第5話 陰陽師とは?
更新が遅れて大変申し訳ありません。
四か月以上間が開いてしまいました。最悪です。
楽しみにしていただいた読者様には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
今回は陰陽師とか妖怪とか式神とか、その他諸々の説明の回です。
そしてやたら長いです。休み休み読むことをお勧めいたします。
真司が、陰陽師……?
陰陽師って、お札とか、いろんな姿をした式神ってやつを使って妖怪を倒す人のことか? 漫画とかアニメとかだとそういう感じだけど。
椎名さんはこくんと頷いて、
「あなたのその想像は概ね正しい。式神を使役したり、式術と呼ばれる技を使ったりして妖怪を倒す者、それが陰陽師」
椎名さんは淡々と話す。
「……俺が言いたかったのにほとんど言われた……」
がっくりと肩を落とす真司。そんな彼を慰めるように和車さんが肩を優しく叩く。
……あれ? 俺何も言ってないぞ?
陰陽師のことを想像はしたけど、口にした覚えはない。それなのに、なんで……?
「それは私が――」
「ちょっと待ってください、椎名さん。そっからは俺が説明します」と真司。
「何故? 結果が同じなら問題ないはず。私が説明しても、あなたが説明しても、式咲と佐倉姉妹が陰陽師について知るという結果は変わらない」
「いや、まあ、確かにそうなんすけど……」
真司は口ごもる。糸のように細い目から覗く椎名さんの薄紫色の瞳が、視線を泳がせる彼を見据える。
「……」
「……」
二人は無言で向かい合う。……なんというか、気まずいような、何とも言えない空気が俺たちの間に流れる。
しばらくして、椎名さんが小さく息を吐いて口を開いた。
「かっこいいとか悪いとか、別にそんなことは誰も気にしないけど、あなたが気にするのなら、よろしく」
「……わざわざ言わなくてもいいじゃないすか」
「大丈夫。誰も分かってない」
「……そっすか」
真司は気が抜けたようにため息を吐いた。
何も言ってないのに考えてることが分かるのか? 椎名さんは。
今回もそうだけど、玄関で俺たちを出迎えたときも、真司の顔を見ただけで考えていたことを理解してたような感じだったな。
思えば、昔からこっちの考えてることが分かっているような節が結構あった気がする。
もしかして、心が読める超能力者なのか?……まさかな、そんな非現実的なことあるわけ……あったな、妖怪とか陰陽師とか。
「えーっと、どこまで話したっけか……あ、そうだ、陰陽師についてだったか。まあ、椎名さんにほとんど言われちゃったけど、大体そんな感じだ。式神とか式術を使って妖怪を倒すのが仕事だよ」
顔を上げて真司は言う。
「へぇ……」
陰陽師なんてフィクションだと思ってたけど、実在してたんだ……しかも、こんな身近に。
……え? 妖怪を、倒す? まさか、それって……!?
悪寒にも似た嫌な感覚が体を巡る。心臓が跳ね、考えたくない光景が脳裏を過る。
「っ!」
衝動的に体が動いた。俺は穂香と彩里ちゃんを庇うように前に立つ。
真司は妖怪を倒す陰陽師で、穂香と彩里ちゃんは、妖怪――九尾の狐。なら、真司のやることは、二人を――
悪寒が強まり、体が小刻みに震える。……いや、まさか、真司がそんなことをするはずは……けど、陰陽師は、妖怪を……!
「あ……あ……」
「や……やだ……」
二人とも俺と同じことを考えたのか、顔を真っ青にして震えていた。俺の制服の裾をぎゅっと掴んで怯えている。
「え、何? 俺なんかマズイこと言った?」
戸惑う真司をよそに、椎名さんが「ああ」と何か分かったように小さく声を漏らした。
「大丈夫、陰陽師が倒す妖怪は、誰かに危害を加える悪意を持った妖怪だけ。だから佐倉姉妹は心配いらない。それに、もし真司が、悪意の有無に関わらず妖怪を倒すような陰陽師だったら、あなたたちは勿論、私も瑠火も姫奈も無事では済んでない」
椎名さんの言葉を聞いて俺は胸を撫で下ろした。そうなんだ……よ、よかった……てっきり二人が倒されるのかと思った……。
安心すると緊張が一気に解け、俺はその場にへたり込んだ。後ろで安心したように息を吐く二人の声が聞こえた。
……あれ? ちょっと待てよ? 椎名さんの言葉、なんかおかしくないか?
