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アヴァロンの剣  作者: つかさく
第一部 誓い 南の章
11/21

第八話 閉じた路の中で 見えしもの、視えしもの

 ヴェイロンは、国土を守る騎士(ランドガード)以外の者が閉じた路を用いている、という事態に気づき、膝に顔をうずめ座った姿勢のまま、いくらか以上の動揺を覚えている。

 その隣には、ヒルダがヴェイロンの左手を握りしめたまま座っている。

 奇妙な浮遊感のある中、ヴェイロンより手渡された羊皮紙の端を左膝へ押し当てるような、無理のある体勢を取り続けながら。

 本来ならば少々不作法ではあるが編み上げ靴の底で踏むようにした方が羊皮紙を固定しやすいのでは、ということはヒルダ自身も分かってはいる。

 しかしながら、この場にいるのは昔から見知っているヴェイロン・ヴァルフェルトのみとはいえ、男のすぐ横で膝を立てて座ることへの羞恥が、その楽な姿勢を取ることを拒否していた。

 結果、ヒルダが鉄筆で一文字を記すごとに、羊皮紙がわずかずつずれていく。よって、その度ごとに羊皮紙を固定しなおす、という作業を繰り返すはめにおちいっている。

 横で眠っているかのように見えるヴェイロンを起こさないように注意しながら、という条件も加わるその作業は、窮屈な姿勢をヒルダへ強いているだけのような、徒労感がいや増すばかりになりつつあった。

 それでも、ヴェイロンに言われるまま訪れたことのある地を五つばかり記した辺りで、どうにかコツのようなものを掴むことに成功したようで、以降は筆が進んでいっていた。


 慣れぬ姿勢で文字を記していきながら、ヒルダは少しばかり思いをめぐらせている。

 訪れたことのある地を私が書くことに、どのような意味があるのだろうか、と。

 レインストンの街で生まれ育ち、母を亡くして後はレインストン離宮付きの女官として勤めていたので、エドガー王太子殿下付きの女官となるまでは、レインストンとその近郊以外の地など知りようもない。

 このことは、ヴァルフェルト様も恐らくはご承知のはず。

 エドガー王太子殿下付きの女官となって以降にしても、当然のことながら殿下のお側を離れたことなど一度たりともない。

 殿下付きの騎士であられたヴァルフェルト様が、軍旅や使者などでエドガー様のもとを一時的に離れていたことは何度もあったけれど、ご自分が不在時の殿下の所在を把握されていなかった、とも考えられない。

 つまり、私の見知っている地をヴェイロン様が知らないという可能性は、ほとんどないのでは……。


 考えれば考えるほど、この作業の意図がよく分からなくなってきつつあるヒルダの姿があった。

 だが、何かをしていなければ、エドガー王太子の傍らにもはや二度とは侍ることが出来ない、という哀しみや、様々な不安がその胸中を占めていくだけ、ということも分かっていた。

 結果、訪れたことのある地を思い浮かべながら羊皮紙に記す作業を、ヒルダは黙々と没頭するかのように続けている。


 やがて全ての地を書き終えたヒルダは、ようやく身体を左側に傾け続ける姿勢から解放されていた。背筋を心持ち伸ばすようにし、正面を向いて、記した地名に見落としがないかどうかを慎重に確認する。

 その作業もとどこおりなく終え、隣でうずくまっているヴェイロン・ヴァルフェルトに声をかけてもよいものなのか、と少しばかり悩んでいると、頃合いよくむくりと起き上がる気配を感じた。

 よくお休みになられましたか、と何の気なしに声をかけたヒルダの瞳には、休む前より憔悴しているようにしか見えないヴェイロン・ヴァルフェルトの顔が映っていた。

 ヒルダは声を重ねる。

「ヴァルフェルト様。いかがなされたのでしょうか。お休み前より、疲れていらっしゃるご様子ではありませんか」

「うむ。いや、そういうことはない。ここしばらくの疲労が、抜けきっていないだけであろう。おや、そなたこそ、目の下にくまが出来かけておる。それに、いささか肌にも疲れが見えるような……」

