Ⅲ章 邂逅「情報より導かれる仮説とその裏付けについて」④
* * *
――こういうのも、たまにはいいもんだな。
前園俊馬は、通された和室に響く風鈴の音色に耳を傾けながらそう思っていた。
開け放たれた窓からかすかな涼風がそよぐ。昼下がりというもっとも暑い時間にもかかわらず、周囲を木々に囲われたこの和室はすごしやすい。扇風機いらずだった。
前園があぐらをかくその前にはちゃぶ台があり、上に置かれたコルクのソーサーには、琥珀のような色合いを放つ麦茶入りのグラスが載っている。大汗をかき、いくつかの氷を浮かべているそれを手に取った前園は、炭酸とアルコールがプラスされていればなおいいんだが、と考えながら喉を潤した。
からん。
なかばを飲み干して元の場所に置いたグラスが、氷とガラスのぶつかり合う涼やかな音を立てる。
と、ふすまを開いたままとなっていた廊下から、木を踏みしめるリズムが近付いてきた。
「どうも、大変お待たせいたしました」
それが部屋の前で止まったとき、いつもの衣装に身を包んだ家主――鹿神昭典が一礼しながら和室へ入ってくる。前園は居住まいを正した。
「いえ、こちらこそ、突然おジャマして申し訳ありません。では、さっそく拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい」
さすが神職とでも言うべき洗練された所作で着席した鹿神は、小脇に抱えていた二振りの刀を差し出す。
「のび太」
それを、前園の指示で白手袋を装着した折田新一郎が受け取った。
渡された刀を静かにちゃぶ台へ置いた折田は、まず太刀を取って鞘から抜き放つ。次いで取り出したメジャーを使って刀身を計測していく。
「こちらの刀は、いつごろ手に入れられたのでしょうか?」
その様子を横目でながめながら前園は口を開いた。
「先祖代々のもの、と父より聞いております。まあ、本当のところは分かりませんがね。銘はありません」
少し考えた鹿神は、おだやかな態度を崩さずに答える。
「ふむ……。しかし、佳い品に見えます。無銘でも、さぞお高いのでしょうなあ」
「はあ……。実は、よく知らないのです。私も剣道の心得はありますが、刀剣の目利きはまた別の問題ですから」
「おっしゃる通りですな」
前園は素直に同意した。彼も今回の事件に携わるに当たって、多少なりとも刀剣について勉強したのだ。分かったのは「素人に目利きは無理」だということ。一人前の鑑定ができるようになるには、もはや「刀剣道」ともいうべき勉強と実地が必要になる。そんな金持ち道楽につぎ込む熱意を、むろん前園は持たない。真偽の確認を放棄して言葉を接ぐ。
「脇差の方は?」
「そちらに関しては、私にもよく分かりません。ですが、少なくとも私が子供の頃から家にありました。こちらも無銘のものです」
鹿神は目線を外し、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「なるほど……」
これも言葉のみの同意だ。前園では確認のしようがない。鹿神が目を伏せたのを幸いとし、言動から真偽を確かめようとながめ回したが、これも分からなかった。
あきらめた前園は、仕方なく折田へ話を振る。
「どうだ?」
「まちがいありません。長さも登録通りです」
ちょうど脇差の計測を終えた折田が、おっかなびっくりといった手つきで脇差を鞘に収めていく。
「そうか。鹿神さん、ありがとうございました」
頷き、向き直った前園は、内心で舌打ちしながら頭を下げた。本当なら試薬を用い、刀身から血液反応が出ないか調べたいのだ。
「いえ、このくらい。たいしたことではありませんよ」
鹿神は微笑を崩さず、大仰に首を振る。が、目は折田の手元を心配そうにながめている。
(やはり頼めないか)
そんな鹿神の様子を見て、前園は内心で歯がみしながら検査をあきらめた。