緊張が解けて大分クリアになった頭が、彼女の言葉の違和感を感じ取った。
もしも真司が、妖怪だったら悪意があろうがなかろうが倒す陰陽師だったら、確かに穂香と彩里ちゃんは無事では済まない。けど、椎名さんも和車さんも橋乃も、ってどういうことだ? まるで三人が妖怪だって言ってるみたいだ。
「正解」
「……え?」
「ねえさとりん、正解って何?」
椎名さんの背中に和車さんが抱きついた。
ちなみに“さとりん”っていうのは、和車さんだけが言う椎名さんの愛称だ。
「式咲が私たちの正体を見破った。だから、正解」
「ああ、なるほどね」
正体を見破った……って、まさか、ホントに三人は妖怪なのか!?
椎名さんは首を縦に振った。
「私は覚。心を読むことができる妖怪」
「……まじですか」
「うん、まじ」
まさか、心が読める超能力者じゃなくて、妖怪だったとは。姿は人間と変わらないから、今でもあんまり信じられない……いや、穂香も彩里ちゃんも、普段は人間の姿だったな。
もしかして、椎名さんも穂香みたいに姿が変わるのか?
「覚の姿は人間とほとんど一緒だから、普段から妖怪の姿でいても何も問題はない」
そうなんだ……ってまた心を読まれた? うーん、椎名さんの前では隠し事は絶対にできないな……。
「式咲、あなたは、姫奈と瑠火は、どんな妖怪だと思う?」
どんなって……うーん、そう言われても、俺はあんまり妖怪に詳しくないしなぁ……。知ってる妖怪と言えば、九尾の狐、天狗、河童、鬼、化け猫……このくらいか。
……あんまりどころか、妖怪のことほとんど知らないな、俺。
「……全然分からないです」
「ま、そりゃそうだ。どんな妖怪か、なんて、ホントの姿を見なきゃ分かんねぇよな」と真司。
椎名さんが真司の後に続く。
「種族名だけ言うと、瑠火は火車で、姫奈は橋姫という妖怪」
火車に橋姫……初めて聞く名前だ。どんな妖怪なんだ?
「百聞は一見に如かず。実際に見た方が早い」
椎名さんは和車さんと橋乃に目を向けた。
「え、ここでですか?」
「本当にやるの? あたしは別に構わないけどさ」
少し驚いた様子の橋乃と和車さん。
椎名さんは二人から真司に視線を移す。真司は黙って頷いた。
「……わかりました」
「うん、わかった」
そう言うと、二人の姿がだんだん変わっていく。橋乃は髪は赤銅色に、瞳は紅に変化し、頭には小さな――大体五センチくらいの赤黒い角が二本、和車さんは、髪の色と瞳が炎のように鮮やかな橙色に変わり、同じような色の猫の耳と尻尾が生えた。尻尾は真ん中辺りから二つに分かれている。
俺は変わっていく様子を呆然と見ていた。まさかマジで妖怪だったなんてな……。火車は化け猫で、橋姫は鬼だったのか。
橋乃や椎名さんや和車さんが妖怪だっていう実感が未だに湧かない。特に椎名さんはどう見ても人間だ。穂香や和車さんみたいな獣耳や尻尾、橋乃みたいな角はない。
「あの……やっぱり、驚きましたか?」
橋乃がおずおずと尋ねてくる。
「あ、ああ……」
そりゃ驚くに決まってる。今まで人間だって思ってた人たちが妖怪だったんだから。
「あー……別に隠すつもりはなかったんだよ。けどさ、言っても信じてくれないんじゃないかって思ってさ……」
真司は申し訳なさそうに頭をかく。
確かに、九尾の狐の姿になった穂香を実際に目の当たりにするまでは絶対に信じられなかっただろうな。
「心配すんなよ。隠してたこと責めるつもりはないから」
「……そう言ってくれると助かるぜ」
安堵したように息を吐きながら、真司は小さく笑った。
「ふふっ、穂香さんが式咲さんを好きになった理由が、何となくですが分かった気がします」
優しく笑う橋乃。
穂香が俺を好きになった理由か……何だろ、ちょっと気になるな。一体俺のどんなところを好きになったんだろう?