 そういうと、ヴェイロンは右手を口元から顎鬚あたりへ動かす。

 あら、といいながら少しばかり焦ったような表情で、左手を目元に添えて動かすようにし自分から視線を外しているヒルダを、目の端に捉えながら。


 先ほど自身で結論にいたった、国土を守る騎士(ランドガード)以外の誰かが扉を用いた、という考えをヒルダに少しでも気取らせてはならない、という強い思いがヴェイロンにはある。

 ただでさえ、わずか一日前と比べてすら運命が激変しているというのに、心労の種を無用に増やしても益するところなどない、と考えているがゆえに。

 加えて、国土を守る騎士(ランドガード)として、長き歳月を過ごしてきたとはいえ、ヴェイロン・ヴァルフェルトは世の常の人々と、なんら変わることのない者である。

 話にこそ聞いたことがあるものの、神々の眷属の力を持つ者を見たことなど、これまでの生において一度たりともなかった。

 にもかかわらず今は。国土を守る騎士(ランドガード)でもないのに、閉じた路の内部で当たり前のように光を見ている”幻視”の力を確かに持っている、としかいい様のないヒルダとともにいる。

 人相手であれば、考えていることを悟らせぬように表情を韜晦するすべは、それなりに心得てはいる自信はあった。

 だが、視る者が、神々の眷属が、実際のところどのような状況で何を視るのかは、詳しく知ってなどいない。

 何しろ、ヒルダはヴェイロンが初めて間近に接している”視る者”である。

 眠っている間に視ることもあれば、何も視ないこともある。というのが、ヒルダの言から察せられる幻視としての力の様ではある。

 けれども、それは今までヒルダがたまたま起きている時に視ていないだけ、という可能性もないとは言えない。

 その懸念があるゆえに、少なくとも閉じた路を抜けるまでは、なるべくであればヒルダから自身の顔を直視される機会を減らしておきたかった。

 しかしながら閉じた路の中で、弱き者として保護を誓った者の手を、放すわけにもいかない。

 最も容易なのは、エドガー王太子殿下への想いへとヒルダの心を向かわせることであるが、この方法は王太子殿下への侮辱としか思えないヴェイロンとしては、出来得れば絶対に用いたくなどなかった。

 色々と悩んだ末、ヴェイロンは、女なら、特に若い女であれば誰でもそうであろう、と半ば自棄になった感で、目の下にくまなど見えていないヒルダに虚言を弄していた。

 胸中では、済まない、と詫びながら。



 ヴェイロンは、左手で顔のあちこちを触れつつ時折うつむき加減に思い悩んでいるかのようにみえるヒルダから、羊皮紙を受け取る。

 ……もしや、と抱いていた淡い期待は、そこに記されてなどいなかった。

 それもそうであろうな。一歳になる前に父を亡くし、十歳になるまで母一人子一人の環境で育った者が、生まれ故郷のレインストンから離れた地を見知る機会などあるまいて。

 羊皮紙には、二十二の地が記されてはいる。だが、その全てがエドガー王太子殿下の療養先と、その行程の途上で滞在した候家の城地であった。当然ながら、ヴェイロンはそれらの地について全て承知していた。


