第十話 灰色の瞳
剣と剣とがぶつかり合うことで生じる金属の響きと石で出来た地を踏みしめる足音、時折発する息遣いが、辺りに伝わっていた。
打ち合い、離れ、更に切り結ぶこと三十一回に及んだ剣舞のようなその戦いは、三十二回目の直後、一方の男が身体の均衡を乱しでもしたのか、わずかによろめき左足の踵が浮く。
その微細な隙を見逃すことなく、間髪をいれずうなりをあげて襲ってきた刃が左肩から胸元へと斬りこまれる。鋼をその身に受けた男は血を撒き散らしながら前のめりに崩れ落ち、石橋の上で生涯を閉じた。
一瞬の静寂の後、どよめきがやがて大きな歓声へと変わっていった。
血に濡れた剣の柄を握りしめたまま、肩で息をしている男がいる。味方よりの歓声を背中で浴びつつ、やや顔を上へと向け、目を瞑り、満足げな笑みを浮かべて。
突然、背後からの喝采が掻き消えたことに男は不審を抱き、いくらか慌てた態で正面を見据える。
男がその目で認識したものがまず頭に伝わり、次いで理解へと変わると、瞳孔を大きく開き思わず息をごくりと飲みこんでいく。
至近に、わずか一歩ほど踏みこんでしまえば剣先が届きそうなほどの距離に、血の一滴すらその身にまとった衣に付けていない琥珀色の瞳をもつ若者が、手には何も持たず、腰にも剣を帯びず、静かに佇んでいた。
「リオ・ハルネスと申したな。上将という地位にして準騎士という身分でありながら、あえて革鎧を選び、おのれの持ち味である速さを活かす。
まこと見事なものよ。そなたが最前に討った上将ボドヴィットは、我に幼き頃よりよく仕えてくれた者である。ボドヴットはその生前において、そなたと同様に革の装備をのみ好み、舞のような鮮やかな剣捌きを誇っていた。
生涯最後の相手として、同じ剣技であるばかりか、装備にまで同じ考えを抱くそなたとめぐり会えたことを、今頃は喜んでいることであろう」
リオ・ハルネスは、想像すらしていなかった事態に足元から震えのようなものが発し、瞬時にそれが全身を貫いていた。唖然とした表情のまま、膝から身体が崩れ落ちて鈍い音を立てる。少し遅れて、石橋の上には剣の先が接するいくらか乾いた音が響いていた。
前の方から「うろたえ者が、おのが手より剣を離すのだ。そして片膝のみをつけ」という声がリオ・ハルネスの耳に届く。と、先ほどまでの優雅ともいえた戦いぶりとは打って変わり、ぎこちなく身体を動かしていく。
ようやく、といった時間の後、王族への礼に適った姿勢を取ることの出来たリオ・ハルネスの耳へ、前方ではなく後方の集団から安堵のようなため息が覆いかぶさってきていた。
「残念ながら、そなたは敵であるが」
エドガー王太子は頭をたれている男に向けて短く諭すがごとく語りかけると、やや後ろに控えている近衛騎士ハレンを返り見て、うなずく。
ハレンは、エドガー王太子の方へとにじり寄り足元に屈むと長靴に付いている物を手際よく外し、エドガー王太子へ手渡す。
「本来であれば、剣こそが勇者に相応しいとは思うのだが、あいにく身に帯びておらぬ。代わりとして、ここに我が愛用している拍車がある。
リオ・ハルネスよ。そなたのような栄えある武人が騎乗する際に用いてくれれば、我としても冥界において誇れるというものよ」
呆然とした態でエドガー王太子の言を傾聴していたリオ・ハルネスは、ふと我に返り「ははー」と一声だけを、振り絞るように発すると両腕をおずおずと前へ伸ばす。
その差し出された両腕は微かな震えを帯びており、下賜されたばかりの拍車を危うく取り落としそうになったものの、かろうじて何事もなく受け取り終えていた。