穂香にちらりと視線を向けると、顔を真っ赤にして首を横にぶんぶんと振った。どうも言いたくないみたいだ。
ま、何れ訊いてみればいいか。言いたくないことなら無理して言うことないし。
「あ、そうだ。真司、ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ」
「ん?」
「陰陽師って、式神とか式術ってやつを使うんだよな?」
「ああ、そうだよ。そういうのを使って、悪い妖怪を倒すんだ」
「その、式神とか式術とかって何?」
「ああ、それはな……あー……えーっと……なんて説明すりゃいいか……」
真司は口ごもる。うんうん唸りながら首を捻り、頭を抱えている。
「真司さん、口で説明するより実際に見せた方が良いと思いますよ」
「あー、確かにそうだな」
橋乃の言葉に頷くと、真司は制服の内側をごそごそと探り、何かを取り出した。
取り出したのは、五センチ程度の細長い角柱状のガラスの小瓶二本だった。一本は、中からぼんやりとした白い光と紫色の小さな稲光のようなものを放っており、もう一本は、紅蓮の炎が渦巻いている。
「な、何それ?」
「式神を封じてある瓶だよ。式封瓶って言うんだ」
「お札とかじゃないんだ。漫画とかアニメみたいに」
「昔はそうだったらしいぜ。けど、お札だと雨が降ってるときだと濡れて使い物にならなくなるからって理由で、こういう瓶を使うのが主流になったんだってさ。ま、俺たちが生まれるよりも前の話みてーだから、詳しくは知らねーけどな」
そんな理由があったのか。てか、雨に濡れると使えないって……昔の人って、雨の日の妖怪退治は大変だったんだな。
「ねえ、天月さん。天月さんの式神ってどんなのなの?」
彩里ちゃんが真司に訊く。
「色んなのがいるぜ。つっても、俺が使役してる式神は四体だけだけどな」
え、四体? でも取り出した瓶は二本だぞ? 何か取り出せない理由があるんだろうか?
「じゃ、お披露目しますかね。俺の式神を」
真司は庭に向いて立ち上がり、白く光る瓶を突き出した。
「真神!」
ガラスの栓が光の粒子となって霧散し、刹那、瓶の口から純白の光が流線を描いてとび出した。光は地面に当たると閃光を放った後、光の粒子と紫の稲妻をまき散らした。
「「「……」」」
光が当たった所を見て、俺と穂香と彩里ちゃんは揃って息をのんだ。俺は驚いて、迫力に圧倒されて、一瞬息をすることを忘れていた。
そこにいたのは、紫電を纏った巨大な白い狼だった。鋭い眼光、強靭でしなやかな四肢、大きな爪が、圧倒的な存在感を放っている。
大きさが普通の狼の比じゃない。余裕で背中に人が乗れるくらいでかい。
こ、これが……式神なのか? 真司はこんな凄い奴を、この狼以外に三体も使役してるのか!?
「こいつは真神。俺が使役する式神の中では最強の式神だ」
真司は真神に歩み寄り、頭を優しく撫でた。真神は鼻を鳴らして気持ち良さそうに目を細めた。一メートル近くある大きな尻尾をぶんぶんと振っている。
「ああして真司と触れ合ってるのを見ると忘れそうになるけど、神獣なんだよねぇ、真神って」
「うん」
触れ合う真司と真神を見て和車さんが言う。それに続く形で椎名さんが頷く。
……え? 神獣? 真神が?