 いかにして伝えれば、ヒルダへ余計な不安を与えずに済むのかを、ヴェイロンは考えている。

 ちらと横を見てみると、自身が先ほど述べた虚言が必要以上の効果を発揮しているのか、いささか落ち着きを欠き過ぎているようにみえるヒルダの表情がみえる。

 ……もはや是非もなし。出来れば、もう少しばかり考えをまとめる時が欲しかったのだが。

 ヴェイロンは言い過ぎたのか、という後悔の意識からか、自然と口が開いていた。


「ヒルダよ。よくよく見れば、目の下にくまなどは出来ておらなんだ。わしの見間違いであろう。済まぬことをいった」

 そうなのですか、と嬉しそうに顔をほころばせたヒルダが、でも肌が……といって再びうつむきがちとなっている。

「肌にしても、わしの見間違いであろう。艶々と、までは言わぬが、荒れてなどおらぬ」

 ヴェイロンの言葉を耳にしたヒルダの表情からは、ようやくといった態で憂いめいたものが消え去っていく。

 自らが虚言を弄しておきながら一安心したヴェイロンは、ヒルダが大したことではないと感じるように願いつつ、穏やかな口調でいう。


「羊皮紙には二十二の地が記されている。

 ヒルダとわしの見知っている地に、閉じた路は七ヶ所ほど存在するのだが……。

 その中には水晶宮にある森の塔、レインストン郊外の山中も含まれるので、残りは五ヶ所となる。

 更には、水晶宮でもそなたが、否わしにしても立ち入ることなど出来ようもない畏れ多い地に一ヶ所と、レインストン離宮内に設けられている御文庫近くの一ヶ所が含まれる。

 残念ながら離宮のそれは、パルム公自身の軍勢が王都スプリングスに達する以前より、レインストンの地は攻められていたことを考えれば、使えたとしても意味は成さないであろう」


 さて、ここからだな、と胸中でつぶやいたヴェイロンがいう。

「王太子殿下がレインストン離宮にご滞在されていたこと、四度に及ぶ。

 しかも、そなたもよく知ってのとおり、昨年の秋も深まった頃、水晶宮へ戻られる為に去られるまで約二年をかの地で過ごされておられる。そして、あれからおよそ半年しか経っていない。

 殿下付きの騎士として仕えていたわしの、この面構えと体格を、かの地の者ら全てが見忘れておる、とは思えぬ。

 そなたにしても、十歳より後は街における暮らしより離れていたとはいえ、離宮での雑役などはレインストン生まれの者を多く使っていたゆえに、見る者が見ればすぐにそれと分かってしまうであろう……」


 一呼吸置くかのように言を切ったヴェイロンへ、ヒルダが遠慮がちにではあったが、少しばかり強い口調でいう。

「ヴェイロン様。レインストンに暮らす人々が、殿下のご厚恩を受けた方々が、告げ口することなどありえるのでありましょうか。気づいても、気づかぬ振りをしてくれるのではないでしょうか」

「ヒルダよ。それはいかがなものかの。離宮の出入りの者らや雑役、その全ての者らが善良な心根を持っている、とでも言わんばかりではないか」


 ヴェイロンは、ヒルダを見ている。

 ヒルダは、複雑な表情をみせて押し黙っている。

 ヴェイロンは憂いた表情をみせながらも、ヒルダの関心が自身の意図した方向へと向かってくれたことに、内心では安堵している。

 二十二の地に七ヶ所しか閉じた路が存在していない、ということはヒルダにとって多いと安堵し得るのか、少ないと動揺を誘うのか不明なだけに、あまりその辺りに考えを及ばして欲しくはなかった。

