第3話 いつもと違う朝
新キャラがたくさん出てきます。
実は九尾の狐以外の妖怪が出ています。
ヒントは名前にあります。
わかっても誰にも言わないでくださいね! レイヴンとの約束ですよ!
まだ覚醒しきっていない意識の中、電子音が聞こえた。
初めはかすかに聞こえるくらいの小さな音だったけど、それは次第に大きくなっていった。うるさく思えるくらい音が大きくなったところで、少しずつ、ゆっくりと、ぼんやりとしていた意識がはっきりしていく。
「う……ん……」
私、佐倉穂香は、眠気で重たくなってる瞼を少しだけ開く。仰向けになっていた体を反転させて枕元に手を伸ばし、電子音を発している目覚まし時計をとめる。
「ふわぁ……」
欠伸をしながら、眠気でだるくなっている体を起こす。寝ぼけ眼を擦り、ぼんやりしている視界をはっきりさせると、柔らかい朝日が窓から差し込んでいるのが見えた。
私はベッドから降りて、窓の前に立つ。燦々(さんさん)と降り注ぐ朝日が心地良く、良い眠気覚ましになる。
朝。
多分、殆どの人にとっては、いつもと何ら変わりない一日の始まり。けど私にとっては、いつもとはどこか違っていた。
昨日までの朝は、まるで胸に何かが引っ掛かっているような、突き刺さっているような、切ないような、そんな不安みたいなものを感じていた。
それのせいで、いつも憂鬱な気分で朝を迎えていた。私はそれが辛く、気持ち悪くてたまらなかった。
だけど今日は――。
何度も訪れている、そんないつもの朝よりも何倍も清々しく感じた。
そう感じられるのはきっと、胸の内にある不安みたいなものが消えたから。
好きな人に自分の正体を隠したままでいいのか。
だからといって、自分が九尾の狐という妖怪だってことを打ち明けてしまったら、今の関係が壊れてしまうんじゃないか。
だけど優斗は、妖怪という事実を受け入れてくれて、それでも好きだって、妖怪とか人間とか関係なしに好きだって言ってくれた。
優斗の言葉のおかげで、私は憂鬱な気分になることなく、清々しい朝を迎えることができたんだろうな……。もう何度お礼を言っても足りないよ。
窓の前に立ってそう考えていると、コンコンと部屋のドアをノックする音がした。
「お姉ちゃん、起きてるー? 入るよー?」
「あ、うん」
ノックの後に聞こえたのは、妹の佐倉彩里の声。私が振り返り、頷いてそう言うと、ドアを開けて彩里が入ってきた。
肩甲骨辺りまで伸びた、少しウェーブがかかってふわふわしたセミロングの黒髪をツーサイドアップにしている、私と同じ茶色の瞳の少女。僅かに幼さを残したあどけない、しかし端整な顔立ち。全体的に慎ましやかだけど、自己主張はちゃんとしているスタイル。自分の妹だから、ということもあるかもしれないけど、そのことを差し引いても十分可愛らしい容姿だ。
当然だけど彩里は人間じゃない。私と同じ、九尾の狐。
彩里は、ダークレッドの襟のセーラー服を着て、襟と同じ色のスカートと黒のハイソックスを履いていた。襟元には群青色のリボンを結んでいる。
彼女が着ているのは、風凛学園中等部の制服。彩里は風凛学園中等部の三年生なんだ。
「いつもの時間に降りてこないから見に来たけど、何してるの?」
「あ、ううん、特に何してたって訳じゃないよ。さっき起きたばかりだから、ちょっとぼーっとしてたの」
優斗のことを考えてドキドキしてた、とは言えない。だって恥ずかしいし……それに、彩里に言ったら絶対にからかわれそうだし。
「……」
「ん? 彩里、どうかしたの?」
彩里はじーっ、と私の顔を見つめていた。何だろ、私の顔に何かついてるのかな?