「そうよ」
マジで!? 神獣従えているのかよ、真司は! もしかして、他の三体も真神みたいに神獣と言われるような凄い奴なのか……?
「違う。神獣は真神だけ。他は作られた式神」
作られた……? てか、式神って作れるものなのか?
「そのことについては真司に訊いた方が早い。私はそこまで式神に詳しいわけではないから」
「戻れ、真神」
真司がそう言うと、真神は光の球となって瓶の中へと戻っていった。霧散した粒子が口に集まってガラスの栓となり、口に封をした。
瓶を懐にしまうと、真司はさっき座っていた場所に座った。
「式神には二種類あるんだよ。一つは、さっき椎名さんが言ってた、作られた式神。もう一つは、式神として従えた妖怪だ。俺が持ってる式神だと、真神が後者で、他の三体が前者だな」
「式神って作れるのか?」
「作れるぜ。結構手間かかるし、霊力もかなり使うけどな。あ、霊力ってのは陰陽師の力の源のことな」
「どんな式神を作ったの?」と穂香。
「ああ、それはな……」
再び懐から瓶を取り出した。中には炎が渦巻いている。さっき真神が入っていた瓶と一緒にとりだした瓶だ。
「紅蓮鷲!」
ガラスの栓が赤く光る粒子となって散り、瓶の口から炎のように赤い光が飛び出した。光が弾け飛び、現れたのは、炎から生まれたかのような真紅の鷲だった。普通の鷲よりも一回りくらい大きい。
真紅の大鷲は部屋の中を飛び回った後、真司の肩にとまった。
「こいつは紅蓮鷲。俺が作った式神だ」
真司に呼応するように、紅蓮鷲は翼をはためかせた。
狼に鷲か……何か動物園みたいだ。式神には動物が多いのか? もしかしたら、残りの二体の式神も動物だったりしてな。もしそうだったら、何だろ……虎とか、ライオンとか?
「あとの二体はどんな奴なんだ?」
「それは……佐倉と彩里ちゃんがいる前では見せられないな……」
「え?」
「なんで?」
見せられないと言われた二人は首をかしげた。
「や、だってさ……有り体に言うとさ……蛇と蜘蛛だし」
「「っ!?」」
穂香と彩里ちゃんの顔が一気に青ざめる。あー、確かに見せられないな。二人ともそういうの大嫌いだし。……俺もだけど。
「ま、どうしても見たいって言うなら呼び出すけど」
「「見せなくっていい!」」
ダブル抗議を受けた真司は、取り出しかけていた二本の小瓶をしまった。出すつもりだったんかい!
「……俺たちの前では絶対に出すなよ、その式神」
一応釘を刺しておく。まあ、真司は人がホントに嫌がることはしないから、大丈夫だろうけど……。
「それは出せってことですねわかりました」
そう言うと再び懐に手を入れ、二本の小瓶を取り出した。
「ネタ振りじゃねえ! ダ○○ウ倶楽部か!」
「はいはい、わかってますって」
軽口をたたきながら二本の小瓶をしまった。
「あ、そうだ。式神の話で思いついたんだけど、アルバム見せるのはどう?」
和車さんが口を開く。
「そうね。その方が話しやすい」椎名さんが彼女の後に続けて言う。
「じゃ、ちょっと取ってくるね」
和車さんがふすまを開けて部屋を出て、廊下を歩いていく。
「アルバム?」
椎名さんが頷く。
「そう、アルバム。それを見た方が陰陽師のことがわかりやすい。それに、静羽や祐介のこともね」
静羽さんと祐介さん――真司の両親だ。静羽さんが母親で、祐介さんが父親だ。
真司が陰陽師ならひょっとして、二人も陰陽師なのか?
