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Ⅲ章 邂逅「情報より導かれる仮説とその裏付けについて」⑥

 * * *


 けっきょくのところ、祁答院けどういん以下による奥森おくむら神社訪問に得る物はなかった。

 ただ、祁答院個人は大いに満足している。鹿神かがみとの対談は記紀きき(古事記と日本書紀を指す)の知識を披露ひろうし合い、その解釈をめぐって討論するという、まさに神のロマンに魅せられた者たちの熱き語り合いであったからだ。


 また一人、ライバル(しんゆう)を得た。


 思いは共通で、祁答院は鹿神に「今晩は飲み明かしませんか」とまで誘われたのだ。

 が、さすがに固辞こじして石和家の門をくぐっている。停めた車から降りてみれば、先行して降りた有川が石和から預かったカギで玄関を開けていた。そのそばに立つ古砥部ことべともども、やつれているような気がするのは正解だろう。


「ただいま、だ……」


「ただいま。だれもいないけどね……」


「二人とも、お疲れさま」


「ホントにそうですよ。神様のお話で、なんで五時間も話題が続くんですか?」


 その理由は有川の言葉通り。後ろから声をかけた祁答院に振り向くその顔は、少しこけているような印象があった。


「勉強になっただろ?」

 祁答院の言葉は決して嫌味ではない。神道を正しく理解することは、エコロジーにもつながる最新の〝理論〟であると彼は思っている。信者としてではなく、学者としての見地からそう思っているのだ。


「さっぱりでしたよ。しかも、肝心かんじんの伊織神社については収穫なしですし」


 もちろんそんな思想は、げっそり返事をする有川に理解できるわけがない。


「しかたないだろう。それに有川さん。君も国語か日本史の教師を目指そうというなら、記紀くらいは大まかな内容を知っておいた方がいい」


「そうですけど……。今日のお話は、むずかしすぎです」


 露骨ろこつまゆを寄せる有川にとって、奥村神社で強制的に聞かされたトークは拷問ごうもん以外の何物でもなかったようだ。

 タタキを上がって廊下を抜け、もはやおなじみとなった居間へ。到着した祁答院は、そのまま無言で畳に寝転がる古砥部を尻目に言葉を続ける。


「たしかに、今日の話は少しだけむずかしかったかもしれん。しかしせっかくだ。今晩は奥村神社に祀られている白山比咩神しろやまひめのかみについて軽く講義しようか?」


「嫌です」


 にっこり断言する有川は、お茶を用意するため台所へと消えていく。聴衆を失った祁答院は静かに古文書の調査を再開した。


 ――奥村信雄おくむらのぶかつ日記。そう表題された本のページをめくる。


 この本はタイトル通り、小兵太こへいた仇討あだうちの許可を与えた奥村家第七代当主、奥村信雄の日記だ。当初は借りてくる予定ではなかった本なのだが、まぎれ込んでいたらしい。ただ小兵太に縁のある人物と判明した現在は、それなりに読む価値があるだろうと判断した物だった。


「ううむ……」


 が、感想はうめき声しか出てこない。これは日記というより、デ○ノート江戸時代版だ。

 何月何日アイツがムカついた、何月何日アイツのここが許せない、といった内容がえんえんと書きつづってある。他人への悪口など、聞いて楽しいものではない。まして、読むとなると相当の苦痛。頭痛をこらえながら読んでいくと、さらにその偏執へんしつぶりが浮かび上がってくる。同じことを繰り返し書いているし、特定の個人に対する攻撃頻度が高いのだ。


「ん!」


 読むだけムダか。そう思って閉じようとした直前、祁答院は小兵太に関する記述を見つけた。

 彼が旅立つにあたって、特に謁見を許したとの内容だ。


「む……」


 しかし、読み取れるのはそこまでだった。大いに期待していると伝えたうんぬんといった内容のみで、単なる部下への激励だけ。さほどの意味を持たないだろう。


「どうぞ」


「ああ、すまない」


 有川の声。ちゃぶ台に湯飲みが置かれた気配に祁答院は顔を上げ、一口すすった。


「古砥部は?」


「冷たいのがいいぞー」


「そう言うと思った。はい」


 置かれた麦茶入りのグラスに反応し、起き上がった古砥部は両手を使ってこくこく飲み始める。


(それにしても……)


 その様子を横目でながめる祁答院は、帰りの車内で彼女が指摘した一件について思考を巡らせていく。


 あの刀はすごいぞ。あれに斬られたら、古砥部もケガをするくらい――


 これが古砥部の言。あいかわらずの説明不足だが、言いたいことは分かる。おそらく彼女は、鹿神の所有する刀が〝妖刀〟であると言いたかったのだろう。


 不思議ではない。聞けば奥村氏はかつて信濃(長野県)に勢力を張った諏訪すわ氏や阿蘇あそ宗像むなかた氏などと同様に、神社が軍事力を持って発展、大名となった一族だという。血生臭い説話は数多くある。いわくつきの刀の一本や二本が転がっていても、むしろ当然ととらえるべきだ。


 妖刀についても多少の説明を差し挟むならば、人を殺し、殺される過程で刀にやどる様々な想い。これがおそらくその神髄しんずいであろう。


 神が制作したと伝承にうたわれるような剣はさておき、造られた時点での刀にこもる念は、佳品を作りたいと願う制作者の想いしかないはず。学術的な見地に立てば、村正の妖刀伝説はあまりの切れ味がもたらした悲劇から後付けされた迷信にすぎない。とはいえ、真田幸村さなだゆきむらなど村正を手にした歴史上の人物に非業ひごうの死を遂げた者が多いのも事実。偶然で片付けるにはできすぎた話なのだが。


(しかし……)


 あの刀が石和小兵太のものである可能性もあるのか。祁答院はその思考にいたり、すぐさま自説を否定した。


 対談のさい、きょうが乗った鹿神は刀を披露ひろうしてくれている。つかを外し、なかごと呼ばれる部分も見せてくれたのだが、そこにはなんの銘も彫り込まれていなかった。彼の説明通り無銘の品であることは疑いがない。

 それに加え、小兵太は旅立った三年後、どこか遠方の地で殺されたという。当時を考えれば遺品がもどってくる可能性はゼロに近い。


「センセ、どうしたんですか?」


 湯飲みをみつめて静止していた祁答院に、有川が胡乱うろんげな声をかけてきたときだった――


「妖怪学~」ひさしぶりの更新ですね。

もう一本の方は一段落ついているので、当面はこちらに集中したいと思っています。おそらく連続更新(一日二回の可能性も)していくので、よろしくお願いします!

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