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Ⅲ章 邂逅「情報より導かれる仮説とその裏付けについて」⑤


「どう思う、のび太?」


 外へ出た前園まえぞのは、玄関の戸を閉めるなり折田おりたへぶっきらぼうな問いを放つ。

「どうって……。普通の人に見えましたよ。話のかぎりでは、仁科にしなとの関係は知人以上友人未満って感じですかね?」


「そのまんまだな。アリバイもないし、いちおうは捜査対象に入れておこう」


「というか、アリバイのある人がいませんけどね」


「まあな。んじゃ、行くか」


 次の目的地に向かうべく、境内へと足を踏み出した前園は考え始める。


 先ほど鹿神かがみの言葉にもあった通り、仁科政義にしなまさよしは勤め先の奥村建設の同僚と何度かトラブルを起こしていると判明していた。長引く不況のあおりを受けた最近では、仕事をよこせと社長の奥村信保おくむらのぶやすの許へどなり込んだこともあったという。


 いずれも酒を飲んだ勢いらしく、地元の駐在がケンカの仲裁に入ったことも一度や二度ではないらしい。事実、仁科の死体からは泥酔と言えるほどのアルコールが検出されている。酒の席で仁科ともめた犯人が突発的な犯行におよんだ、というのが現状はもっとも濃厚な動機で、この情報を鹿神のような顔見知り程度の人間が知っているという事実が、訪問におけるいちばん大きな収穫だった。


 引き続き、前園は脳内で状況を整理していく。


 まず、目撃者は皆無。

 今後に期待するとしても、現状はそちらの方向から容疑者を特定するのは不可能に近い。


 次に、凶器である刀剣類の行方。

 きのう訪問した奥村信保や先ほどの鹿神など、被害者の知人かつ所有の届出をしている人間を優先的に訪問して所在の確認をする一方で、遺棄された可能性も考慮して捜索していた。

 が、いまだ発見に至っていない。ようするに、物証も皆無。


 凶器さえ出てくれば。


 と、前園は思う。刀剣類は法律の規制で都道府県教育委員会への所有届け出が義務づけられている(銃器は警察庁となる。これは刀剣が法律上は美術品とされているせいで、所有に対する規制は届け出のみ。だれでも購入可能)ため、所有者の割り出しが容易なのだ。しかし、すでに当たった刀剣商や所有者はいずれも空振りに終わっていた。


 最後に、犯人の交通手段。

 このあたりは田舎。近隣住民でないかぎり、移動にはかならず車かバイクを使用することになる。が、これも目星は付いていなかった。


(徒歩か?)


 前園は自分の思考に立ち止まる。

 盲点かもしれない。伊織神社近辺の夜間は、かなり静かな場所。車が通れば普通の人間はまず気付くし、近隣住人から犯行時刻に物音を聞いたという証言も得られていなかった。とすると、これは正解の可能性が高い。


(伊織神社の近所に住んでるヤツか?)


 あるいは車やバイクを遠方に停め、そこから徒歩で移動したか、だ。

 しかし目下のところ、候補がいない。引き続き、知り合いの中で怪しそうな人間を当たっていくしかないだろう。そのためにも、まずは仁科政義の通夜に顔を出すべきだ。ひょっとしたら、弔問客に挙動不審者を見いだせるかもしれない。


(初動の二日間で捜査がここまで進展すれば、まあ上出来か)


 肩をごきりと鳴らした前園が、奥村神社の鳥居をくぐった時だった。


「お……」


「あ……」


 若い女性を引き連れた色男と目が合ったのは。


「また見えるよ……。ボク、やっぱり頭がおかしくなったのかな……」


「アンタたしか、石和修二いさわしゅうじと一緒にいた……」


 またしても怪しげな独り言をつぶやく折田を無視し、彼女なし生活が長い前園は男に半分やっかみを込めた視線を向ける。


「伊織神社でお会いしましたね。私は実岡さねおか大で助教授を勤めている祁答院けどういんと申します。石和君は私のゼミ生です」


 慣れているのか、取り合わない祁答院は涼しい顔でお辞儀した。

 ただ、鹿神とは違って演技がある。うさん臭さを感じる慇懃いんぎんさだ。


「なるほどね。で、その助教授さんは何をやってるんだ? オレたちの行くとこ行くとこ現れて?」


 あやしいと思うと、とたんに態度が悪くなる。前園は刑事の悪癖を全開にして問いただした。


「伊織神社の調査ですよ。私は民俗学を専攻しておりますので」


「なるほどね。失礼ですが、なんの調査ですか?」


「伊織神社の伝承についてですよ」


「じゃ、なんで奥村神社に?」


「こちらで宮司をやっている鹿神さんにも、お話をうかがおうと思いましてね」


 身長の都合で見上げる形となった前園の凶悪な視線に、祁答院は顔に微笑すら浮かべた冷静さで応じる。昼下がりの奥村神社は、さながら二人の剣士がにらみ合うコロシアムのような緊張感に包まれていった。そこへ、


