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そこで見る夢はいつも悪夢(SMARTKOTATSU"DREAM3")

家電製品がオンライン化されて随分経つ。

 家に帰ればエアコンが作動していて自動的に快適な温度。いつも見ている番組の時間になると、テレビが勝手に付く。

 冷蔵庫も賢くなって、庫内の残り物からレシピを教えてくれる。コンロは材料を入れて鍋を置き、メニューを選ぶだけで最適の料理を作ってくれる。


 雑誌か何かで誰かが言っていた。

――ユビキタス時代の次はユビイラズ――

 確かに玄関を開けてから、何一つスイッチを触っていない。

 全く、便利な時代になったものである。


     *


 過去最大レベルの寒気。

 夜のニュース番組のお天気お姉さんが、雪だるまマークだらけの日本地図を指差して言う。

 せっかくの休日だけど、明日は家でじっとしておくに限る。

 湯気を立てるロールキャベツを食べながら、ふと、足元の寒さが気になった。 そういえば、昔はエアコンなんて無かった。床暖房を買うお金は無いけど、どうしても恋しくなるのは、子供の頃のあの温もり。

 意味があるのか無いのか分からない赤い光。お菓子のカスやらこぼしたみそ汁で汚れた布団。

 何よりも、うたた寝の気持ちよさ。


 よしよし、ロールキャベツの汁を飲み干し、テレビの前に立つ。


「コタツ」


 言葉に反応し、ニュース番組の画面が縮小され、ネット通販の画面がアップされた。


『さて、今回ご紹介するのは、これ!』 


 派手な眼鏡をかけた中年男性が少し高い声で叫ぶ。


『最新式スマートコタツ "DREAM3"』


 見た目は普通のテーブル型のコタツである。


『普通のコタツに見えますが』


 かつて、一世を風靡した元アイドルの女優がコタツ布団をめくる。


『最新式超低電力のプラズマ発熱装置、高密度カラブラフ羽毛布団はもちろんのこと、その他スマート機能が満載です』


 元アイドル女優がコタツに足を入れる。


『帰宅に合わせて予備スイッチが入り、人の足の温度を認識して出力が調整されます』


 中年男性もコタツに足を入れ、テーブルの上のみかんを剥きはじめた。


『コタツって、肌が乾燥するんですよね』


 元アイドルの女優が中年男性からみかんを受け取りながら言う。特徴的なプックリとした唇。当時は整形疑惑もあったが、こうして見ると、年齢により幾筋も刻み込まれた唇の小皺が本物であることを物語っている。


『もちろんそのあたりも大丈夫。ネットから温度、湿度を読み取り加湿機能も……』


 まあ、店まで買いに行くのもめんどくさいし、これでいいだろう。


『お値段は、ワールドスペシャルショップ特別価格』


 値段も手頃である。


『さらに今回御買い上げの方には……』


 スマートホンで残高を確認する。

 ボーナスが入金されており、年末には随分余裕がありそうだ。


『では、購入希望の方は、生体端子に手を触れて下さい』


 テレビ画面の一角に手の平大の四角い枠が現れた。 右手の平を枠に押し付ける。



     *



 さてと。


 次の日の朝には、一抱えもある段ボールが届いた。早速封を開けて組み立てる。四本足のヒンジの組み立てに苦労するも、昼前にはリビングの真ん中を懐かしいコタツが陣取っていた。


 タブレット端末で、コタツをオンラインに接続し、そうっと両足をコタツ布団の中に入れる。


 これ、これ。くぅ〜。


 肩まで布団を被る。ジンワリと体に広がる暖かさ。まさに、朝起きる前の布団の中のよう。


 少しくらい、いいかな。


 大きなあくびをして、目を閉じた。



     *



「コラ! コタツでねるな!」 


 聞き覚えのある声。

 のぼせた頭を降って目をあける。

 天井の蛍光灯の眩しさに一瞬目を閉じ、またゆっくりと開いていく。


「コタツで寝たら風邪ひくって何度言えばわかるの」


 母さん。


 思わず体を起こす。テーブルの上のからお菓子がこぼれ落ちた。

 拾いあげたお菓子の向こうには、泥だらけのランドセル。

 

「ほら、掃除出来ないから早く出なさい」


 耳元に掃除機のモーターがけたましい音を立てている。


 母親が布団をめくりあげ、掃除機で足をつつく。


 母さん、どうして。


「いやだ! 寒いもん」


 口からは、心とは裏腹の言葉が出てくる。

 叫びながら、目をつぶり、コタツの足に力一杯しがみついた。



     *



 ドン!

