Ⅰ章 到着「伝承の詳細および疑問点の提起について」③
祁答院はそれを朗々(ろうろう)と読み上げ始めた。
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むかしむかし(一七〇三年。元禄一六年)。この地には伊織という貧しい武士のむすめと、石和小兵太という、これまた貧しい若ざむらいが住んでいました。
二人は好き合い、けっこんの約束をしていましたが、ある日、大じけんが起こります。
小兵太のお父さんが、五郎左というさむらいに殺されてしまったのです。
その後、五郎左は逃げてしまい、小兵太はお父さんの死をとても悲しみました。
ですが、小兵太はさむらいです。さむらいであるため、お父さんのかたきを取らねばなりません。小兵太はかたきうちの旅に出る決心をし、お殿さまのゆるしをえました。
おはかまいりを終え、家宝の刀をこしにさし、いよいよ旅立とうとした小兵太の前に、伊織があらわれます。
伊織は、泣きながら小兵太を止めました。
「五郎左はとても強い。小兵太さまもころされてしまう」と。
小兵太は、言いかえしました。
「やる前からできないと決めつけるなんて、さむらいのはじだ。それに行かなければ、みんなから勇気がないとばかにされてしまう」
伊織はさらに言います。
「勇気がなくてもかまいません。だから、二人で逃げましょう」
それは、小兵太もほんとうはそうしたいと思っていたことでした。
でも、小兵太はさらに言いかえします。
「二人で逃げたら、わたしのお母さんをみすてることになってしまう。それはできない」
小兵太のお母さんは、もうおばあちゃんです。足もふじゆうで、いっしょに連れて行くことはできません。
それに二人だけで逃げれば、こんどはお母さんがみんなからばかにされるでしょう。親孝行な小兵太には、とてもできませんでした。
お母さんもだいじだ。小兵太のことばに、伊織はなにも言いかえせません。
それでも、伊織は小兵太のきものをつかんで引きとめます。ここで小兵太を旅に出してしまえば、きっともう会えなくなる。だから、ひっしにとめました。
「ごめん!」
そんな伊織を、小兵太はつきとばします。
心の中であやまりながら旅立つ小兵太のせなかに、ころんだ伊織は声をかけました。
「小兵太さま。いつまでもまっています」と。
立ちどまった小兵太は「かならず帰る。この刀にやくそくしよう」と言いのこし、旅だっていきました。
しかし、一年たち、二年たっても、小兵太は帰ってきません。
伊織のお父さんは、「もう小兵太さんは帰ってこない。だからおまえのけっこんあいては、ちがう人にしよう」と伊織に言います。
伊織は「小兵太さまでなければ、いやです」とことわりつづけ、ついに三年たったとき、町にはあるうわさがながれました。
小兵太が、どこか遠くの土地で五郎左に殺されてしまった、といううわさです。
伊織もこれを聞き、とても悲しみました。
そして悲しみのあまり、龍神さまが住むという大きな池へ、身を投げてしまったのです。
「小兵太さまのかたきを」
池にしずんでいく伊織は、龍神さまにそうねがいます。
そのとき、伊織はふしぎな声を聞きました。
「おまえのねがいをかなえよう」
そして伊織は龍神と一つになり、池より舞い上がったのです。
ごろごろ、ぴしゃーん。
怒りに燃える龍神は大あらしを呼び、いかづちをまとって五郎左を追います。
追われた五郎左は、近くにあったお寺(旧仁祥寺。現在は跡地)へと逃げ込みました。
でも、それくらいでひるむ龍神ではありません。口からまっかな炎をはき、五郎左をさらに追いつめます。
ついに逃げ場をうしなった五郎左は、お寺のつり鐘のひもを切り、その中へとかくれてしまいました。
なおも龍神はあきらめません。つり鐘を体でぐるぐる巻きにし、ごうごうと炎をはきだします。
けっきょく、五郎左はつり鐘の中でむし焼きにされてしまい、伊織はねがいを果たしたのでした。
それでも龍神の怒りはおさまりませんでした。
お寺を焼きはらい、この地に大あらしをもたらしつづけます。いよいよ洪水が起こるすんぜんとなり、こまりはてたみんなは、そろってお殿さまへおねがいしました。
「この大あらしは、龍神となった伊織が怒っているせいです。このままでは、みんな死んでしまいます。なんとかしてください」
もちろん同じことを考えていたお殿さまは、さっそくけらいに命令して、池のほとりに神社を建てます。この神社に伊織神社と名づけてみんながまつると、ようやくあらしはおさまったのでした――
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