第1話 手をつなぐのは久しぶり
今回は甘さ控えめかもしれません。
プロローグしか投稿してないのに総合評価が25pt……?
あり得るのか、こんなことが……。
ポイントをつけてくださっている読者様には感謝してもしきれません! ありがとうございます!!
「……ぐすっ……」
互いに抱き合って、一体どれくらい時間が経ったんだろう。
大して経ってないのか、或いは、既にかなり長い時間経っていたのか、よく分からない。
穂香はまだ泣いているが、さっきよりはだいぶ落ち着いていた。
「ねぇ、優斗……」
「うん?」
穂香は体を俺から少し離し、顔を上げて俺を見る。
涙で潤んだ紅い瞳が、俺を見つめていた。
「夢じゃ……ないよね? ひっく……現実……なんだよね?」
「ああ、夢じゃない」
俺は穂香を抱き寄せる。
絶対に夢なんかじゃない。
しっかりと抱きしめた穂香の温もりと、彼女から漂ってくる甘い匂いが、今のこのときが夢でないことの証拠だ。
「えぐ……ひぐ……」
俺の胸に顔をうずめ、穂香はまた泣き出した。
つられて俺も泣きそうになってしまう。
俺は片方の手で穂香の頭を優しく撫でる。
艶やかな銀色の髪が柔らかくて、心地良い。
「ん……」
一瞬の驚いた表情の後、穂香は安心しきったような安らかな表情になり、俺にさらに体を寄せてくる。
まだ涙は目から零れ落ちているが、さっきまでのように泣きじゃくってはいなかった。
「……っ」
そんな穂香にどきりとし、俺は穂香を抱きしめる力を少し強くした。
穂香が泣き止むまで、涙が止まるまで、こうしていよう。
涙を流してはいるが、どこか嬉しそうな表情でぴったりと体をくっつけてくる穂香を抱きしめながら、俺はそう思った。
「……ありがと、優斗。もう大丈夫」
さっきまで泣いていた穂香は、もう泣き止んでいた。
さっきの泣き顔とは打って変わって笑顔になり、俺から体を離した。
……もうちょっとあのままでいたかったかも。
穂香が離れたことが、ほんの少しだけ名残惜しかった。
「そろそろ帰ろ? もう結構暗いから、お父さんとお母さんが心配するし」
窓の外から空を見てみると、夕日で橙色一色で染まっていた空は、夜の色に染まりかけていた。
小さな光を放つ星がちらほらと見え始めている。
「そうだな。それじゃ、帰るか」
「うん!」
頷く穂香は、今まで見たことないくらいに晴れやかで、まるで輝いているかのような笑顔だった。
穂香が踵を返し、教室から出ようとしたところで、
「ちょっと待った!」
俺はあることに気付き、彼女を呼びとめた。
「え?」
穂香はきょとんとした表情で振り返る。
「その姿で出るのはまずいだろ」
今の穂香の姿は、普段目にしている人間の姿ではなく、獣の耳と尻尾が生えている妖狐の姿だ。
そんな姿で外に出れば確実に大騒ぎになる。
「あ」
穂香は短く声を漏らした後、体から力を抜き、リラックスしたような体勢になる。
すると銀色の髪は茶色に戻り、瞳は紅から茶色へと戻る。耳と九本の尻尾はみるみるうちに引っ込んだ。
ほんの数秒で、穂香はいつも目にしている人間の姿に戻っていた。
「じゃ、帰るか」
「うん!」
俺たちは二人並んで教室を後にし、人気のなくなった廊下を歩いていった。
互いに意識していたのか、それともただ話題がなかっただけなのか分からないが、俺と穂香は一言も喋らなかった。
傍から見れば気まずい雰囲気かもしれないけど、俺はそうは思わなかった。
好きな人(正確には人じゃないけど)の――穂香の隣は気まずくなんかなく、とても居心地が良かった。
風凛学園の校門を出た後も、俺たちは一度も口を開かなかった。
気付けばいつの間にか、一軒家が立ち並ぶ住宅街に入っていた。
俺と穂香が今いる、ここ、篠沢町の住宅街は、俺と穂香が住んでいるところだ。
だいぶ暗くなっているが、仕事帰りの人や、部活を終えた学生、買い物帰りの主婦など、外にいる人は結構多い。
俺たちは今、そんな住宅街の歩道を二人並んで歩いてる。
互いに無言のまま、だけど気まずくなく、むしろ心地良ささえ感じてしまうどこか不思議な雰囲気の中、
「……ねぇ、優斗」
穂香が顔を赤くし、もじもじしながら口を開いた。
「ん?」
「て、手……つ、つないで……いい?」
「え……?」
突然の穂香の申し出。
断る理由なんか一つもない。
というか、ここで断ったらものすごく後悔しそうな気がする。いや、絶対にする。
「あ、ああ」
俺は緊張しながら穂香に手を差し出す。
あ、やば、手汗が滲んできた……。
穂香はそんな俺の手をおずおずと握る。
穂香の手は少しだけ汗ばんでいた。
やっぱり、穂香も俺みたいに緊張してたのかな……。
俺は穂香の手を優しく握り返す。
握った穂香の手は温かくて柔らかく、そして小さくて。
強く握れば、潰れてしまいそうなくらい、儚く思えた。
「……ふふっ」
手をつないでドキドキしながら帰り道を歩いていると、穂香が笑みをこぼした。
「どうしたんだ?」
「なんだか久しぶりだなぁ、って思って」
「久しぶり?」
「うん。こうやって二人で並んで、その……手をつないで歩くのが」
穂香は耳まで真っ赤になって俯いた。