 足に強い衝撃が伝わる。

 目を擦りながら、モゾモゾと起き上がる。

 布団の向こうに長い黒髪が見えた。


「邪魔」


 黒髪がゆっくりと動いて、女の子の顔が見えた。


 ねえちゃん。 


 思わず手を伸ばす。

 が、またまた、思いとは裏腹に、コタツの中の足をおもいっきり蹴っていた。


「痛っ。なにするのよバカ」


 ねえちゃん。なにしてるんだよ。


 体を起こそうとするが、両足にまた衝撃が走る。


 痛みに思わず体を折り曲げて目を閉じる。



     *



 不規則に繰り返す耳障りな音に目を覚ます。

 ひどいイビキ。

 でも、これは……。


 首をもたげると、無精髭の男性が豪快にイビキをかいていた。


 やっぱり、親父。

 声を出そうとするが、体が思うように動かない。

 そのまま俯せに寝転がる。

 と、コタツからはみ出た上半身が急に暖かくなった。

 うっすらと目をあける。

 母がため息をつきながら、親父に毛布をかけてやっていた。親父がモグモグと口を動かしている。

 テーブルの上のロールキャベツの食べさしにラップをかける母。


 まぶたが重い。


 記憶の彼方にうっすらと残る、なつかしい深夜ニュースのテーマソング。

 それは子守唄のように単調なメロディーを繰り返していく。



     *



「なんだ、寝ちまったか」


 親父の声。

 心地好いコタツの温もりに包まれている僕の目は開かない。


「まだまだお子様だからね」


 ねえちゃんが笑いながら言う。


「どうする。起こそうか?」


 母さんの声が近くから聞こえる。


「イルミネーションなんて見たくないってごねてたし、ほっていこうよ。急がないと終わっちゃうし」


 ねえちゃんがリビングの扉を開けたようだ。冷たい空気が上半身を覆う。


「そうね。あんまり長居は出来ないしね」


 母さんが立ち上がる。毛布が静かに掛けられた。



 ダメだ。行ってはいけない。


 叫び声は出なかった。


「車のエンジン掛けてくるよ」


 親父の声と玄関が閉まる音が重なる。



 行くな! 行かないでくれ!


 何度も何度も叫ぼうとするが、喉に力が入らない。 

 部屋の電気が消えて、扉が閉まる音がした。


 どうして。どうして声が出ない。

 どうして……。



     *



 見上げた天井のライトが滲んでいた。

 ほてった体は汗まみれになっていた。

 コタツから上半身をひり出してあぐらをかく。

 腫れ上がった目を擦りながら、テーブルの上のミカンを手に取り皮を剥いていく。購入特典で付いてきたミカン。


 星型に皮を剥き、小さな実を薄皮ごと口にほうり込んだ。

 柑橘系の甘酸っぱさが口中に広がる。

 いくら技術が進化しても、ミカンの当たりハズレまではいかんともしがたいらしい。随分と酸っぱいミカンにまた目頭が熱くなった。



 一人ぼっちになってしまったあの日の思い出。


 あんなにハッキリと思い出した事は今まで無かっただろう。

 

 何気なく床に放り出していた取扱説明書を手に取る。簡単な組み立て方と注意事項が書かれている。詳しくはネットで、ということらしい。

 タブレット床の上のタブレットを引き寄せ、


「取扱説明書」


と呟く。

 通販の購入履歴から、自動的にコタツの検索結果が表示された。


 クチコミ情報が目についた。


『やたら詳細な夢を見る』

『誰かに足を蹴られたような気がする』

『購入後、ネット使用料が急に増えた』


 どうやら、怪しい商品を掴まされたらしい。

 安物はこれだから困る。

 ため息をつきながら、ミカンを口に入れた。


 酸っぱい。


 家電製品とミカンは値が張っても、やはり良いものを買うべきである。


 一つ、くしゃみをして、また肩までコタツに潜りこんだ。

旅人の

宿りせむ野に

霜降らば

我が子羽ぐくめ

天の鶴群


(一七九一 遣唐使の母)

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