と、胸へおしいだくようにし、手のひらに拍車の突起が食いこむほどに握りしめている。やがて、心臓が二十度ほど脈打つ時間が過ぎた後。エドガー王太子に対して、頭を深く下げたままの姿勢で立ち上がると、そのまま後ろ足で八歩ほど下がり、改めて一礼を捧げ、踵を返して歩き始める。
味方の者たちが発している賞賛と羨望の入り混じった歓声を一身に浴びながら歩を進めるリオ・ハルネスの顔は、紅潮し誇らしげに輝き目には潤みすら生じてもいた。
そこへ、エドガー王太子の凛とした声が響く。
「勇者ハルネスよ。剣を忘れていかがする。我の手の者はそれでもかまわぬが、そなたは困るであろう」
その声を耳にし意味することを理解し驚愕したリオ・ハルネスは、敵味方双方からの朗らかともいえる笑い声を一身に受けながら剣を回収すると、エドガー王太子に再び礼を捧げ、味方の元へと戻っていった。
現状は敵でこそあるが、生まれついてよりつい半年ばかり前までは最も大きなくくりにおいて、マーシア王国フォルシウス朝に仕える者として生きてきたパルム公の将たちは、心底うらやんでいた。
エドガー王太子から直々に声をかけられその武を称揚されただけではなく、褒美まで賜わるというリオ・ハルネスの果報を。
また、彼らはその直後に起きた滑稽としか言いようのないリオ・ハルネスの失態を目にし、まるでこの場は戦場であるかを忘れでもしたかのような雰囲気に包まれつつあった。
そこへ近衛騎士長ファルクの悠然とでも言う他はない声が轟く。
「皆が見ての通りよ。王太子殿下は、この戦闘を、畏れ多くもご生涯最後のひと時を、神々へ捧げられておられる。
敵味方の区別すら、されてもいない。ただ勝者を讃え、敗者を見送られる。
ゆえにこそよ。我らフォルシウス王家へ忠誠を捧げる者も、そなたらパルム公の手の者も、武人として恥ずべきことのないよう、振る舞うことをのみ望んでおられる。
よく、心に刻んでおくように」
いったん、言を切ったファルクは前方の集団を厳めしい表情で眺めると、一転して笑みを浮かべる。
「それでは、再開しようではないか。
近衛騎士長ファルクとの手合わせを望む者は、前に出でよ」
水晶宮と王都スプリングス市街区を結ぶ石橋の上で、エドガー王太子が率いる十七人とパルム公の配下のうちおよそ三百人が戦闘を開始してより、およそ半刻が過ぎようとしている。
その間、近衛騎士のみならまだしも、エドガー王太子に仕える部将とおぼしき者らまでもが、入れ代わり立ち代りで自らの配下を討っている情景を、馬上より見守るだけしかできないパルム公の姿が、周囲よりやや小高い地にあった。
パルム公の表情は、泰然という風より憮然といったものに変化しつつある。しかしながら、馬の手綱を握る手は微動だにせず、事情を知らぬものがその様を眺めれば威風堂々とでもいうべき姿といえた。
それは自らに忠誠を誓う将の一人がようやく勝ちをおさめた様を目にしても変わりをみせてはいなかったが、エドガー王太子の振る舞いを遠目にすると、パルム公の顔はやや朱に染まりつつあった。
その傍ら、馬幅にして三頭分ほどの間を空けて、パルム公の最も信頼厚き臣下として周囲に目されているイェルケルが控えている。
パルム公の顔色と気配を灰色の瞳の端で追い続けていたイェルケルは、主君同様に一声すら発さずにいた。周りのほぼ全ての者がそれぞれの身分に応じて華やかな彩りを添えた鎧なり胸甲なりを身にまとう中、いくらか以上にこの場には相応しくないともいえる深い紺色の長衣を着こみフードを目深にかぶり表情を韜晦している。
やがて、フードの奥でわずかに口角を上げにやりと満足げな笑みを小さく漏らしたイェルケルは、一転して憂いめいた表情を作りあげるとパルム公より目を逸らす。
次いで、石橋の上のエドガー王太子たちを一睨みした後、パルム公の息子であり、目下のところ後継者ともされているオットーの近くへと、馬を進めていった。