 加えて、閉じた路が封じられていることを知っている地を含めれば、十九ヶ所になることをヴェイロンはあえて明言をせずに避けてもいる。

 余計な不安を招くだけであろうし、ヒルダが”視て”しまうのではないか、と危惧もしているゆえに。更に……。


 ほどなくして、ヴェイロンの耳に声が届く。

 確かにヴェイロン様のおっしゃる通りでありましょう。考えの足りない浅はかな発言をお許しください。といって謝るヒルダの声が。


 ヴェイロンは、ヒルダを見ている。

 ヒルダは、言葉だけではなくきちんと納得している、という表情をみせている。

 あえて強い物言いを用いたが……。

 情に流されているかにみえて理を受け入れる知を、このような時でも保てるのであれば。

 これならば。


「ヒルダよ。そもそも、レインストン離宮における最も大きな懸念は別のところにある。 今は戦の最中。離宮の内外には、多勢のむくつけき者どもがたむろしていよう。

 そのような中へ、ヒルダのような見目麗しき若い女を晒す危険をおかすわけにはいかぬゆえな。

 と、なれば……」


 ヴェイロンは、ヒルダを見ている。

 少々過激とも思えたのだが、我が言葉に揺れてはおらぬように見える。

 これならば。


 ……それにしても。ヴェイロンは思わざるを得ない。

 このような駆け引きめいた言質を弄ぶこと、自身にとっていささか以上に荷が重過ぎる。

 四十近くも年が離れている者を相手にして、ようやく、としか言い様のないこの体たらく。いささか我が身の武骨さが情けなくもある。

 これが宰相オケルマンあたりなら、苦にもせずにもっと上手くできるのであろうが……。

 自らの限界をヴェイロンは感じつつあった。


「と、なれば残りは二ヶ所となる。

 まずは、レインストンの地からみて川沿いに上流へと、馬で二日ほど駆けた距離に位置する、ナインバードの城内。

 ただ、領主であるディクス侯は、とうにパルム公の挙兵に組しておる。王都に攻めこんできた諸侯の中に、疾駆する狐の旗が見受けられなかったということは、恐らくレインストンを含めた南部地方を攻める軍勢に加わっているのであろう。

 次に、王都スプリングスより北東、軍旅であればおよそ八日ばかり離れた位置にある、ウィロウウッド城の麓にある森林。

 この地を治めるドヴァル侯家は、この度の一連の戦において、当初はフォルシウス王家の命に従って戦っていた。だが、ご当主であったヨルゲン殿が討ち死にされてより以降、後を継いだ息子はパルム公へ降伏しておる。

 ナインバードの城内へと出る危険性、降伏したゆえにこそ手土産を欲している新しいドヴォル侯のお膝元へ向かう無謀さ。どちらも、先の困難さにおいて大差は無い、とわしは考えておる。

 そもそも、レインストン郊外の山中のそれと同様に、他の者が用いているやもしれぬ」

 一度、言を切ったヴェイロンは、あえてきつい口調でいう。

「ヒルダは、いかに思う。遠慮のう、言うてみよ」


「あの……」

 戸惑いを顔に浮かべながらではあったが、はっきりとした口調でヒルダはいう。

「ヴェイロン様は、先ほど七つの地に閉じた扉がある、と言われましたよね。そのうち、水晶宮に二つ、レインストンに二つ、ナインバードとウィロウウッドに一つずつ。

 私が聞き落としていたのでしょうか。一ヶ所足りないように思えます」


 ヴェイロンは、ヒルダを見ている。

 揺さぶり、振っても、威を用いても、冷静に聞き、理解しておる。

 これならば。

 よかろう。


「ヒルダよ。ようわしの言を聞いておった。

 そなたの言うとおり、一ヶ所足りぬ。ではそれはどこか、ということ。

 そなたが”視た”といって殿下へお話し申しあげ、この場においても落ちる前に、わしにも話して聞かしてくれた二度目に視た情景をもう一度、言うてみてはくれぬか」


 つい先ほどと比べても、より戸惑いを増した表情で、ヒルダはいう。

「白とも灰色ともいえる幹をもつ、とても大きな樹の根元で、私はうつらうつらとしています。

 エドガー様の御容姿によく似ている子供が、走っている姿がみえます。

 長く髪を伸ばされたヴァルフェルト様が、山のようにも城のようにもみえる緑のものを、遠くに見ておられます。

 ……いったいこれにどのような意味がある、と言われるのでしょうか」


 余計な間を一切置かず、ヴェイロンは応える。

西方大陸ウェステニアの山々で群生しておる、茶色の幹を持つウォルナの木は、ヒルダも見知っておろう。レインストン離宮や水晶宮にいくらか植えられていたし、そもそもさして珍しき木でもないゆえな。

