第7話 怖がり妖狐と妖狐(きつね)の嫁入りフラグ(?)
大変長らくお待たせしました。遅くなって申し訳ありません。
最後の投稿が去年の夏とは……光陰矢のごとしとはこのことですね。
去年の夏……会社のソフトボール大会の練習で右手親指を骨折したのが懐かしいです。
お箸が全く使えず、和食でも洋食でもフォークを使ってました。
今もたまに痛むことがありますが、骨折したことがある人が言うには、それは一生引きずるしかないらしいです。
……もう球技には参加しません。マジで。
そっと目を閉じる。そして開く。
スローモーションの瞬きとでも言うべきそんな行動を、俺はかれこれ十数回繰り返していた。何故そんなことをしているのかと言うと……。
「……くー……んー……」
眠れないからだ。隣であどけない顔で気持ち良さそうに寝息を立てている妖狐のせいで……いや、違うな、穂香が原因っちゃあ原因だけど、穂香のせいじゃない。結局は俺自身のせいな訳で。
……いや、まあ、つまり、どういうことなのかと言うと……ドキドキして眠れないのだ。
だって仕方ないじゃん。隣に物凄く可愛い恋人が寝てるんだし、おまけに手もつないでるんだから。これで何とも思わない男が一体どこにいると言うのか。いたとしたら、そいつはきっと同性愛者だと思う。
今は、本来は一人用のベッドを、二人で使っている。別に狭苦しいわけではない。ないんだが……まあ、当然と言えば当然なんだけど……俺と穂香の身体は、密着……とまではいかなくともかなり近付いている。身体を少し動かせば簡単に触れられる距離だ。
それだけ近いと、やはり、普段一緒にいるときよりも遥かに穂香のことを意識してしまう。彼女からほんのり香る匂いにすら敏感になる。
風呂上がりなのか、それとも元からなのかは分からないが、穂香はどこか甘いような、爽やかなようないい匂いがしていた。ずっと嗅いでいたいと思えるようないい匂いだ。うわぁ……なんか変態っぽいな、俺。穂香が寝てくれてて良かった。起きてたらやば過ぎる。色々と。
俺はつないだ手を、穂香を起こさないよう気をつけながらそっと離し、こっそりと穂香に背を向けた。怖がっていた穂香には悪いけど、これも睡眠のためだ。すまん、穂香……。
背を向けて、俺は自分の情けなさにため息を吐いた。穂香の恐怖を払拭するために傍にいるっていうのに、俺はこのざまか。はあぁ……ヘタレにしても程があるぞ、俺。
携帯の待ち受け画面を見ると、もう時刻は深夜零時を過ぎていた。やばい、これじゃ授業で熟睡しそうだ。……とりあえず、さっさと寝よう、うん。
目を閉じ、思考を止めて意識を暗闇の中に沈めようとしたそのとき――
「ん……う……ん……ん……っ」
何かに苦しんでいるような穂香の声が背中越しに聞こえてきた。心なしか悶えているようにも見える。嫌な夢でも見てうなされているのか?
「う……や……ぁ……」
寝言、か? どんな夢を見ているのかは想像つかないけど、悪夢なのは確実だろう。徐々に穂香の表情が険しくなっていく。
「おい、穂香」
あまりにも苦しそうな穂香が心配になった俺は、穂香の肩を揺すって起こそうとした。寝汗でパジャマが少しじっとりとしていた。
「ん……う……あれ、優……斗……?」
穂香は目を瞬かせて、やや寝ぼけ眼で俺の顔を見つめた。
俺は体を起こして電灯のランプを何度か引っ張って明かりをつけた。部屋全体に白い光が広がり、一瞬目がくらんだ。
「なんか凄いうなされてたけど、どうした? 嫌な夢でも見たのか?」
穂香はゆっくりと体を起こして「……うん」と頷くと、俯いた。耳と尻尾は力なく垂れ下がっていて、どこか悲しげだった。
気付かれないようにそっと穂香の顔を覗いてみると、目が涙で潤んでいた。
「……学校の帰り道を、優斗と一緒に歩いてたんだけど……優斗がどんどん離れていっちゃって……どんなに走っても、追いつけなくて……気付いたら、一人ぼっち……に……」
嗚咽混じりに穂香は自分が見た夢を話した。涙が頬をつたい、ぽたぽたと落ちて布団を濡らす。
こういうとき、気の利いたことが一言でも言えればなぁ……うーん、どうすればいいやら……。歯が浮くどころかぶっ飛んでいきそうな、引かれそうな言葉しか浮かばない。ていうか、泣きじゃくる恋人相手にどうすればいいのか悩むってどうなんだろうか。自分のことながら情けない。
「……」
まあでも、この状況で何も言わないのもしないのもあれだし……よし。
「穂香」
「ふぇ……?」
俺は枕の横のティッシュ箱から数枚ティッシュを取り出し、涙で濡れた目尻と頬を優しく拭いた。ついでに、ちょっと出てた鼻水も。
深呼吸して、穂香の目を真っ直ぐ見据える。まるで告白したときのように動悸が激しくなり、照れくささから目を泳がせてしまう。まあ、仕方ないね、泣き顔も結構可愛いし。……不謹慎か?