余程恥ずかしかったのか、最後の方はまるで囁くような小さな声だった。
穂香の言葉がくすぐったく感じ、顔が熱くなっていく。
きっと今は、二人揃って顔を赤くしているんだろう。
「そ、そういえばさ、最後に手をつないだのっていつだったっけ?」
俺は取り繕うように穂香に尋ねる。
何か喋ってないと、ドキドキしすぎておかしくなりそうだった。
「えっと……確か、初等部から中等部に上がるくらいのとき……だったかな?」
言われてみれば確かに、そのときくらいから急に恥ずかしくなって、手をつながなくなってたっけ。
今にして思えば、穂香のことを異性として意識し始めたのも、そのときくらいだったかもしれないな。
「またこうして手をつないで、その……恋人同士になって、一緒に歩く日が来るなんてね……」
「……そ、そうだな。まさか、お前と恋人同士になるなんて思ってなかった」
照れくさくて面と向かって言うことができず、俺は穂香から顔を逸らす。
互いの顔を見ることがまともにできなくなり、目が合うたびに逸らす俺たちだったが、だんだんと慣れていった。
面と向かえるくらい慣れた俺と穂香は、道中、他愛のない話で盛り上がった。
――幸せ者だな、俺は。
穂香と一緒に、手をつないで歩きながら話をしているとき、俺は心からそう思えた。
話ながら歩いていると、いつの間にか自分の家の前まで来ていた。
楽しい時間は過ぎるのが早いな。
薄い茶色を基調とした黒い屋根の家が俺の家で、その隣の白を基調とした清潔感のある、藍色の屋根の家が穂香の家だ。自分の部屋の外のベランダから互いに話せるくらい近い。……流石に飛び移れるほど近くはないけど。
余談だが、俺と穂香の家の前の道路を挟んだ向かい側には、武家屋敷としか言いようのない、広くて立派な家がある。
「また明日ね、優斗」
「ああ、じゃあな」
家の前で穂香と別れ、玄関を開けて中に入る。
「ただいまー」
そう言った後靴を脱ぎ、リビングのドアを開けると、
「おせえぞ優斗!」
「うわ!」
黒っぽい茶色の長髪と鋭い目つきが特徴の端正な顔立ちの、スタイルの良い女性、式咲莉那が抱きついてきた。
男勝りな口調のこの女性は、俺の母さんだ。
既に四十代だが、とてもそうは見えないくらい若々しい。
「連絡くらいしやがれ! 心配するだろうが!」
こんな言葉遣いではあるが、根はとても優しい。
俺を心配してくれてる今の様子からはとても想像できないが、母さんは若い頃、『鬼神』と恐れられるほどの不良だったらしい。なんでも、警察が手を焼いていた暴走族や不良グループを、一人で壊滅させたことがあるんだとか。
初めてそのことを聞いたときに滅茶苦茶驚いたのは、今でもはっきりと覚えている。
「お、お前に何か……あったんじゃ……ないかって……」
母さんはわなわなと震えながら、俺をより強く抱きしめる。
「大丈夫だって、別に何もなかったからさ。……ちょっと寄り道してただけだって」
穂香に告白してたから遅くなった、とは流石に言えない。
いくら母さんとはいえ、言うのは恥ずかしい。
「……そ、そうか……なら、いいんだ」
いろいろ訊かないでくれてありがとう。
母さんは帰りが遅くなった理由を深く訊かずに俺から離れると、踵を返して台所に向かった。夕飯の用意をするためだろう。
そのときの母さんの目には涙が溜まっていた。
泣くほど心配してたのか……。
そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちになる。
……とりあえず、部屋着に着替えるか。制服のままいるのも何だし。
俺は母さんに対して心配かけたことを申し訳なく思いながら、階段を上り、自分の部屋に向かった。
優斗と別れた後、私は浴室でシャワーを浴びていた。
学校から帰った後にシャワーを浴びるのが、私の日課だ。
「ふぅ……」
全身をしっかり洗った後、私は蛇口をひねって噴出するお湯を止めた。
お湯の熱で火照った体をつたって、水滴が流れ落ちる。
「優斗……」
大好きな幼馴染みの名前を呟く。
シャワーを浴びているときから、頭の中は優斗のことでいっぱいだった。
好きだって、言ってもらえたんだよね、私……。
教室の出来事を思い出すたびに、熱で上気した体はさらに熱くなっていく。
「えへへ……」
優斗のことを考えるたびに、顔がほころんでいくのが分かった。
私、こんなに好きだったんだ、優斗のことが……。
そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。
なんかもう、色々と熱くなっておかしくなっちゃいそう……。
「……」
う……なんだか頭がくらくらしてきた……。
もしかして、優斗のことばかり考えててのぼせちゃったのかな……?
……そろそろ出よう。このままだと、優斗のことを考えすぎて本当におかしくなりそうだし。
私は少しふらふらしながら戸を開け、浴室を出た。
そのときも、優斗のことで頭がいっぱいだった。
甘いシーンを書くたびに身悶えしてしまいますw
甘々な描写に耐性をつけなければいけないなぁ、と思ったり思わなかったりw