Ⅲ章 邂逅「情報より導かれる仮説とその裏付けについて」⑧
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石和修二がパイプイスに座るこの部屋は、はてしなく狭かった。
面積にして二畳もないのではないかと思われる部屋には、スチール製のデスクが向き合う形で二つ並べられている。照明も暗い。おかげですぐそばに顔を寄せてがなり立てる小太り刑事の顔もよく見えないし、その顔自体も影ができて凶悪さを増していた。
刑事ががなる内容もひどい。同じことの繰り返しだ。壊れたスピーカーでも、入力さえきちんとやれば違う音楽を流すだろう。聞き難くても、そちらの方がまだましというもの。右から左に聞き流す石和は、思い返したくないこの事態の元凶について思い返していく。
――石和隆史。石和の父であり、三年前に病死した郷土史家。
地域屈指の研究者である彼に対する石和の記憶は、書斎で書物を読み散らかすその背中から始まっている。
まだ石和が子供のころ、寝食を惜しんで研究に没頭する隆史は尊敬の的だった。高い知識を持たなければ読むことすら叶わない古文書を楽々と読みこなし、石和に嬉々として研究内容を語り、どんな疑問にもよどみなく答えてくれる隆史は頼もしかった。理想的な父親だったのだ。
が、それは石和がお金の概念をよく理解できていない時期まで。
大黒柱が働かず、自分の趣味に埋没する一家の生活が立ちゆくはずもない。郷土史の研究など、銭を産み出さないのだ。石和がもはや顔も覚えていない母は、記憶に隆史と口論している姿しかない。それもいずれ口を閉ざし、ある日に家を出たきり帰って来なかった。理由や目的は、語る必要もないだろう。
隆史の行動はそれでも改まらなかった。どころか、ますますのめり込むようになった。
家事は薗生が一身に担い、石和への直接的は負担増は限定的だったが、それよりも重大なものが石和に父への不信感を持たせ、やがて憎悪へと変化させていく。
この父は、どこから生活費を工面しているのか。
本人は、出版された本の印税だという。信用できるわけがない。強面の連中が近所をうろつくようになってからは、なおさらだった。
姉に質問しても、大丈夫の一点張り。どこが大丈夫なのだと叫んでみても、義務教育の過程にいた石和に何ができるわけもなかった。
不安に覆われた彼の高校生活が終わったとき、それは表面化する。
ヤミ金から借金してFX取引を行い、利ざやをその返済と生活費に充てるという自転車操業は、財テクの知識に乏しい隆史には不可能だった。むしろ、ここまで保ったのが奇跡に近いだろう。
おりしも隆史は病気を患い、あっけなく世を去る。残されたのは、売り払ってもスズメの涙にしかならない田舎の土地と、莫大な裏金融の借金だった。
本人が亡くなったから、借金はチャラ――という理論が彼らに通じるはずもなく、それはそのまま石和が背負い込む形となる。隆史は石和にマイナスしか残さなかったのだ。
せめてもの慰めは、隆史の死後に事実をようやく知った叔父の仁科が極道者に顔を利かせ、一般金融機関の借金に切り替えてくれたこと。それがなければ、たとえ奨学生といえども石和が大学へ通う余裕はなかったし、薗生にいたってはどこに売り飛ばされているか分かったものではなかった。
(そんな恩人を、この俺が殺すと?)
喉まで出かかった激情を、石和はぐっと抑える。目前にいる人間に感情を訴えてもムダだと、冷えた頭脳が結論を囁くがゆえに。
信頼できるのは、自分。あとは苦労を分かち合うわずかな人間のみ。他人とは接点をできるだけ持たず、関わらず、知り合いたくない。信用ならないから。これが借金に追われ続けた石和のたどり着いた信条だった。
そして、何より許せないのが自分。
かつて父がのめり込み、身を持ち崩した学問に興味がある自分だ。
父への憎悪と、同等の自己嫌悪。気が付けば、縛られて動けない自分がいる。それも許し難い。なぜ、自分はやりたいこともできないのか。意志も、実力すら備えているというのに。
それでも、あのクソ野郎と同じ道だけは歩みたくない。そのためなら――




