見つめる向こうの世界(VRビデオカメラ"ソラカメ")
『明けましておめでとうございます』
画面の中、紅白幕にかこまれたスタジオ。
黒縁眼鏡の男性がクラッカーを鳴らしている。
『今年もよろしくお願いします』
男性の横で桜をあしらったピンク色の和服を着た女性が頭を下げる。
『というわけで、本年も、トビッキリの最新商品を、ぶっちぎりのお値段で紹介していこうとおもいます』
『今年最初の商品は何かしら』
張りのある肌。つい最近までアイドルをしていた和服の女性が、振袖を振る。
『ところで、年が明けてから、どんなテレビ見てる?』
男性の質問に、女性は顎に手をあててしばらく考え、ポンと両手を叩く。
『年始はバラエティー番組ばっかり見てます。でも、ちょっと飽きちゃったかも』
『うん、うん。お笑いは同じネタばっかりだからね。そんな貴方にぴったりの商品がコレ!』
男性がテーブルの上からハンディサイズのデジカムを取り上げた。
『デジタルビデオカメラ、ですか?』
『ただのデシカムと思ってもらっちゃ困るよ』
『ですよねぇ』
女性は言いながら、色違いのデジカムを持ち上げる。
『軽〜い。う〜ん。でもどう違うのですか』
『よくぞ聞いてくれたね。ほら、そこにVRボタンがあるでしょ』
男性が女性が持てデジカムのスイッチを指差す。
『VRモードで撮影した動画は、クラウドに保管されるんだ』
『あ、ということは』
『そう! 撮影した画像を家庭で気軽にVR再生できる訳』
『すごーい』
早速VRボタンを押して撮影する女性。が、すぐにカメラを下ろす。
『でも、自分が行ったところでVR再生しても』
『ちっちっち。このカメラのすごいところは、ログインすることによって、クラウドに保存されている他人のVR画像も再生できること』
『す、すごーい。じゃあ』
女性が飛び跳ねながら、画面に笑顔を向ける。
『世界中のVR画像が』
『そう。VR再生されるんだ』
『でも、お値段が張りそう』
心配そうに、男性を見る女性。
『そこはまかせてよ。今回、この無段階色調VRビデオカメラ"ソラカメ"本体に、VR接続端子、クラウド一ヶ月間無料使用権、それに、素人でも分かるVR取扱説明本をセットにして、年明けお年玉大セール! セット価格……』
*
「……ん」
「……さん」
体を揺すられた、私は、ヘッドホン型VR再生装置を外した。
ぼやけた視界の先に白衣を着た女性が見えた。
「先生、ごめんなさい」
目を擦り、ベッドから上半身を浮かせた。
白衣の女性は、ベッドに顔を近づけて首を振った。
「いいのよ。今日はどこに行ったの?」
私は、寝癖で跳ねた髪を摘みながら思い出す。
「えーとね。南の海でダイビングをして、砂漠でラクダに乗って、雪の中に穴を掘って、中でお餅を食べた。寒かったり、暑かったり、おいしかったり」
母親が買ってくれた新しいビデオカメラ。クラウドに接続すれば、公開設定されたVR画像が見放題だった。
とくにVR作家と呼ばれる人達が世界各地で撮影したVR動画は、クラウド界で絶大な人気をはくしていた。
VR動画に差し込まれる広告がうざったいけど。
「そう、いいもの買ってもらったね」
白衣の女性は、笑顔で言いながら、私の右腕にいつもの検査用端子を巻いていく。
「私もあんなVR作家になっていろんな所に行ってみたいな」
「その為にはまず病気を治さなくちゃね」
白衣の女性は、タブレットに標準される私の検査結果を見ながら言う。
「はい。OK。ちゃんと薬飲んでね」
頷く私は、VR端子のコードを指で巻きながら、検査端末を直す女性を見る。
「先生、私も外の映像が撮りたい」
白衣の女性は、端末を胸に抱えて、しばらく目を閉じ、私に笑いかける。
「最近、数値もいいし、院長先生がいいって言ったらね」
「うん」
私が頷くと、女性は手を振って病室から出ていった。
*
「お、なんじゃ。ビデオカメラかい?」
車椅子で休憩室に行くと、いつものおじいさんが看護師達と机に向かって作業をしていた。
「これはVRカメラよ」
カメラを構えた私は、片手で車椅子を器用に動かし、おじいさんの正面に移動した。
通常、車椅子は思考を読み取り自動で動く物が使われるらしいが、手足の筋力が衰えた私はリハビリとしていまだに人力の車椅子を使っている。
「なんじゃ、緊張するな」
おじいさんは笑顔でピースサインをして、動きを止めた。
しばらくそのまま沈黙が流れる。
「動画だから動いてよ」
私の言葉に、おじいさんは慌てて言葉にならない言葉を出し手を振る。
回りの患者達や看護師達が、口を押さえて笑っていた。
「こんな病院の画像撮ってどうするんじゃ?」
おじいさんの質問に、私はカメラを構えたまま答える。
「私、VR作家になりたいの。だからその練習よ」
「なんじゃ、ぶい? まあ、わしも有名人になるんかの?」
「病院のVR画像は勝手に公開出来ないの。退院したら撮影しに行くね」
「そりゃ楽しみ楽しみ」
おじいさんは、笑いながら、作業を再開した。
*
ベッドの端に座り、ビデオカメラの取扱説明本をピラピラめくっていると、病室のドアが静かに開いた。
「みんな、来てくれたんだ」
私は本を閉じて、顔を上げる。