「やっと、といったところだが、我が家の者が勝ちをおさめた。流れは変わった。あれは……」
オットーの間近にいた、直臣の一人が石橋を眺めていう。
「オットー様。あれは上将を務めますリオ・ハルネスでございます」
「よき剣筋であった。それにしても、あの王太子の振る舞いは見事なものよ。俺も見習わねばならぬ」
「まことに。敵ながら」
そのやり取りへ覆いかぶさるかのようにオットーの真横へと素早く馬を寄せたイェルケルは、直臣に「下がっていよ」と小さく命じる。
「おう、いかがしたのだ」
興奮を隠し切れず顔を紅潮させているかのようなオットーを見据え、静かな口調でイェルケルはいう。
「若君様。あえてきつい物言いをいたしますが、これは馬上槍試合や剣技試合ではありませぬ。。ましてや令の下で行なわれる決闘でもありませぬ」
「それはそうではあるが……ちと硬いわ。これほど見ごたえのある、神々へ捧げる祭事があろうか。ファヴェネスの宴ぞ。
戦う者は、武人としての誉れであろう。よく周りを見よ。諸侯も将兵どもも、皆が固唾を飲んで観覧しているではないか」
「若君様もつい先ほど言われていたように、あの王太子の振る舞いは見事でありましょう。
では……そのような者を討とうとしているパルム家の大義は、いかが相なりましょうや。父祖何代にも及び、このマーシアの地に君臨していたフォルシウスの血筋。親子ともども惨めに散らしてやらねば、絶えた後も憧憬を抱く者どもが後をたたぬ恐れがありますまいか。
そればかりではございませぬ。よう、ご覧なされ。どうのこうの言うて、パルムの家に仕える武人たちが、ただただ討たれているだけにございます」
冷や水を浴びせかけられでもしたかのような表情をしているオットーへ、イェルケルが言を重ねる。
「大局の見地に立てば、主殿には、立場というものがありまする。ご様子をうかがうに、わたくしめが若君様へ申し上げたことなど、とうに気づいておられましょう。
ですが、自らが認めてしまったこの形を、自らが破るなど。……矜持が許しますまいし、ファヴェネスの宴を汚すわけにもまいりませぬ。そこらを無視しえたとしても、諸侯どもたの評判というものを考えねばなりますまい。
よって、主殿はただ今この時、動けませぬ。
否、興るパルム家の新たな王家としての行く末を考えれば、動いてはなりませぬ。
小局を見ても、一人がただひたすらに戦い続けるのであらば、手に持つ武器の刃は血脂で切れ味を落としいくだけでありましょう。刃こぼれもいたしましょう。元々、身には防具の類も一切なく、盾すらも持ってはおらぬ者ども。おまけに、体力は減り続けていくのみ。
その条件ならば、あの最初に出てきた一際の豪の者、ランフェルト侯の弟であろうと、いつかは倒れ伏しもしましょう。
しかしながら、あのような」
そういって、イェルケルは石橋で繰り広げられている戦闘へとしばし睨むと、再びオットーへ視線を向ける。
「あのような、双方のどちらか一人が討たれるごとに遺体を運ぶ時間を差し挟み、おまけに交代まで……。
こちらの、利が全く活きておらぬではありませぬか」
石橋で再開されている新たな戦いへ視線を合わせることを、いつの間にか止めているオットーが、周囲へとせわしなく視線をはわした後に、小声でいう。
「だからとて、どうしろと言うのだ。俺などが言上するより、イェルケルの言の方が余程父上はお聞き届けられるであろうよ」
幾分か嫉妬めいた成分すら含んでいるオットーからの問いかけではあったが、後半は聞き流してでもいるかのような態でもってイェルケルは声をひそめていた。
「若君様、よう今日の配置を思い出してくだされ。石橋を挟み我らの反対側に、まとめて陣を置かせている諸侯らのことを。
