不思議なカーテンのお店
とある夏のある日意気揚々とトラックの荷台から現れったのは、ついに念願のマイホームを手に入れて引越しをしている、静かな目覚まし時計のシェアナンバー1を誇る中小企業の社長である。
彼は引越しの際前のアパートにあったものほとんどを持ち込んでいたのだがカーテンはアパートで使っていたものがあまりに小さかったので右と左のカーテンが届かず真ん中が丸見えになり背丈も低くカーテンから窓がはみ出していた。
仕方なく先週開店したばかりのカーテン専門店に足を運んだのだがなんと既に閉店セールが始まっていた、近所の人の話によると随分とせっかちで変わり者の店主らしく先々週から閉店セールが始まっていたという。
少々というより多分に不安ではあったが安く買えるかもしれないという期待となにより外は猛暑で立っているのがやっとという状態で他所の店に足を伸ばす気力は失っていたのだ。
店に入ってみると冷房が効いているのかと思ったのだが中は随分と暑苦しく汗がどっと吹き出すほどだった、これは閉店間近で冷房器具が取り払われているのかと思ったがなんとストーブが焚かれていたのだ、そしてあちらこちらにクリスマスセールだの年末大決済セールだのお年玉セールなどと書かれたボードが目に入ったのだった。
常々従業員にはもう少し早い行動をして欲しいと経営者として思っているのだが、考えを改めるべきなのだろうか?
「おや?いらっしゃい何かお探しですか?」
店の奥から出てきた店主は涼しい顔をして出てきた。
「もちろんここはカーテンしかないが中々面白い物が揃っているからゆっくり見ていってください」
どうやら変わった店だがとりあえず買い物は出来るらしい、そこで一つ気になった大きな虎が印刷された迫力のあるカーテンについて訪ねてみた。
「そいつは中々お目が高い、私が考えました傑作です。ちょっと前の将軍さんが屏風から虎が出てきて困るとお坊さんに相談して縄で縛って解決したって話があるでしょう?しかし縄なんて力強い虎なら噛みちぎっちまうんじゃないか?そもそもほどけたら大変でしょう?そこで私はピ~ンときました。それなら鎖で縛ればいいんだと、それも解けないように印刷したんですよ、これで虎が出てくる心配をせずに夜はぐっすり眠れるというアイデア商品です。」
そもそも虎が出てくる心配などしたことがないのだが一応出てくるカーテンもあるのかと尋ねてみた。
「もちろんありますよ。完全受注生産になるので2~3ヶ月程かかります。虎が暴れて壊したもの、怪我、命の保証は出来ませんが、よろしければお作りしましょうか?」
・・・どうやら出来るらしい。興味はあったのだがせっかくのマイホームを傷つけられては敵わないと諦めてほかの商品を見てみることにした。
いろいろな変わったカーテンが並んでいるが、その中でも特に気になったのが真っ赤な炎が印刷されていてまるで本当に燃えているような迫力があった。そこで近くで見ようと近づいてみたのだがその周りはものすごい熱気でただでさえ暑い店内の中でも異常としか思えないほどだ。近づけば近づくほどに不安は増していく・・・カーテンは燃えていた。私はどうして店のカーテンが燃えているというのにそんなに落ち着いているのかと店主に尋ねたのだった。
「カーテンが燃えている?馬鹿を言っちゃいけないよ、あれは炎が燃えているんだよ。うちのカーテンは自慢じゃないがバーナーであぶろうが家が全焼しようが決して燃えない生地で出来ているんですよ。このカーテンは太陽から直接採ってきた決して消えない炎をこの決して燃えない透明なカーテンで包んだ特注品ですよ。このカーテンを使うなら注意が必要でして絶対に燃えない生地ですが決して破けないという訳ではないので猫にひっかかれればたちまち中の炎は家を焼き村を焼き国を焼き海を越えて世界を燃やし尽くしても消えることはないので常に監視していなといけません。」
とんでもなく物騒なカーテンである。残念ながらマイホームを燃やしてしまう訳にはいかないのでデザインは素晴らしいのだが諦めることにした。
「旦那こいつは私のおすすめなんですが」
店主がなにやら怪しげな黒いカーテンをゆびさし商品説明を始めた。
「これはなんと月世界へ行けるカーテンなんですよ。しかもカーテンを窓にかけてその窓から外に出るだけという手軽さ。ただ一つだけ問題がありましてこのカーテンは一方通行でして帰りは自力でもどってこないといけないのですよ。」