「うん。真司と同じく、二人も陰陽師。最強と言われるほどのね。静羽は“五竜使い”、祐介は“機甲兵団長”という二つ名で呼ばれていたわ。今はもう一線を退いているから妖怪を相手にすることはあまりないけれど、実力は全くと言っていいほど衰えていない」
椎名さんはお茶を一口すすると、ふぅ、と息を吐く。
「……なんか凄い二つ名ですね」
五竜使いっていうのは、多分、文字通り五匹の竜を使役する人ってことなんだろう。機甲兵団長はどういう意味なんだ? 機甲兵のリーダーってことなんだろうけど、そもそも機甲兵って何?
「それは……あ、ちょうどいいタイミングね」
「持ってきたよー」
ふすまが開き、和車さんが部屋に入ってきた。五センチくらいの厚さがある栗色の表紙のアルバムを小脇に抱えている。
和車さんは椎名さんにアルバムを手渡すと、彼女の隣に座った。
アルバムを受け取った椎名さんはぱらぱらとページをめくっていく。大体三分の一くらいめくったところで俺に向けて出した。
「こっちが静羽で、こっちが祐介」
椎名さんはアルバムに載っている二枚の写真を指した。俺と穂香と彩里ちゃんが身を乗り出して写真を見る。
右に載っている写真には、長い黒髪をポニーテールにした女性、静羽さんが写っていた。一児の母とは思えない程若く、目鼻立ちが綺麗に整った美人だ。その人の傍らには……漫画やゲームでしか見たことがない生き物が五匹いた。
写真越しに見ても身が竦んでしまいそうな眼光、大きく立派な角、無数の鱗に覆われた長大な胴、力強い四肢。
まさに、俺がイメージする神話の生き物、竜そのものだった。
写真に写っている五匹の竜は、それぞれに特徴があった。
静羽さんの右側にいる竜は、真紅の鱗に身を包み、角には紅い炎を纏っていた。口からは揺らめく炎が漏れだしている。
右上にいる竜は、体は萌葱色で、茶色の角は樹木のように枝分かれしていた。まるで植物が竜になったみたいだ。
左側にいる竜は、角を含めた全身が夜の闇を吸収したかのように黒く、禍々(まがまが)しい雰囲気だった。暗黒の中に淡く光る紅い瞳が、禍々しさをより強くしている。
左上にいる竜は、下にいる竜の黒を全て取り去ったかのように真っ白だった。汚れを全く知らないような純白の体が、金色の瞳を引き立てている。
真上にいる竜は金色で、角が他の四匹の竜と比べて一回りくらい大きい。金色の全身に光を纏った姿には神々しさを感じる。
見れば見る程神々しく見える。こんな五匹の竜を、静羽さんは従えてるのか……最強って言われるのも納得だ。
「「……」」
穂香も彩里ちゃんも、写真を見て息をのんでいた。唖然として写真を見つめている。
「赤い竜が炎を司る赤竜、緑の竜が木を司る青竜、黒い竜が水を司る黒竜、白い竜が金属を司る白竜、金色の竜が土を司る黄竜よ」
椎名さんは写真の竜を指して説明する。自然を司る生き物なんだな、竜って。
今度は隣のページの写真に目を移す。
写っているのは短い黒髪の男性、祐介さんだった。白い歯を見せて笑っている。
周りには、祐介さんよりも頭一つ分くらい大きな人型のロボットが十体立っていた。流線型のもの、ミリタリー色の強い角ばったもの、鋭角的なものなど、形は様々だ。
「これが祐介が使役する式神、機甲兵」
機甲兵……ああ、なるほど、そういうことか。祐介さんはこの機甲兵の主だから、機甲兵団長って二つ名なのか。