この義挙の当初においては、パルム公家の掲げた大義に従わなかったばかりか、たて突いていた輩。後に返り忠をしたものの、さしたる手柄などなし……。
半ば人質のような形で、それぞれが僅か五十人ばかりの配下とともに、王都まで連れて来られているあの者ら。
事前の予定では、どう少なく見積もっても一千はいたであろう本日の戦いにおいて最初に攻めこませてすり潰すはずだったグリプ、フェルセン、ステランの三侯家。
本日、大義に逆らった罪を血で購わせるはずでありましたが、今はそれも出来ず。
今後のことを考えれば、……随分と不安な心持ちでいるのでありましょうな」
イェルケルの言を耳にし、押し黙ったままでしばらく考えをめぐらせている様子のオットーの姿がある。
石橋での戦闘においてパルム家の者が新たに討たれている様をちらと眺めた後、イェルケルに顔を向け、先ほどよりも小さな声を発する。
「……そなたの言いたいことは承知した。望んでいることも分かった……と思う。だが、父上に無断で俺が命を出すことなど。出来ぬぞ」
オットーより更に小さく、もはや微かにそよぐような声というよりも音で、イェルケルは囁いている。
「意が、風聞として伝わるように手配するだけです。公も若様も大変にご不満であられる、と。もちろん、オットー様もお分かりのように、理由は言うまでもありませぬが、三侯家全てに手配するわけには参りませぬ。
さて、若君様はどの侯家を贄として用いる心積もりを、描かれましたかな。このイェルケルの描いた絵図とも合うていれば、幸先がよろしいかと……」
ごくり、と唾を飲みこみ、口元を手で覆い隠しながらオットーがつぶやく。
「フェルセン侯……であろうか」
満足、といった笑みを浮かべたイェルケルがいう。
「まさに。まさに。ところで……主殿は立場としても、心持ちとしても、間違いなく激怒されるでありましょうな」
今更何を言うのだ、といった色を浮かべているオットーの視線を、気づかぬ風を装いつつイェルケルが囁く。
「ここからが、大事。でございます。
若君様は、フェルセン侯を庇い、取り成されるもよし。
フェルセン侯ばかりか他の諸侯らも、感嘆いたしましょうな。
剛直にして果断のグスタフ新王陛下の不興を買うのも恐れず、取り立てて利害関係のないフェルセン侯をも、諸侯の側に立って擁護をしてくれるオットー王太子。
なんと、頼りがいのあるお方であろう、と」
続きを、と目で催促しているかのようなオットーに、イェルケルは焦らすかのようにいくらかの間を置き、言を重ねる。
「これは、臣の身で口にのせるのも畏れ多きことであり、あってはならぬことではございますが……若君様の兄上であらせられた故アクセル様のご遺児が成長された暁に……王位を巡ってオットー様と争いが起きるやもしれませぬ。まこと、まことに畏れ多きことではありますが……。
その時、オットー様より絶大なる恩義を受けたことのある、長弓に秀でた侯家の存在。……心強き味方となりましょうな。
そういえば、あの家には近隣諸侯に名高い優艶なる乙女もいるそうで……正妻としては王太子となられる若君様と釣り合いが取れませぬが、妾としてならば楽しめもいたしましょう……」
オットーは目を見開き、イェルケルの言にのみ耳をそばだて聞き入っている。
「フェルセン侯家を家ごと潰す方へと、動かれてもよし。こちらの方が、随分と容易でございましょうな。
その後に、若君様が遺領を統治するようにいたすのです。名目は、王太子領とでもすればよろしかろうと存じます。立地としても、パルム公領と王都スプリングスのちょうど中間辺りでありますれば。