随分おかしなことを言う。仮に本当にそんな力があったとしてもそれをこの店主が知りうるはずがない、今ここにいるのだから。もし店主が使ったことがあるならば今頃うさぎと餅でもついているはずではないかと訪ねた。
「うさぎが餅をつく訳がないじゃないか、月世界のうさぎも特に地球にいるのと変わらない普通のうさぎでしたよ。まぁ少し違うところがあるとすれば話が通じるところくらいですかね?月世界を色々案内してくれました。本当に美しいところで言葉では言い表せない程たくさんの花が敷き詰められていて中心にある泉はとても澄んでいて底の砂利の一粒一粒が見えるほどでした。そんな泉に自分の姿を映そうと我先にと背伸びをしている水草を眺めているだけでも飽きることなどなかったのです。」
月世界の風景を思いだしながら遠いところを見るような目でうっとりとした様子であったがそんなに素晴らしい世界だったのならどうして地球に戻ってきたのか、むしろどうやって戻ってきたのか尋ねてみた。
「私もずっと月世界に住むことが出来たならばいつまでも居たかったのですが一月もしないうちに強い風に吹き飛ばされたんですよ。月世界に相当な重さを取られてしまっていたせいで全く踏ん張りがきかずどんどんと月世界から遠のきましてやっと着地したのは星の中でも有名な夏の大三角のアルタイルでした。そこには当然彦星さんがいたんですが随分と浮かない顔をしてるのでどうしたのか聞いてみれば、もうすぐ七夕だと言うのにどこかの青い星のある国でバブルが弾けたらしく天の川が増水を引き起こしていて渡るに渡れないというんです。行けなければ確実に殺されるとも言っていましたね・・・彼には悪いが私にあの経済状態を立て直す力はありませんでした。そこでちょっと苦労しましたが小型のモーターボートを造ってやったんですよ。本当なら船舶の免許を取らせているところなんですが時間がなかったので来年までにはちゃんと免許を取るようにと彦星さんに言い聞かせて去りました。近年七夕を待たないで会いに行けるようになったもんだから七夕には大抵喧嘩してるみたいですよ。ほら七夕からもう数日経ちますが星の距離が随分離れているでしょう?そのあと私は星から星へと渡って落ち着ける場所を探したんですが途中何かを踏んづけたような感触がしてすぐに大きな鷲に襲われまして、体中突かれ吹き飛ばされたんですよ。そんときくちばしが鉄のような星に当たったみたいで曲がっちまったらしくてほらわし座のくちばし部分が歪んでるでしょう?そして私はというと見てくださいこの背中の傷跡を、背中に傷が無いのが若い時の自慢だったんですがねぇ~。そのまま私は星と星のあいだを一気に通ってたまたま網のようなものにぶつかってなんとか助かったんですが琴の弦を一本切っちまいまして、ほらあの琴座ぶらりと弦がたれちまってるでしょう?しかもその琴は織姫さんの大事なものだったみたいで既に彦星さんから聞いていたんですがもんのすごい機嫌が悪い上にヒステリックな性格で私を追い掛け回したんですよ。小一時間逃げ回っていたらヘルクレスの奴に見つかって喧嘩両成敗とばかりに私まで投げ飛ばしやがったんですが着地したのは天秤の皿の上でして織姫さんも一緒に飛ばされてきまして対の皿にいたんですが天秤の針はどういうわけか織姫さんの方の皿を指しつづけていまして、ここだけの話彦星さんと会えない1年でちょいとばかし太ったらしいです。そこで私は天秤の針を傾けて無理やり水平にしてやったんですが、ほら天秤座の針は常に右下がりでしょ?もうまともに重さを測れやしません、内緒ですよ?そうこうしてるうちに織姫さんを心配した彦星さんが白鳥に頼んで織姫さんを迎えに来てくれまして、ボートのお礼と言って織姫さんのついでに乗せてもらって地球まで送ってもらって今に至る訳ですよ。」
彼は壮大な冒険をしてきたようで私も一度はそんな旅行をしてみたいものだが、私は月に行ってしまうとせっかく買ったマイホームが無駄になるので今回は諦めることにした。
店主の話を随分長く聞いていたせいかもう空は暗くなっていたが一日さがしたにも関わらず結局カーテンを手に入れることは出来なかった。それもこれも常に思うのはマイホームが傷つかないか?マイホームが燃えてしまわないか?マイホームにかえって来れるのか?ということばかりだった。
随分とマイホームに邪魔をされているが、マイホームの為にカーテンを探しているというのにままならないものだと思いながら家路につく。店主の話を思い返しながら見上げる星空は何故かいつもと違って見えた。