「ひいいいい!」


 必死に何かを振り払おうとジタバタする折田の絶叫が響きわたる。


「のび太うるせえ! の、わりにゃあ石和修二の姿が見えないが?」


 きょうがれた前園は顔を向けてどなりつつ、横目で祁答院をにらみ上げた。


「仁科さんのお通夜が今晩なのを、刑事さんもご存じでしょう。石和君はお手伝いに行きましたよ」


「そういや、父方の叔父だって言ってたな」


 仁科政義の妻であるみすずは、石和の父親である石和隆史いさわたかしの妹だと裏が取れている。石和と仁科の両家には、ほかに付き合いがある親戚がいないことも。


「そうでしょう?」


「うむ……」


 すじは通る。前園は祁答院を見すえたままあごに手を当てた。


「では、私たちはこれで。有川ありかわさん、古砥部ことべ、行こう」


 途切れた会話を、祁答院は行ってよしと受け取ったらしい。前園の目に勝ち誇るような笑みを浮かべ、去っていく。


 それを見送らない前園の背に、唐突な声がかかった。


「刑事さん……。伊織神社ですが、あまり近付かない方がよろしいでしょう」


「……どういう意味だ?」


 振り向く前園の目に、やはりこちらへ向き直っていた祁答院の姿が映った。


「龍神は、目覚めました」


 にこりともしない、しかしおのれの言動にまったく迷いが感じられない、真摯しんしな瞳。それは長年にわたって刑事生活を続けてきた前園にも、絶対の真実を告げている者の瞳と見えた。

 だが、セリフ自体はトンデモ話もいいところ。混乱する前園をよそに、祁答院はふたたび背を向けて歩き去っていく。


 彼らが手水舎の手前を曲がって視界から消えた後、前園は呆然と感想を口にした。


「なんだあの先生さまは? 頭がおかしいのか?」


 非常識を常識として語る人間への評価は、まともに考えてそれしかない。白昼夢のような邂逅かいこうから我に返った前園は車にもどろうとし、


「……折田、何へたれてやがる」


 ようやくその場で腰を抜かしていた折田に気付いた。


「だって……ゾノさん見えなかったんですか? あいつら変なの連れてましたよ?」


「変なのって、なんだよ?」


「昨日も言った、あの犬っぽいヤツです」


「のび太もかよ……」


 前園はこれ以上キ○○イどもの相手はゴメンだとばかりに頭を振る。もう帰って酒を飲んでふて寝したかった。


「しかし露骨ろこつに怪しいな、あの先生は。……それに、石和修二か……。のび太、石和修二についてはどうなってる?」


 だが、仕事は明日の酒のためにしなければならない。気を取り直して言葉を続けた。


「え……。まだ、誰も話を聞いてないみたいですね」


 立ち上がってメモをめくり始めた折田は、びっしりと書き込まれたそれからまたたく間に情報を引き出す。


「ち、うちの連中は何をやってるんだ……」


「あ。石和の家もポン刀を一本登録してます」


 能なしどもめ、と地面にツバを吐き捨てる前園に、メモの一点で指をとめた折田の聞き捨てならない一言が突き刺さった。


「のび太」


 前園の目が光る。思い出したのだ。仁科政義に近しい人間で、伊織神社へ徒歩で現れた人間がいたことを。


「はい、折田です」


「んなこたどうでもいい! 課長に連絡しろ。石和と仁科の関係について、徹底的に調べさせるんだ!」


 叩けば必ずホコリが出るはずだ。自らのカンを確信して詰め寄る前園に、なぜか折田は顔を青ざめさせる。


「どうしたのび太? さっさとしろ」


 身内にも連絡できない非常事態には、ほど遠い。疑問を覚えてつめ寄る前園に対し、


「だって……課長……怖いんだもん……」


 折田の事情は全力で脱力感を誘うものだった。


「オレと、どっちが怖い?」


 ひく、とこめかみに青筋が立つのが自覚できる。それでも前園は握った拳を後ろ手にして笑顔を作った。すると何をカン違いしたのか、折田は妙に晴れやかな顔で、


「そりゃもちろんゾノさ」


 最後まで言わせるわけがない。前園は思いきりぶん殴る。もちろん、答えがどちらでもそうするつもりだった。


「じゃあ、答えは一つだよな?」


 もう一発いっとくか。前園がにこやかな凄みを利かせると、ふるふる首を横に振った折田は泣きながら携帯を取り出した――



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