さすれば、あの家がひたすら門外不出と抱えこみ、フォルシウス王家すら立ち入ることの出来なかった長弓の秘を、若君様が早急に得られるやもしれませぬ。
もっとも雲散してしまう可能性のほうが、高う思えますが……。
もちろん、わたくしめも主殿へ。王太子となられるオットー様こそ、遺領の主として相応しからんと口添えさせていただきますゆえ」
そういうとイェルケルは、オットーが思案にふけるまま、口をつぐんでいた。
やや時を置いて、オットーの表情が変化したのを見て、小さくうなずく。
「取り成すもよし、潰すもよし。臣といたしましては、取り成す方が益多し、とは思いますが……。いかがでございましょう。わたくしめの提案、若君様にはお聞き届けいただけましょうや」
「俺は、潰すかと一端は考えていたのだが……あまり良い案ではないな。
イェルケルの提案に沿うて、取り成す方が良い。美姫に子でも出来、血縁となれば長弓の秘を得る機会も自然と得られるかもしれぬ。早々に、フェルセン侯へ、言うまでもないがフェルセン侯へのみ、意が流れ伝わるよう手配せよ。
……が、その前に一つ訊きたい。
そなた、何ゆえこの策を俺へ言う前に、父上へ言上せぬのだ。
最終的には、父上もお認めになるであろうに」
「……若君様の言に、まさにその解がございます。
おっしゃるとおり、最終的には、主殿に受け入れられもいたましょう。しかし、それまでにいったい何人のパルム家へ忠義を尽くす者どもが、このような勝ちと決まっている戦において、いたずらに命果てるのを虚しく見届けなければならぬのでございましょうや。
今より半刻後でございましょうや。それとも、陽がかげる頃でございましょうや。
それに、これは私情なれど。臣たる身で口の端にのぼせるのは畏れ多きことなれどわたくしめは、オットー様の二人の兄上様方にそのご生前においてあまり好かれておりませなんだ身でありますれば……」
そういって顔を伏せるイェルケルに対して、慌ててオットーが口を手で隠したまま囁く。
「いや、これは済まぬことを問うていた。イェルェルよ。まこと、知る者、よ。
そなたの忠節、俺はしかとこの胸中に刻みこんだ。
これからも我がパルムの家を、否、父上と俺を支えてくれ。
なお、俺も父上と同じく、この場より離れるわけにはいかぬ。事が成るまで、石橋の上の戦いに熱中している態を装わねばな。
そなたに託すゆえ、急げよ」
無言でオットーへ目だけで一礼をしたイェルケルが、始めはゆっくりと馬を離し、次いで後方へと馬を急ぐ風でもなく歩ませる。
その姿を遠目に認め、馬のくつわを取るべく、するすると身を寄せてきた一人の兵がいた。
二つの影が、溶ける様に混ざり、重なっていく。
「トゥオモよ。任は重いゆえ、心してかかれ。
こたびの、水に連なる血筋を滅せさせた報せだけではなく、上手くすれば長弓の秘すらも、いずれあの御方へご報告出来るやもしれぬ。
符は持っておろうな」
馬のくつわを握る兵は、灰色の瞳だけをイェルケルへ向けると、目だけでうなずく。
「急ぎ、だが気取られぬようにフェルセン侯のもとへおもむき、伝えよ。
……ともに……ゆえに……ある、と。
躊躇うようであれば。……をもって……を……、と。
分かったか。ならば、ゆけ」
口に出して応えるでもなく、頭を下げるでもなく、イェルケルのもとから静かに離れていくその者は、この国における兵卒の身なりとしては、ごくありふれた鎖帷子で頭から膝上までを装っている。
よく見れば、黒みがかった銀色の、イェルケルと瓜二つのような色の髪が、頭を覆う鎖帷子と額の間に何本か垂れていた。
その姿に一瞥を与えることもなく、ただ影だけを後ろにただよわせていたイェルケルは、馬を操って再び自らの位置へ、パルム公の傍らへと戻っていった。