刀は粗悪品でないかぎり、百万円単位で売買される品。素人同然のあつかいを見せる折田に気をもむのは当然だった。
それに、血液反応の確認に使う試薬は液体である。液体である限りは刀身に垂らして反応を見るのだが、日本刀は所有者が美術品として所有している場合が多い。液体の付着にいい顔をしないし、どころか刀にとってサビは天敵で、所有者は吐いた息が刀身にかかることさえ嫌がる。だいいち、血液が洗い流されていれば試薬は反応しないし、強引にやれば補償問題にも発展しかねないのだ。
やはりこれ以上の任意捜査は難しいと判断した前園は、次の話題への布石を打つ。
「すみませんねえ。しかし、困ったモンですよ。目撃者はおろか、物音を聞いた人すら出てこない。仁科さん自身もずいぶん社交的な方だったようで、知り合いに話を聞いて回るだけで一苦労です」
「ご苦労様です」
折田から刀を手渡された鹿神は、安堵の表情を見せながら腰を折る。その折田がメモ帳を取り出したのを確認した前園は「しっかりメモれよ」の意味を視線に込めて折田を見つつ、話をこの訪問の真の目的である情報収集に切り替えた。
「鹿神さん。おうかがいしたいんですが、仁科政義さんってのはどんな方でしたか?」
「そうですねえ……。もうご存じかと思いますが、昔からこの辺りに住んでいらした方です。男気のある方で、皆さんの評判も良かったですよ。当奥森神社で催すお祭りにも、有志としてまとめ役をこなして下さっていましたし。神職の私は大きな声で言えませんが、何度かお酒をご一緒したこともあります。盛り上げ上手な方でしたね」
「なるほど。では、仁科さんと何かトラブルを抱えていたような方に心当たりはありませんかね?」
「う~ん、そうですねえ……。私は心当たりがありませんが、頑固な方でもあったので、つかみ合いのケンカ沙汰は、何度かあったと聞いております」
「そうですか。では、仁科さんと懇意にされていた方のお名前を、知っている限りで教えていただけませんか?」
「はい……」
鹿神は時に考え込みながら知人の名を列挙していく。が、前園が途中で折田に目をやると、メモ帳から顔を上げないまま首を横に振っていた。どうやら新しい収穫はないようだ。
「お力になれず、申し訳ありません」
その様子を見て、二人の成果を悟ったのだろう。名前をすべて挙げ終えた鹿神はすまなそうに三度頭を下げようとした。
「いえ、充分です」
「ゾノさん、そろそろ……」
それを前園が手で制すると、時計を確認した折田が肘で前園をつつく。
「もうそんな時間か?」
「はい。今から行けば、ちょうど間に合います」
折田の目がメガネ越しに光った。この手の秘書的な仕事をやらせれば、彼は本当に優秀な人材なのだ。前園は頷き、まっすぐ鹿神の目を見た。
「鹿神さん。あわただしくてすいませんが、我々はこれで」
「もう、ですか?」
「はい。これから仁科さんのお通夜に顔を出さなければなりませんので。失礼いたします」
「いえ。こちらこそ、なんのお構いもできずに……」
仕事中に刑事の訪問を受けた民間人が、迷惑がっていないはずがない。それでも鹿神は残念そうに目を伏せた。さすがにこの態度は表面上だろう。が、それをよく知る前園ですら「ではもうしばらく」と言ってしまいそうになるほど見事な社交辞令だった。
腰を浮かせた二人になおも引き留めるそぶりを見せ、再度の固辞に「ではせめて玄関まで」と申し出た鹿神の見送りを受け、二人は奥村神社の母屋を辞去した――
ども、ひさしぶりに「妖怪学~」を更新した筆者です。
物語を書くにあたって、私は資料を購入する(妖怪関係の資料はデフォで存在する。つか、放っておいても勝手に増える)のですが、今回のお話はそのモトを取ろうとしたフシが見え隠れします。刀剣関係の説明あたりですね(笑)。セコいな、私。
それにしても「ぜんぶ書き直してえ!」とか、まだ書いている途中で思う私はダメ人間でしょうか?




