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冬の空の下で

 

 とある国の首都。

 夏の日差しが照り付ける広場には、祝日のせいもあり、子供から大人まで、大勢の人が集まっていた。


 木陰の下では、パントマイム、手品等を行うストリートパフォーマーに黒山の人だかりができていた。


 手品師が、握り締めた手を子供達の前に翳している。


 その手を覗き込む笑顔の子供達。


「三、二、一」


 手品師のカウントダウンに合わせて、子供達が歓声を上げた。


 開かれた彼の手から、次々と風船が飛び出していく。

 子供達の手を逃れ、梢を掠めるように、空に消えていく色鮮やかな風船。


 空を見上げる人々。


 抜けるような青空に消えていく風船。

 その先には、一機の飛行機が見えた。


 直後、網膜を焼き尽くす閃光が町に降り注ぎ、空に生まれた太陽が地面に落ちてきた。



     *



「死者六百万三千二百五十一人。都市中心部の高層ビル四十二棟全て全壊。国政議事会館も崩壊しております」 


「都市周辺はどうか」


「都心半径二十キロにわたり、摂氏三百度以上の熱風が観測されています」


 私は、目の前に表示される数字を読み上げていく。


「威力は予想通りか。で、各国の反応は」


 軍服に身を包んだ男は、興味深げに私の肩を叩く。


「各国が一斉に批難の声明を発していますが、沈黙している国も多いですね」


 軍服の男は、満足そうに頷く。


「よろしい。同様の実験を繰り返して欲しい。軍部が欲しい情報は分かってるな」


 腰に吊った拳銃をジャラジャラと鳴らし、彼は部屋の出口にむかう。


「司令に連絡してくる。しばらく休憩してくれ」


 彼が扉から出ていくのを確認した私は、死者数が表示されている画面に手を触れた。

 

 

     *



 鉄条のくくり付けられた非常階段を昇っていく。

 山岳地帯に作られた施設を凍えるような夜の空気が包んでいた。


「いつもご苦労さん」


 私は、背後から後を付けて来る軍人に声をかけた。

 私に銃を向けたまま、彼はピクリとも動かない。


 

 肩をすくめ、ブルゾンの胸のポケットから、タバコとライターを取り出した。

 口にくわえたタバコを、手で覆い隠しながら火を付けた。


 吐き出した煙が、冷えきった夜空に消えていく。 

 そういえば、私がこの研究を始めた頃、空に広がる雲をそのシステムに例えていた。


 広がった煙は、風に吹かれ、空に消えていった。

 

 消えていった……。表現が正確ではなかったな。

 粒子が拡散し、空気と混在した、と言うべきか。


 また煙を吐き出す。

 

 煙の向こうに、チカチカと星がまたたいていた。


 冬の空の下で、あの日、空を見上げた日を思い出す。

 

 地球は、この七年で随分変わってしまった。

 木星資源の枯渇は、世界経済に深刻な影響を与えていた。

 残存した石油資源の囲い込みから始まった原油高騰により、世界は戦争前夜の様相を呈していた。


 私は今、とある国の軍事施設に軟禁されている。タバコを吸うくらいの自由は許されているが。

 ここで私が行っていることは、テラ・ネットのノウハウを利用し、現実と寸分変わりないVRを作り上げることである。

 "暇潰し"ではなく、軍事的シミュレーションを行う事がその目的である。


 私がここで作り上げた地球はもう何十回と破壊され、人類はその度に絶滅を繰り返していた。

 システム内の数値を少しいじるだけで人類はいとも簡単に絶滅する。

 いかに危ういバランスの上で人類が繁栄しているのかを痛感するとともに、私は絶望に押し潰されそうになる。


 こうなる事は、ある程度予想できていた。

 だから、私はあの船に希望を託したのだ。



 あの冬の空の下で、全人類の称賛の中、旅出っていた船はもう二度と帰ってくる事はない。

 現実問題として、軌道エレベーターが破壊され、人類が再び地上に縛り付けられた事は記憶に新しい。


 だが、それは私の予想内の出来事。


 船全体のシステムを掌握した"テラ・ネット"は、木星の軌道において衛星の一つになっている事だろう。

 木星から無限に近い資源の供給を受け、システムは永久に稼動し続ける。


 この施設に軟禁される直前、私はシステムからの最終報告を受けていた。


 七年間、"テラ・ネット"は順調に進化を続けていた。最初に行った事は、人の記憶を自由に制御すること。次は、人の行動パターンを学習。記憶への介入。VRへの接続意識の消去。そして、現実への介入。

 最終的にシステムは、完全な人間を再現する事に成功した。

 システムにより再現された人間と、私達との間には何の違いもない。


 そして、システムはその内部にまた、システムを構築し続けていく。


 


 指に挟んでいたタバコが灰になり崩れていく。

 想像して欲しい。

 将来、進化した彼等がこの地球にやって来たならば、そこで出会うのは、現実の私達なのか。

 それとも、繰り返し絶滅されたシステムの中の私達なのか。



 タバコを灰皿に入れ、再び空を見上げる。


 でも。


 やっぱりもう一度会いたかった。


 だから、私は何度も試してみた。


 彼女が地球に帰ってくる可能性を。


 計算結果は限りなく0。


 一つだけ、限りなく不可能に近いその方法は……。



「小菅博士、そろそろ」


 背後の男が私に話かけた。


 頷いた私は、コートの襟を立てて非常階段を降りていく。


 その手段とは、この地球全てを、新たな"テラ・ネット"に変えてしまう事。


 すでに準備は出来ている。


 世界中に散らばった仲間と、地球全体を覆うシステムが構築されつつあった。

 人類は、データの集合体として新たな進化を遂げるべきなのだ。



 扉を開けると、先の軍人が立っていた。


「博士」


 彼は、私に背を向けて言うと、振り返る。


 パン



 渇いた音が響いた。彼の腰元で私に向けられた拳銃が煙を出していた。


「すみません。もうシミュレーションは必要無くなりました」


 腹部が焼ける様に熱い。

 視界が傾いていく。


 横倒しになった視界の向こうに、画面が見えている。


 もう、彼女に会うことは出来ない。


 空にいる彼女に……


 

 伸ばした手の先、画面には臨時ニュースが映っていた。


「……国による新型破壊兵器により……」

 


     * 



 一度消えた意識が再構成を始めていく。


 私達はいつからこの世界が……。


 そんな事はもうどうでもいい。


 あの冬の空の下で


 再び彼女に会えるなら。


 ―― おしまい ――

世間を

厭しと恥しと

思へども

飛び立ちかねつ

鳥にしあらねば


(八九三 山上憶良)

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