「……お姉ちゃん、何かいいことあったの?」
「え? なんで?」
私が訊き返すと、彩里は嬉しそうに微笑んで、
「だってなんか嬉しそうなんだもん。最近は悲しそうな顔してることが多くて、見ててこっちが悲しくなるような感じだったから……。でも今は、なんというか、清々しいっていうか、晴れやかっていうか、そんな感じの、憑き物が落ちたみたいな顔してるよ。お姉ちゃんのそんな顔見るの、何だか久しぶり」
私そんなに嬉しそうに見えるのかな? 確かに、優斗に受け入れてもらえてのは泣いちゃうくらい嬉しかったけど。というか、泣いた。抱きしめてもらった後、すごく嬉しくて、もっと泣いた。
もう一回、抱きしめてほしいなぁ……。
「お姉ちゃん、昨日何かいいことあったの?」
彩里は私に歩み寄って尋ねてくる。
「んー……内緒っ」
「えー」
言うのは恥ずかしかったからはぐらかすと、彩里は不機嫌そうに口をとがらせた。
「ごめんね、彩里」
今は恥ずかしくて、照れくさくて言えないけど……。でもいつか、ちゃんと言うから。
私はお詫びの意を込めて彩里の頭を撫でる。髪はさらさらで、ふわふわしていて気持ちいい。
髪を撫でると彩里は気持ち良さそうに目を細める。……けどやっぱりちょっと不機嫌そう。
「……まあ、いいけど。でもいつか絶対に教えてよ?」
「うん」
私が頷くと、彩里はにっこりと笑ってこくりと頷き返した。
「朝ご飯もう出来てるから、早く降りてきてね」
そう言って彩里は、私の部屋から出ていった。
私は出ていく彩里を見送った後、着ている水色のパジャマを脱いで、風凛学園高等部の制服がかけてあるハンガーを取る。
白のブラウスを着て、青色のネクタイを結ぶ。ダークレッドと黒のスカートを履いた後、スカートと同じダークレッドを基調とした、一部に黒のラインが入ったブレザーをブラウスの上に着る。最後に、黒のニーソックスを履く。
着替えを終えた私は、机の上に置いてある鞄を持って部屋を出て、一階に降りていった。
一階に降りて洗面所に向かい、顔を洗った後リビングに向かうと、彩里とお父さんとお母さんが食卓を囲んでいた。
耳に少しかかるくらいの長さの黒髪に、黒に近い茶色の瞳。しっかりした体格。莉那さんほどじゃないけど鋭い目つきに端整な顔立ちの男性が、私のお父さんの佐倉戒斗。
お父さんの向かい側に座ってる人が、私のお母さんの佐倉悠璃。
腰に届きそうなくらいの長い黒髪に、茶色の瞳。どこか幼さは残っているけど整った、しかし本当に私と彩里のお母さんとは思えないくらい若々しく、見る人次第では童顔と言えそうな顔立ち。女性なら誰もが羨むような抜群のスタイル。
あまりに若く見えることと、私とほとんど変わらない身長のためか、初対面の人はまず人妻でお母さんだということに気付かない。たまに私の姉と思われたり、男の人にナンパされることがあったりする。
九尾の狐である私と彩里の両親だから、当然二人も九尾の狐だ。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、穂香さん」
お父さんとお母さんと挨拶を交わし、お母さんの隣に座る。お父さんの隣には彩里が座っている。
今日の朝ごはんは白飯と味噌汁、それに焼き魚だ。
「「「いただきます」」」
三人一緒に手を合わせ、箸を動かし、ご飯を口に運ぶ。
出来たての美味しいご飯を食べながらとりとめもない話をしているうちに、完食した。
完食した後、洗面所で歯を磨く。歯磨きを済ませたら彩里と一緒に玄関に向かい、靴を履く。
いつもならお父さんも一緒に行くんだけど、今日は出勤は遅くていいらしい。だからなのか、椅子に座ってのんびりしている。
「「行ってきます」」
「「いってらっしゃい」」
お父さんとお母さんと挨拶を交わし、外に出る。出た後、優斗の家の前まで向かう。
そこで待ち合わせて一緒に学校に行くのが、私たちのいつもの日常だ。
「あれ? お兄ちゃんいないね」
彩里は首をかしげる。
彩里の言う『お兄ちゃん』は、優斗のこと。小さい頃から彩里は優斗のことをそう呼んで慕っていた。呼び方は今も変わらない。
彩里の言う通り、優斗は待ち合わせしてる場所にいなかった。……いつもならもういるのに、どうしたのかなぁ……? もうそろそろ行かないと遅刻しちゃうのに……。
「よっ、佐倉」
「おはようございます、佐倉さん」
後ろから声を掛けられ、振り返る。振り返ると、風凛学園高等部の制服を着た少年と少女がいた。
少し細めの目で黒い瞳。短髪よりも若干長いと思えるくらいの黒髪の、端整な顔立ちの少年。
肩まで伸びている艶やかなセミロングの黒髪。僅かに赤みを帯びている茶色の瞳。羨ましいと思えるほど整った、同性の私から見ても美少女だと言える顔立ちの少女。高校生とは思えないくらい自己主張しているスタイルだ。
少年の名前は天月真司で、少女の名前は橋乃姫奈。二人は向かい側に建っている武家屋敷みたいな――というか武家屋敷そのものと言えるような広い屋敷に住んでいる。
天月君と姫奈が一緒に住んでいるのには勿論理由がある。
二人は天月家のお母さんと橋乃家のお母さんが、天月君と姫奈が生まれる前に決めた許嫁なんだとか。何れ夫婦になるのだからお互いのことはよく知っておいた方がいい、という理由で、天月君と姫奈のお母さんが二人を一緒に住ませることを決めたみたい。
私たちと天月君と姫奈は昔からの知り合いで、所謂幼馴染みという関係だ。
天月君と姫奈は何かを探すようにきょろきょろ見回して、
「優斗はどしたの? いねーみたいだけど」
「そうですね……一体どうしたんでしょうか?」
ほんとにどうしちゃったんだろう……。
私は心配しながら優斗の家の玄関のインターホンを押す。
少しした後、玄関ががちゃりと開いた。開けたのは莉那さんだった。
「ああ、穂香か。丁度いいとこに。わりぃけど、優斗起こしてやってくれねぇか?」
「起こして……って、お兄ちゃんまだ寝てるの!?」
「おいおい、マジかよ……」
莉那さんの言葉に驚く彩里と呆れる天月君。姫奈は苦笑いしていた。
というか、ええぇぇぇぇぇええ!? 寝てるの!? もう学校行かなきゃいけない時間なのに!?
