二、母倒れる、そして…
それから月日が経過した。
雅高が中学生になると、母親の暴力はめっきり無くなっていった。
その頃には、体格も腕力も、雅高の方が勝るようになってきたからだ。
そればかりか、母親は雅高に媚びるようにもなって来た。
そんな母親のことを、雅高は少し哀れに感じるのであった。
雅高は、中学卒業と同時に家を出た。
新聞配達の奨学金制度を使い、自立して高校に通うことにしたのだ。
雅高は、頑張って働いた。
働かなければ、学校にも行けないし、生活も出来なくなる。
一人置いてきた母親のことは、多少なりとも気にかかるが、今は自分のことで精一杯だ。
雅高はがむしゃらだった。
そして無事に高校を卒業した雅高は今、町の小さな印刷所で営業の仕事をしている。
中学卒業して家を出て以来、母親とはほとんど会っていない。
この前会ったのは、正月の時、一日だけだ。
それでも雅高は、充実した日々を過ごしていた。
営業の仕事は人当たりの良い雅高にはうってつけの職業で、営業成績も順調に伸ばしていった。
そんなある日、雅高のもとに病院から知らせが入った。
母親が倒れて病院に運ばれたというのだ。
雅高が病院に着いた時、母はベッドに横たわり眠っていた。
とても安らかな寝顔だった。
こんな安らかな顔を見たのは何年振りだろうか。
雅高は、母親の枕元に腰を下ろし、その安らかな顔をじっと見つめていた。
すると、不意に母親が目を覚ました。
傍らに雅高の顔を見つけると、母親は驚いたような、それでいて嬉しいような表情になった。
そして、何気に昔のことを話し始めた。
それは、雅高が初めて聞く父親のことだった。
「お前の父親はね、それは優しい人だったんだよ。いつも私のことを気に掛けてくれていてね。お前を妊娠した時には、それはもう飛び上がるばかりに喜んでくれてね」
一頻り父親の昔話をした母親の顔は、どこか儚げであった。
そして、話しの最後に母親が言った。
「あんたは、本当にあの人に良く似ているわ。本当に。だから、あんたの顔を見ると、ついあの人のことを思い出してしまって。それで、つい辛く当たってしまったの。ごめんね」
雅高には、母の言葉は青天の霹靂だった。
茫然とする雅高をよそに、母親は再び目を閉じてしまった。
そして、母親の瞳が再び開かれることはなかった。
雅高は、母の墓前に手を合わしながら、声の限りに泣いていた。
母親を許した瞬間だった。