というか……。
「……式神なんですか、これ」
真司が使役してた式神は動物の姿をしてたから、式神っていうのはそういう姿をしてるものだって思ってた。
「作られた式神は必ずしも生き物の姿というわけではないんです。確かに、真司さんが使役している動物の姿の式神は一般的ですけど、祐介さんのように機械の姿の式神を使役する人は少なからずいるんですよ」
「父さんの場合、完全に趣味でこういう式神作ってるんだけどな」
ロボット好きなんだ、祐介さん。
「ねえ優斗、これってやっぱり……“装甲核”だよね」
機甲兵を食い入るように見つめていた穂香がこっちに顔を向けた。
「だよな、どう見ても」
祐介さんの周りにいる機甲兵は、俺の好きなメカアクションゲームに登場する人型兵器、装甲核にそっくりだった。というか、それそのものだった。
装甲核が登場するそのゲームは、どう考えても女の子はやらないような硬派なゲームだけど、実は穂香も持っている。あいつは女の子が好むような可愛いものも勿論好きだが、男子が好きそうなこういうロボットなんかも同じくらい好きだったりする。
「やっぱりそうだよね。すごいなぁ……こんな式神も作れちゃうなんて」
目をキラキラと輝かせながら写っている機甲兵を見る穂香。
「他の写真も見る?」
「いいんですか?」
「別に構わない」
椎名さんはページをめくった。
六枚の写真が載っている。三枚は真司が、もう三枚は橋乃が写っており、どの写真も人じゃないもの――恐らく妖怪たち――と戦っているものだった。
真司は片手に刀を、もう片方の手に拳銃を握り、妖怪に銃口を向けたり、斬りかかったりしていた。二丁拳銃で戦っている写真や、狼の式神――真神と一緒にいるのもある。
橋乃は角を生やした鬼の姿になっていて、自分の身長と同じくらいある長大な刀を振るい、迫りくる妖怪たちを薙ぎ払っていた。
普段から想像できない二人の姿が写真の中にはあった。
……というか、刀とか銃とか使っちゃってるけど、いくら妖怪を倒すためとはいえやばくないか? 銃刀法違反で捕まるぞ。
「ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「いやダメでしょ!」
何とんでもないこと言ってんるんですか椎名さん!
「冗談。けど別に警察には捕まらない……いや、捕まえられないから大丈夫」
「捕まらないって、どういうことですか?」
「陰陽師が使う武器には家紋が刻まれてるんだよ。ほら」
言いながら真司は、制服の内ポケットから小さな拳銃を取り出した。それを見た瞬間心臓が跳ねた。隣からは穂香と彩里ちゃんが息をのむ音が聞こえた。
「ちょ、おまっ、何持ってんだよ!?」
「何って、ハンドガンだけど」
「いやそういうことじゃなくて!」
「大丈夫だって、弾は入ってないから。てか、そもそも実弾は使わないけどな。それよりほら、ここ見てみ」
真司は拳銃のグリップを見せた。俺と穂香と彩里ちゃんの視線が集まる。
そこには三日月の印が刻まれていた。何だろ、これ?
「これは天月家の家紋だよ。こういう風に陰陽師の家紋が刻まれてる武器は、使うことを警察に認められてるんだよ」
そうなんだ。てか、警察にも陰陽師を知ってる人がいるのか。
そういえば、実弾は使わないって言ってたけど、どういうことだ? 弾が装填されてない拳銃で一体どうやって妖怪と戦ってるんだ?
