分が経過した。
日村か海生あたり、はたまた花菱が様子見に来るんじゃねーかな。まあ、来ても戻る気ねーけどな。
なんて思ってたら、桜井が来やがった。
「なんでよりによってテメーなんだよ」
「俺もそう思う。でも海生が三嶋を連れてきてマドレーヌ食べ始めたから。日村や紫音さんに頼むのも悪いからさ」
「なんだよマドレーヌって。ワケわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
桜井は肩をすくめた。
こいつの、こーゆーすかしたとこがムカつくんだよ、俺は。
「なあ、ヒナタ。おまえが怒りたくなる気持ちもわかるけど、レオもいっぱいいっぱいなんだからもう少し、あいつの気持ちくんでやれよ」
出た、説教。不良のくせによ。
「どう考えたって、レオのが間違ってんだろ。卯の花祭まで1週間もねーのに、めんどくせーこと押し付けやがってよ」
「確かにそれはそうかもしれない。が、一度引き受けたんなら、不満があっても最後まで責任もってやるべきだろう?気に食わないからって手を抜いたり、途中で投げ出すのは無責任だ。それに、そんなこと繰り返してたら、辞め癖がついて、おまえ自身のためにもよくない」
こいつは、ほんとに。
「オメーはなんなんだよ。かおりか」
「誰、かおりって」
「俺の母親」
「おまえ、お母さんのこと『かおり』って呼び捨てしてんの?」
「うちは昔からそうだよ。気持ちの上ではいつまでも若くありたいから『ママ』を卒業したら、『かおり』って呼ぶようにってな」
「へぇ。面白いな。うちは今でも『ママ』って呼ばせたがるけど」
桜井が『ママ』?
「まさか、呼んでねーよな?」
「呼んでるよ」
「マジか!?」
「嘘だよ」
この野郎。
目についた黒板消しを桜井目掛けて投げつけたが、避けられた。
あー、ムカつくっ。
「学校の備品を投げるな」
「不良が説教すんな! うぜぇんだよ!」
「ヒナタは本当に短気だな」
やれやれ、仕方ないなあみたいな顔すんな! 余計腹立つ!
「俺はおまえらのやり方が気に入らねーんだよ」
こっちの都合も聞かずに勝手にキャストに組んだと思ったら、セリフは1日で覚えてこいだと。
それなのに、誰もなんも言わねー。
普通おかしいだろ? ふざけんなって思うだろ?
「何でおまえらはそれを当たり前みてーに受け入れてんだよ。腹立たねーのかよ」
「しょうがないだろ、レオはそういう奴なんだから」
「だからっ、それがおかしいんだっての! なんでそれで許しちまうんだよ。そりゃ俺だってあいつの性格は知ってんよ。言い出したら聞かねーし、目的のためには何だってするってことも。だから劇の話もうけた。けど、最後にゃそうなるってわかってんなら、尚更、変だって、おかしいって、文句だって、嫌味だって言うべきだろ? おまえらが何も言わねーから、俺が一人で怒って反発してってなるんじゃねーか。俺だって好きで年がら年中怒ってるワケじゃねーっての」
桜井は目を丸くした。まじまじと俺を見る。
「なんだよ」
「いや、何も考えてなさそうに見えて、ヒナタもいろいろ考えてんだなって思って」
馬鹿にしやがって。
目についた黒板消しクリーナーを投げつけてやったら、桜井は慌ててよけた。
「クリーナーは危ないだろ」
「どーせ使ってねーから壊れたって問題ねーよ」
「そういうことじゃないだろう」
そこまで言って桜井は黙った。
こいつ、俺と話す時はいっつもこうだ。
言ったって仕方ないって思ってんのかしんねーけど、言い返してこねーんだ。
「わかった、俺がいると火に油注ぐみたいだから退散するわ」
「さっさと失せろ」
桜井は出て行った。
たっぷり90秒待ってから、俺も部屋を出る。
廊下には穏やかに微笑む桜井がいた。
「はめやがったな」
「待っててやったんだよ。一人ですごすご体育館戻るの気まずいだろうと思って」
大きなお世話だよ。
「おまえ、ほんっとに人のこと馬鹿にすんの好きな」
「俺はそんなつもりないんだけど」
歩き出した桜井。俺は動かず、じっと前を見据える。
「どうした?」
桜井が振り返る。俺の視線を追って、前を見た。チャンス。
後ろから膝の関節を蹴り飛ばしてやった。
不様に倒れる桜井。ざまあねーな。
「バーカ」
「馬鹿って言った方が馬鹿」
廊下に倒れた情けない格好のまま、桜井はうめいた。
俺は走って逃げ出した。
俺がバカなのは認めるけど、あいつもいい勝負なんじゃねーの?