申し訳なさそうに入ってきたのは、同級生三人。
「年始くらいみんなで来たかったんだけど、もうすぐ受験だから」
一番仲のよかった子が、重そうに背負っていたリュックを床に下ろした。
彼女はリュックの中から、私の為にと作り続けてくれている授業ノートの束を取り出し、テーブルの上に置いた。
「有り難く。いただきます」
私はノートの束を両手で掲げ、彼女に頭を下げた。
入院した頃はクラスみんなが来てくれて、母親が困っていたものだが。
でも、受験勉強で忙しい中、こうして来てくれた事は、元気ならば飛び跳ねるくらい嬉しい。
「あ、これ、VRカメラじゃない!」
別の友人が、ベッド脇で充電していたビデオカメラを見つけた。
「うん。病院から出れないから、クラウドの映像見るだけなんだけど」
「VR作家とか流行ってるよね」
「そういえば、兄貴がやってる会員制VRクラウドで宇宙からの映像がアップされてた。あれ、すごかったよ」
友人達の会話に心が弾む。
「すごい! それ絶対見たい」
思わずベッドから立ち上がりそうになり、めまいに襲われた。
「じゃあ、ビデオ貸してくれたら、それダウンロードしてくるよ」
私は目を閉じて、ベッドにゆっくりと倒れながら頷く。
「お願い」
少し興奮し過ぎたのだろうか。体の節々に痛みがはしる。
「ダウンロードできたらまた持ってくるよ」
友人達は、調子が悪い私に気を使ってくれていたのだろう。
「じゃあ、また」
と言い、ゾロゾロと部屋を出ていった。
宇宙からのVR映像なんて楽しみすぎる。
私は全身の痛みに耐えながら、口元を緩ませた。
*
病室の外に出ると、彼女の母親が待っていていた。
見舞いを終えた少女達は、彼女の細過ぎる手足、窪んだ頬にショックを受け、静かに泣いた。
*
母親がカーテンを開いていく。
枕の上で、首を動かした私は、窓の外が異様に明るい事に気付いた。
「雪が積もってるよ」
昔は雪が降ると異様に興奮したものだが、今は体がだるく、私はただ頷いた。
「…… たい」
「ん、何したいって?」
母親は、私の口元に耳を近づけた。
「雪ダルマ作りたい」
力の入らない喉で声を振り絞る。
「そうだね。元気になったらね」
窓の外には、気持ち悪い程早く移動する鉛色の雲が見えていた。
*
「……あ、セットするよ」
母親が私の頭にヘッドホン型のVR装置を被せてくれた。
目を閉じる。
一瞬の頭痛の後、クラウドに接続された。
*
私は、雪を踏み締めて、雪原の上を走っていた。
「後ろ! 後ろ!」
友人の声に振り向くと、私の顔に、雪玉が命中した。
回りからどっと笑い声が起きる。
場所は、学校のグラウンド。
顔の雪を払っていると、友人が私の肩を叩いた。
「ほら、あっちで男子と雪だるま競争するって。早く行こう」
頷いた私は、彼女と手を繋いで、雪の中を思いっきり走る。
グラウンドの端ではすでに男子が一抱えもある雪玉を転がしていた。
「ほら、早く手伝ってよ」
クラスの女子が、私達の手を引く。
女子チームの雪玉はまだ、サッカーボールくらいの大きさだった。
「女子にはぜってー負けね」
普段よく喧嘩しているくせに、男子はこんな時異様に団結する。
「こういうのは、最初の芯をしっかり作るのが大事。男子のスカスカの雪玉は頭乗せたら潰れるわ」
女子チームは、雪玉を回転させる毎に固く叩き締めていく。
手袋に染みる雪の冷たさもいつの間にか忘れていた。雪玉を転がして、叩く。どうしてこんな単純な作業がこんなにも楽しいのだろう。
案の定、男子の雪玉は、頭を乗せた所で体がボロボロに崩れていた。
女子チームは、腰程の高さの雪玉を転がせなくなっていた。
何度もびくとも動かない雪玉を押して息が上がった女子チームは、その場に座りこんでしまった。
「しかたねえな」
男子数人が、潰れた雪玉に乗っていた頭を、女子の雪玉の上に乗せた。
「こんなでかい雪だるま見たことねえ」
「教室からも見えそう」
「俺写真とっとく」
彼に釣られて、みながスマートホンを取り出す。
そして誰かが気付いた。
「学校、スマートホン禁止じゃ……」
男子、女子みんなが手元のスマートホンを見て一斉に笑い出す。
「今度は一緒に写真とろうね」
私の耳元で友人が囁く。
「早く元気になってね」
女子達が私の回りに集まる。
「まあ、なんだ、次はもっとでかいのつくろうぜ」
女子の輪の外から男子が恥ずかしそうに言った。
「うん」
私は、雪と泥でぐしゃぐしゃになった顔で頷いた。
*
微かに残った力で指先を動かし、私は何度も、何度も、何度もその映像を再生した。
百三十二回目が最後の再生になった。
*
後に、彼女が病院内で撮影したVR動画と、友人が撮影したVR動画が一つにまとめられて、クラウドにアップされた。
動画を編集した老人によると、彼女の友人達が、口を揃えてこう言ったという。
「彼女があそこにいなかった事が信じられない。何度思い返してみても、絶対彼女はあそこにいた」
彼等、彼女等の単なる思い込みなのだろうか。
しかし、VR技術の元となった脳神経学については、いまだ完全には解明されていない。
我が形見
見つつ偲はせ
あらたまの
年の緒長く
我も思はむ
(五八七 笠郎女)