「陰陽師が使う銃、妖滅銃は普通の銃とは違って、使用者の体の内にある霊力を弾丸に変えて撃ち出すもの。その弾は妖怪だけにダメージを与えるわ」
「え……」
「妖怪だけ……」
穂香と彩里ちゃんが震える声で呟いた。俺の制服の裾を掴んで俯き、かすかに震えている。
「まぁまぁ、そんなに怯えなくても大丈夫だって。ね、真司?」
和車さんは明るい笑みを二人に向けた後、真司の方に顔を向ける。
「当たり前っすよ。友達に撃つわけないでしょ」
その言葉を聞いて、震えていた二人は安堵の表情を浮かべた。体の震えも止まっている。
「あの、真司さん、もうしまった方がいいのでは?」
橋乃は真司が手にしている拳銃を指して言った。真司は今まで出しっぱなしだったことに気付いたのか、そそくさとしまった。
そういえば、制服から出したよな、拳銃。ということは……学校に持ち込んでたのか……。いくら警察に捕まらないとはいえ、校内に持ち込むのは流石にやばいだろ。
「ねえ、せっかくアルバム持ってきたからさ、他のも見てみない?」
和車さんの提案に、そうね、と椎名さんが続く。
「あのー……やな予感しかしないんすけど……」
「……私もです……」
真司と橋乃の顔に冷や汗が滲む。
「あなたたちも見る? 真司や姫奈の昔の写真もあるけど」
「ちょっ!?」
「し、椎名さん!? 何言ってるんですか!?」
止めようとする真司と橋乃。そんな二人を無視して椎名さんはアルバムをめくる。
「昔の写真か……何だか面白そう!」
彩里ちゃんは楽しそうにアルバムを見る。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんは見ないの?」
「ううん、見るよ。ほら、優斗も一緒に」
「そうだな」
穂香に手を引かれ、一緒にアルバムを見に行く。
椎名さんと和車さんがぱらぱらとページをめくっていく。
「あ、懐かしい」
「あははっ、ホントだね」
めくる手を止めたのは、真司や姫奈が今より幼い頃の写真だった。だいたい十歳くらいだろうか。それよりも幼い頃の写真も数枚ある。
「ちょ、その頃のやつはマジでやめて!」
「まぁまぁ、別にいいじゃん。減るもんじゃないんだし」
和車さんはアルバムを取り上げようとする真司を軽快な動きでかわし、椎名さんに渡した。
「あ、姫奈のキスシーン」
「「「えっ!?」」」
キ、キスシーン……だと……!?
俺、穂香、彩里ちゃんの視線が、椎名さんが見ている写真に集まる。
その写真は、十歳くらいの橋乃が、真司の頬にキスをしているものだった。なるほど、確かにキスシーンだ。
きっと相当恥ずかしかったのだろう、二人とも顔を真っ赤にしている。
「うわぁ……姫奈さん大胆だね~」
「ふふっ、照れてる姫奈可愛い♪」
「わあああぁぁぁぁぁっ!! 見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
耳まで真っ赤になった橋乃がアルバムを奪おうとするが、椎名さんは顔色一つ変えず、ひょいひょいと橋乃をかわす。
心が読める椎名さんから奪い取るのは無理だろうな。橋乃、完全に踊らされてるし。
「他にはどんなのがあるかなー」
「探さなくていいですってばぁぁぁぁ――――っ!!」
半泣きになりながらアルバムを奪おう躍起になる橋乃。そんな彼女をあしらいながら、椎名さんはアルバムを物色する。心なしか楽しそうに見える。
結局、真司と橋乃はアルバムを椎名さんと和車さんから奪うことができず、夕方になって俺たちが帰宅するまで、二人にとって恥ずかしい思い出を暴露されることになった。
お風呂に入った後、私は縁側に座って夜風を浴び、火照った体を覚ましながら空を見上げ、考え事をしていた。
あかね色に染まっていた空は漆黒に塗りつぶされ、三日月や瞬く星の引き立て役に徹している。
「どしたの、さとりん?」
後ろから瑠火が声を掛けてきた。
ちなみに瑠火は今日はお風呂に入っていない。火車――化け猫――であるが故に水が嫌いなのだ。でも流石に入らないのは不潔だから、二日に一回は入るように言ってある。大抵入るのを嫌がるけど、そういう時は無理矢理にでも入れる。
「考え事」
「夜風を浴びながら考え事してると、風邪ひくよ」