「あー、その……現実の俺は、お前の夢の中の俺みたいに、その、お前を一人にはしないからな。だから……だから、えーっと……あ、安心しろ! 安心して寝ろ!」
……あれれ、おかしいな。なんか言いたいことと言ってることが違うぞ。いや、全く違うというわけでもないんだけども。落ち着け、落ち着くんだ俺。
「うん……ひぐ……あり……がと……」
涙と鼻水をティッシュで拭きながら、震える声で言う穂香。泣き止んではいないが、泣きじゃくっていたさっきに比べればだいぶ落ち着いている。
「……」
「……」
それきり、お互いに黙り込んでしまった。静寂の中に、小さくしゃくりあげる穂香の声が妙に大きく聞こえた。うう、なんか気まずいぞ……。
穂香はパジャマの袖で涙を拭った。
「……ねえ、優斗……」
小さな穂香の声が沈黙を破った。
「何?」
「シャワー……借りていい? 寝汗かいちゃって……」
「ああ、いいよ。場所は分かるだろ?」
穂香は「うん」と頷いた。
俺も穂香も、小さい頃に何度もお互いの家に出入りしてたから、どこに何があるかというのは大体知っている。泊まったことも結構あるし。
ちらちらと俺の顔とドアを交互に見る穂香。彼女の目は、心なしかすがるようなものにも見えた。うん、何が言いたいのかよく分かった。
「俺もついてくよ」
そう言うと穂香ははにかんだ。尻尾を、喜ぶ犬のようにぱたぱたと振りながら。可愛い。だけど九本の尻尾が動くのはどこかシュールな気がする。
ベッドから下りて部屋から出ようとすると、
「ま、待ってっ」
「ん?」
穂香に呼び止められた。彼女は頬を赤らめて、目をあちこち泳がせながらそっと手を出した。だが、何かに気付いたようにすぐに手をひっこめると、パジャマで手をごしごしと拭いて再び出した。ああ、寝汗か。
「……はいはい」
差し出された手を取ると、穂香は優しく握り返してきた。彼女の手は柔らかくて温かく、恐怖心からかかすかに震えていた。
「んじゃ、行くか」
「うん」
弱い眠気に欠伸で応えながらドアを開け、すぐそこにある階段を穂香のペースに合わせてゆっくりと下り、風呂場のある洗面所までの道のりを、所々にある照明をつけながら歩いていく。
明かりが点いていない廊下は当然真っ暗で、不気味だった。そのせいで相当怯えているのか、穂香は手をつないだまま俺にぴったりとくっついて離れなかった。穂香には申し訳ないが、密着する彼女の身体から漂ういい匂いや柔らかさで、俺は恐怖とは違う感情でドキドキしていた。
洗面所に着くと、穂香は脱力して息を吐いた。
「俺、後ろ向いてるから、シャワー浴びてきなよ。あ、タオルそこな」
俺は正面の棚を指差した。タオル以外には、洗剤や化粧品やハンカチなどが並べられている。
「うん。えっと……念のため言っておくけど……の、覗かないでよ。こ、恋人同士だからって、その……は、は、はだっ、裸とかっ……み、見ちゃだめだからねっ!」
茹で上がったのかと訊きたくなるほどに顔を真っ赤にした穂香は言う。
「はだっ!? な、何言ってんだお前! の、覗きもしないし見もしねぇよっ!」
「……絶対だよ?」
「分かってるって……」
いきなりとんでもないことを口走った穂香に驚いて、反論した後にその反動で脱力した俺は、大きく息を吐いた。
やれやれ、と思いながら俺は穂香に背を向けた。少しの間をおいて、するする、ごそごそ、と布が擦れる音が耳に入ってくる。
今さっき見ないと約束しておいて何だが、気になる。超気になる。今、やっぱり脱いでるよな……うわあぁぁぁ、後ろがめっちゃ気になる! 振り向きたい! 見たい!
