一、子供の苦悩、母親の苦悩
「一体、僕のどこが気に入らないんだろう?」
堅木雅高は、鏡に映る自分の姿を、じっと見つめていた。
雅高は小学五年生、母子二人の母子家庭である。
兄弟はいなかった。
父親は、雅高が二歳の時に、この家を出て行ったらしい。
それ故、雅高には父親の記憶がなかった。
物心ついた時には、既に母親と二人きりで、この六畳一間のアパートで暮らしていたのだ。
雅高は、小さい時から何故か、母親に良く殴られた。
ある時は、目の周りがあざとなって残ってしまい、不審に思った幼稚園の先生が、母親のもとを訪ねることもあった。
母親は、見た目は温和そうに見えるため、幼稚園の先生は母親の言い訳を真に受けて、何事もなかったように帰ってしまった。
その日の夜、雅高は昨夜以上に、母親にしつけという名の暴力を振るわれたのであった。
雅高は今年で十一歳になる。
雅高は、母親に少しでも喜んでもらおうと、これまでにも様々なことを試みたが、結局全て徒労に終わっている。
雅高は、只々我慢する日々が続いていた。
そして、今日は母親の誕生日だった。
雅高は部屋に誕生日の飾りつけをし、手慣れた手つきで料理も作って、母親が帰ってくるのを一人待っていた。
母親は夕方まで仕事に出ているため、最近では夕食の準備は雅高がすることが多かった。
少しでも母親に気に入ってもらうためだ。
しかし、その日は母親がなかなか帰って来なかった。
いつもならどんなに遅くても夕食時には帰ってくる母親が、夜の十時を過ぎても帰って来ない。
もしかしたら事故にでも遭ったのではないだろうか?
不吉な思いが雅高の頭の中を駆け巡った。
実は、母親は一人居酒屋でお酒を飲んでいた。
せっかくの誕生日に雅高と二人っきりで過ごしたくなかったからだ。
かといって一緒に飲んでくれる友達もおらず、結局は一人酒を嗜むことになってしまった。
母親が家に帰って来たのは、日付を超えたころだった。
部屋の電気はまだ点いていたので、まだ雅高が起きて待っているのでは、と母親は思った。
部屋に入ると、テーブルで寝ている雅高の姿があった。
壁には誕生日おめでとうの文字が飾られていて、テーブルには雅高の得意なカレーライスが並んでいた。
母親は思わず涙ぐんでしまった。
そして、毛布を雅高に掛けると、雅高の作ったカレーライスを食べ始めた。
カレーライスはしょっぱい涙の味がした。
その横で雅高は笑みを浮かべながら、眠るのであった。