 しかしながら、そなたが、視た、という大樹。

 白き肌をもち、ただ一本のみでそびえたつウォルナの巨木。

 国土を守る騎士(ランドガード)は別の名で呼ぶ。

 すなわち”神々の樹”と」


 先ほど生じていた戸惑いを、別の意味での戸惑いに変化させたかのような表情で、ヒルダは聞き入っている。


西方大陸(ウェステニア)には、幾本かの神々の樹が存在しているものの……。

 遠目には山のようなにも見える緑がかった城を望める地に、神々の樹は一柱しか存在していない。

 緑を帯びた山に見える城など、西方大陸ウェステニア広しといえども、ロザリアのブライトグリーン城より他に無し。

 わしが若き頃、たまたま訪れたことのあるその地。

 ヒルダが、視たというその地。

 閉じた路の入り口にはならぬ。

 が、閉じた路の出口とはなる。

 これはそなたが”視る者”だからこそ選ぶことの出来る路といえよう。

 容易に信じがたいかもしれぬが。

 今の状況においては、神々の樹を用いることこそが、最も理にかなっているのではないだろうか。

 否、むしろ。レインストン郊外の山中の扉が使えぬようになっていたことこそ、定めではないだろうか、とわしは思うておる」


 無音が。静寂が。ヴェイロンとヒルダを支配している。

 やがて。

 ヒルダの緑がかった瞳に理解の色が浮かび、それはやや切れ上がった目じりをへて、頬に伝わり、口元に達し、顔全体に広がる。


 ふう、と内心でのみ息を漏らすヴェイロンが、無言でうなずく。

 ヒルダも無言のまま、ゆっくりと首を縦に振って返した。



 呼吸にして二呼吸の間の後に、ヴェイロンはいう。

「ヒルダよ、準備はよいか。

 いや、その前に。そなたに詫びねばならぬことがある。試すような物言いを繰り返したこと、誠に済まなんだ」


「そうだったのですか。私の存じ上げているヴァルフェルト様らしからぬ、もって回った言い方に戸惑いがあったことは否定しません。

 ですが、これからは。そのようなよそよそしいことは、止めていただきたいものですわ。

 よいですわね、おとうさま」

 最初少しばかり怒った表情をみせながら、後半は一転してにこやかに笑みを浮かべながら語る、まるで二人の年齢差が逆さまであるかのような態の、ヒルダがいる。



 口をいささかあんぐりと開けたまま、あまり似合っているとはいえないのではあったが、目元ばかりか顔全体で照れを浮かべている、男の姿があった。

 妻を娶ったことこそあれ若き日に死別して以降、新たな妻も、子をももったことのないヴェイロン・ヴァルフェルト。

 最前にヒルダより、今後暮らしていく上で不都合がないから、と提案されていたかりそめの親子関係を、ある種の勤めのようなもの、として受け入れてはいた。

 だが、今は勤めでも務めでもなく、本心より、そう思えてきている。

 それはヴェイロンにとって、なんだかくすぐったいような、それでいて面ばゆい不思議な心持ち、としか言い様のないものであった。



 つかの間、なんともいえない気分を胸中に満たしていたヴェイロンであったが、今はそのような時ではない、と気持ちを切り替える。

「ヒルダよ。視た、とはいえ、実際にヒルダが訪れたことのある地ではない。

 よって意識を、そなたが視た情景にのみ集中するのだ。

 二人の意識を合わせるゆえ、時間にしておよそ一刻といったところであろう。

 なお常とは異なり、意識を達せさせながら、身も動かす。

 一刻はちと、長くはあろうが。

 そなたなら、出来る」


 分かりました、お父様。とだけ応え、瞑目し、早くも意識を集中しているかのようにみえるヒルダがいる。

 全幅の信頼を寄せているかのようなヒルダのその姿が、ヴェイロンの視界に広がる。

 問いたいことも多々あるであろうにな、と思いながら、同時に寸刻も惜しいとばかりに、ロザリアのブライトグリーン城を望む位置にある神々の樹に、ヴェイロンは意識を向かわせ始める。


 二人の身体が。しばらくの間、ただ浮遊感に包まれていただけであったヴェイロンとヒルダが、ゆっくりと、徐々に速さを増しながら、閉じた路を運ばれていく。

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