いやいやいや! 振り向けば色々と終わりだ! 今後ろを向けば、穂香の裸が見れる……けど、その後のことを考えると……いや、考えるまでもないな。てか、考えたくもない!
風呂場の戸が開き、そしてしまる音が背後から聞こえた。……どうやら入っていったみたいだ。
「……はぁぁ……」
あー、なんか……変に疲れたな……。気疲れか。
俺は全身の力を抜いて壁にもたれかかり、大きく息を吐いた。すぐそばの風呂場からはシャワーの音が聞こえる。戸の曇りガラス越しには、シャワーを浴びる穂香がぼんやりと見える。
穂香が出てくるまでにはもうちょっと時間があるかもしれないし、今のうちにトイレにでも行くか。ちょっと出そうだし。
俺はすぐそこのトイレのドアを開けた。
トイレで用を足してスッキリし、洗面所に戻ると穂香と目が合った。……よりにもよって、生まれたままの姿の穂香、つまりは、全裸の穂香と。
今まさにシャワーを浴び終えたばかりだったのか、穂香はお湯の滴る濡れた体をバスタオルで拭いていた。
「……え」
「……あ」
お互い目を合わせて固まった。穂香は身体を拭く手をピタリと止め、俺は空間に縫い付けられたように硬直した。
え、ちょっ、何この漫画みたいな状況。これがラッキースケベってやつか!? これって漫画の中だけに起こる現象じゃなかったの!? 現実でも起こるのこんなこと!?
自分の中であり得ないと思っていたことが、今目の前で現実になって混乱しながらも、俺はまじまじと穂香の裸体を見てしまっていた。悲しいかな、男の性というものだ。
白く透き通るような綺麗な肌は熱でほんのりと朱に染まっていて、いつも見る穂香とは別人のように色っぽい。穂香の童顔には不釣り合いな張りのある形の良い豊満な双丘、引き締まった腰、程よく肉付きのあるすらりと伸びる綺麗な脚を水滴がつたっていく。なんかすごいエロい。
「みっ、見ちゃだめだって言ったのにぃ……っ! 優斗の馬鹿ぁ……っ!」
状況を飲み込み我に返った穂香は、胸や下の大事な場所――何処とは言えないし言わない――を両手で覆い隠した。恨めしそうな目が俺を見ているが、恥ずかしさからか涙目になっていて、あまり怖くなかった。むしろ可愛い……って、いかんかん。
「す、すまんっ! まさかもう出てるとは思わなくて……」
俺は慌てて穂香に背を向けた。
今にして思えば、トイレから出てきたときにはシャワーの音は止んでいた。ああ、くそ、迂闊だった。なんで気付かなかったんだろ……。いやでも、そのおかげで穂香の裸が見れたと思えば……ってアホか俺は! 恋人に対して何考えてんだ!
背後からは「うぅぅ……っ」という可愛らしい唸り声のような声と、布が擦れる音が聞こえてくる。着替え中なんだろう。
……いかん、さっきのハプニングのせいで変に意識しちゃうな……。
穂香が俺のすぐ後ろで着替えているのを想像すると、さっき思いっきり見てしまって脳裏に焼き付いた穂香の裸を思い出してしまう。
あいつの裸……綺麗だったな……って、やばい、思い出すと股座がいきり立って……くそっ、落ち着くんだ俺の分身! なんでこんなときに戦闘モードになってんだ! 通常モードに戻れ馬鹿野郎! 時間と場所を弁えろ!