「大丈夫、問題ない」
妖怪は体が丈夫だから、余程体が弱っているときでない限りはまず風邪をひくことはない。
「大丈夫じゃない、問題だよ。風邪ひかない保証はないんだから。ちょっと待ってて、毛布持ってくるから」
瑠火はふすまを開けてすぐそこの和室に入ると、押入れを開けて中を物色した。
「よいしょっと」
背伸びしながら綺麗に折り畳まれた若緑色の毛布を取り出した。抱えてこっちに持ってくると、毛布を広げ、背中からかけてくれた。
「ありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
人懐っこい笑みを浮かべると、瑠火は私の隣に座った。
「瑠火、座る?」
胡坐をかいて、膝をポンポンと軽く叩く。
何が言いたいのか伝わったのだろう、瑠火は何も言わずに股関節辺りにできた隙間に座り、体を委ねた。
私は羽織る形になっていた毛布の端をつまんで、後ろから包み込むように手を回す。
「あったかいね、さとりん」
「そうね」
ぎゅっと抱きしめると、瑠火は気持ち良さそうに目を細めた。心地良い温もりが体に伝わってくる。
「ところで、考えていたのは佐倉夫婦のことかな?」
瑠火は体をよじって顔をこちらに向けて言った。
「……何故わかったの?」
ほんの少しだけどきりとした。まさか、私の考えていたことが分かるとは。
「んー、わかってた、ってわけじゃないんだけどね。あのとき、戒斗と悠璃のことも言うのかな? と思ってたけど結局言わなかったから、もしかして……って思って」
「察しが良いわね」
「長い付き合いだからねー♪」
瑠火とはもう十年近く天月家に一緒にいる。彼女も私も、互いを家族のように想っている。
「で、なんで言わなかったの?」
「式咲と穂香の関係がおかしくなるんじゃないかと思ったから」
穂香の両親は、最強の妖狐だ。他の九尾の狐と比べてずば抜けて強く、絶対に戦うな、出会ったらまず逃げろ、半径百メートル圏内には近づくな、いかん、そいつには手を出すな! などと言われるほどの大妖怪だ。
昔……式咲や真司、穂香や彩里が生まれるより前に、戒斗とは一度だけ戦ったことがある。
静羽、祐介、私、瑠火の四人、そして静羽の式神である五竜と祐介の式神の機甲兵百体という、一人の九尾の狐に対しては最早オーバーキルと言える戦力で挑んだ。
しかし戒斗は、当時の国の軍事力を遥かに上回るこっちの戦力を、五分足らずで殲滅したのだ。
自らが作った血だまりの中で横たわる五匹の竜、残骸と化した機甲兵、満身創痍の静羽たち、そして……地獄絵図のようなその場所に立つ、二振りの燃え盛る銀色の炎の刀を手にした銀色の九尾の狐。
今でもその光景は鮮明に思い出せる。……まさか、後に近所に住むことになるなんて、あのときは思いもしなかった。
悠璃とは戦ったことはないが、内に秘めた妖気や妖力――妖怪特有の力の源――は、戒斗と同等。私たちとの力の差は歴然だ。
そういうことを伝えれば、きっと穂香に対する態度が変わってしまう。私はそう考えて、言うのをやめた。
「あー、確かに。最強の妖狐の娘だし、ね……。でも式咲なら大丈夫だと思うけど」
「だといいわね」
式咲は、穂香が九尾の狐であることを受け入れた。彼女にとって非常に辛い告白――自分の正体の告白を受け入れられるほどの度量の持ち主である彼なら大丈夫だろう……多分。
自分の恋人の両親がどういう妖怪かを知ったとき、式咲が何を思うのか、しっかりと見せてもらうとしよう。
私は夜空に光る三日月を見上げた。
登場した妖怪とか式神(作られたものではない)の超簡単な説明。
九尾の狐……尻尾が九本ある狐の妖怪。九尾の妖狐とも。
橋姫……嫉妬深い鬼女(女性の鬼)。愛らしい女性という説もある。
火車……悪人の死体を奪う妖怪。猫又が正体だとも言われる。
覚……心を読む妖怪。
真神……神格化した日本狼。聖獣として崇められていたことも。
赤竜……南を守護する竜。炎を吐く。
青竜……東を守護する竜。春の象徴と言われている。
黒竜……北を守護する竜。しかし邪悪な竜として描かれることが多い。
白竜……西を守護する竜。空を飛ぶ速度が他の竜に比べて非常に速い。
黄竜……中央を守護する竜。四匹の竜の長。
説明……?