「ったく、優斗の奴、何やっても起きやしねぇ。あんだけ蹴っても起きねぇなんて、どんだけ爆睡してんだか……」
莉那さんはため息を吐き、呆れたように言う。……蹴ったのはベッドですよね? 優斗を蹴ったりなんかしてませんよね!? 大丈夫ですよね!?
「まあ、そういう訳だから頼むぜ。あたしよりも恋人のお前に起こされた方が、あいつも嬉しいだろうし、すぐに起きんだろ」
も、もう知ってるんだ……優斗が私と付き合ってること……。な、なんだか恥ずかしい――って莉那さん!? 何さらっとばらしてるんですか!?
「お・ね・え・ちゃん」
後ろから聞こえた彩里の声に恐る恐る振り返る。彩里はにっこりと笑みを浮かべて、私の方にぽん、と手を置いた。
彩里の後ろでは、天月君がにやにやと笑っていて、その隣では姫奈が優しく微笑んでいた。
「後で詳しく聞かせてね?」
とってもいい笑顔で言う彩里が、少しだけ怖かった。
私はみんなに弄られるのを覚悟し、優斗の家に上がった。
莉那さんに家に招かれた後、私は階段を上がって優斗の部屋に向かった。小さい頃に何度も遊びに来たことがあるから、場所は分かっている。
部屋のドアの前に立ち、ノックする。
「優斗、起きてる?」
呼びかけてみたけど、へんじがない。まだおきてないようだ。
「入るよ?」
ドアを開けて部屋の中に入る。
優斗はベッドの上ですやすやと寝ていた。
ベッドをよく見てみると、枠の辺りに皹が入っていたりへこんだりしていた。も、もしかして、莉那さんが言ってたのはこれのこと……? 想像したら怖くなってきた……。
恐怖心を振り払ってベッドに近付き、優斗の体を揺さぶる。
「起きて、優斗。もういい加減に起きないと遅刻しちゃうよ」
誰かに体を揺さぶられるのを感じ、少しずつ頭が冴えていく。
……そういえばさっきも揺れてたな。母さんの怒鳴り声も聞こえたけど、何だったんだろう?
「……て……よ」
ん……? この声……穂香か? 何故に? ……もしかして起こしに来たのか?
穂香に起こされることは昔何度かあったけど、恋人になってから起こされるとなんかドキドキするな……。なんだか幸せだ。
幸福感を感じながら、俺は体を起こす。
寝ぼけ眼を擦り、眠気を覚ます。
「いつまで寝てるの。もう学校行く時間だよ?」
少し怒ったような顔をして穂香は言う。
「学校……?」
「もう行かないと遅刻しちゃうよ」
遅刻? 何言ってるんだ、まだ目覚ましが鳴る前だぞ? 早すぎだ。
そう思っている俺に、穂香は制服のスカートのポケットから取り出した携帯の待ち受けを見せる。待ち受けを見て、俺は目を疑った。
いつも起きる時間を三十分以上も過ぎてる!? 完全に寝坊だ! じょ、冗談じゃ……!
俺は目覚まし時計に視線を移す。時計の針はあり得ない時間をさして止まっていた。しかも秒針が微動だにしていない。
くっ、目覚まし時計が完全に逝ってやがる! 狙ったか、電池!
「外で待ってるから、早く来てね」
穂香はそう言うと部屋を去っていった。バタン、とドアが閉まる。
俺は慌てて壁に引っかけてある制服がかかったハンガーを取る。
今まで来ていた服を畳まずにその辺に脱ぎ捨て、ワイシャツを着る。青色のネクタイを結び、灰色に近い黒のスラックスを履く。最後にダークレッドのブレザーを羽織る。
制服に着替えた後、鞄を持って一階へと駆け下りる。洗顔、朝食、歯磨きなどをさっさと済ませ、急いで家を出た。ここまででかかった時間は大体十分くらい。
玄関の近くでは穂香、彩里ちゃん、真司、橋乃が待っていた。
「遅かったじゃないか……」
何故か声を押さえて言う真司。
「ああ、悪い。寝坊した」
まさか目覚まし時計の電池が切れてるなんてな……。しょうがない、学校の帰りに買ってくるか。
「じゃ、みんな揃ったところで行こうぜ。いつもより遅いけど、ま、早足で行けば間に合うだろ」
真司は軽い調子で言った。
「そうですね」
橋乃の言葉の後、俺たちは頷く。
真司の言う通り、俺たちは早足で学校へと急いだ。
新キャラまとめてみました。
佐倉彩里……穂香の妹。
佐倉戒斗……穂香と彩里の父。
佐倉悠璃……穂香と彩里の母。
天月真司……優斗たちの幼馴染み。
橋乃姫奈……優斗たちの幼馴染み。真司の許嫁。
書き終わるのに一週間以上かかるとは……。これも執筆を甘く見た報いか……。