「もう、いいよ、優斗。こっち向いても……」
「っ!? あ、ああ……」
び、びっくりした……心臓飛び出すかと思った……。
振り向くと、パジャマに着替え終わった穂香が立っていた。
さっき起こったことがよっぽどショックだったんだろう、穂香は顔を真っ赤にして俯いていた。……まぁ、当たり前か。
「……」
「……」
……気まずい。沈黙が重い。家族で映画とかドラマとか見てたら濡れ場のシーンが映っちゃったとき以上かもしれない。仕方ないよな、濡れ場なんて比較にならないものをしっかり見ちゃった訳だし……。
「……一応言っとくけど、わざとじゃ――」
「……そのくらい……分かってる」
沈黙に耐えられなくなってさっきのことを弁明しようとするが、穂香に遮られてしまった。それどころか、顔を背けられた。
あー……絶対怒ってるよな、この反応。まぁ、自業自得なんだが。
「……ごめん」
俺は頭を下げて謝った。そうするしかなかった。
わざとじゃなくても、裸を見たことに変わりはない訳で。この場であーだこーだ言って取り繕ったところで見苦しいだけだ。
「……もう、いいよ。うん……」
穂香はそっぽを向いたまま言った。許してくれたような口ぶりだが、態度を見るとそうは思えなかった。
「とりあえず……もう、寝よ? こんな時間だし……」
そう言うと穂香は手を出してきた。振り向いてはくれたものの、目を合わせようとはしなかった。ちらちらと俺の方は見てくるが、すぐに目を伏せてしまう。
「あ、ああ。だな……」
壁にかかっている時計を見ると、既に時刻は深夜アニメが始まるくらいになっていた。授業中の居眠りは避けられないかもしれない。
穂香の手を取って来た道を戻り、二人で寝室へ向かった。
戻るまでの間、俺も穂香も一言も言葉を交わすことはなかった。まぁ、仕方ないね……。
寝室に戻ると、俺と穂香は一緒にベッドに入った。お互いに向き合い顔を合わせる体勢で。
正直、あんなことがあったから気まずいことこの上なく、俺は穂香に背を向けて寝ようとしたんだが「む、向き合ってないと怖いから……こっち向いてて……ね」と言われて向き合う体勢になっていた。
狐耳をピコピコ動かしながら潤んだ瞳で上目遣いされてそう言われたら、さっきあんなことがあったとしても断れる訳がない。
そのときの穂香は、きっと今まで見てきた彼女のなかで一番可愛かったと思う。
「ねぇ、優斗」
微かに潤んだ真っ直ぐな紅い瞳が俺を見据える。
「ん?」
俺の手に温かく柔らかな手が重なり、そっと握ってきた。
「ずっと、一緒に……傍に、いてね……」
暗がりとか悪夢とかのせいで怯えているからそう言ってるんだろうけど、これは……プロポーズに、聞こえなくもない……かも。まぁ、絶対そんなことはないだろうけどね。ただ怖いだけでそう言ってるんだろうけど。
「なんか、プロポーズっぽく聞こえるな、その台詞」
「え、え、えぇっ!? ぷ、ぷっ、ぷろ……っ!?」
みるみるうちに穂香の頬が紅潮していく。可愛い。
穂香は視線をあちこち泳がせると、俺をちらっと見て目を伏せた。
「……待ってる」
「え?」
待ってるって、何を? え、ま、まさか……ねぇ? あ、あれ、冗談で言ったつもりがなんかかなりぶっ飛んだ方向に受け止められているような!?
「……でも、待ちきれなくなったら、私……から……」
「……わ、私から……何?」
「な、なっ、なんでもないっ! お、おお、お休みなさいっ!」
穂香はモグラのようにもぞもぞと毛布に潜った。
「えっ、ちょっ!?」
色々と訊きたいことはあったが、穂香は目を閉じて毛布に包まって目を閉じてしまっていた。十中八九、まだ起きているだろうが、何も言わないだろうな……。
話の流れからすると、待ってるっていうのは……やっぱり、プロポーズのこと……なのか? そうなると、穂香は俺からのプロポーズを待ってるってことになるし、俺が何もせずにいたら、いつかはあいつからプロポーズをするってことに……。
い、いやいやいや! まだ恋人同士になって一週間も経ってないんだぞ!? なのにプロポーズって……い、いくらなんでもあり得ないだろ! けど、あいつの口振りからすると、やっぱり……。
「……」
まぁでも、あいつとそういうことになるなら……俺からすれば願ったり叶ったりで……って、いくらなんでも話が飛躍しすぎだろ!
い、いかん、色々と考えて悶々としてきた……。
と、とにかく、今日はもう寝よう。何も考えずに。うん、それが一番だ。
俺は毛布を深くかぶり、目を閉じて意識を暗闇に沈めようとした……が、やっぱりというか、案の定というか、さっきのやり取りが頭の中をぐるぐるしてなかなか寝付けなかった。
とにかく甘ったるく書いたつもりですが、いかがでしたでしょうか?
次回は陰陽師のお話にするつもりです。陰陽師と橋姫と使用人(同居人?)二人を出す予定です。
バトルものになると思います、多分。
智里「戦闘描写苦手なくせにね」
好きなように書いて、好きなように投稿する。それの何が悪い(CV:お譲さん)




