Ⅲ章 邂逅「情報より導かれる仮説とその裏付けについて」③
祁答院は恭しく一礼する。
「よろしくなー」
祁答院の堅苦しさを補うフレンドリーな古砥部。対照的なだけに、二人が人に与える印象は信頼感と親しみやすさを両立させていた。
「ま。古砥部様もお力を貸して下さるんですか?」
伊織はほっとしたように息をつき、顔を和ませる。
「おう! 任せろ!」
「お願いしますね」
大いばりの古砥部に始まる伊織のなでなで攻撃。そのおちつきに機会を見出した祁答院は本題を切りだしていった。
「さて伊織さん。小兵太さんを探すにあたって、いくつかお聞きしたいことがあります。よろしでしょうか?」
「……はい。なんなりと」
「ではまず、最初の質問。小兵太さんなんですが、勤めていたのは御蔵奉行(ぶぎょう
麾下の御蔵方でまちがいないでしょうか?」
「……はい」
「小兵太さんのお父上は、右馬之介さんですね?」
「……はい」
「右馬之介さんは、勘定所の検計方だった。これも、そうでしょうか?」
「……勘定所、だったと、思います。それ以上は……」
「そうですか。では、奥村藩は二万石。藩主は奥村主計頭信雄様」
「……はい」
石和と有川、古砥部の三人が沈黙で見守る中、祁答院と伊織の一問一答は続いていく。いずれもすでに判明している事実ばかりを並べ、肝心の部分にわざと触れないのは、まずは伊織に自分を思い出してもらいたいという祁答院の配慮だ。
伊織の返事がだいぶ力強くなってきた感じた祁答院は、不意に核心の糸口となる質問を放った。
「さて。小兵太さんなんですが、どのくらい前に仇討ちの旅に出たんでしょうか?」
「……え?」
ここで伊織は初めて疑問符を使う。冷や汗をそっと拭う祁答院の耳に、石和と有川がノドを鳴らす音が届いた。
「小兵太さんはお父上の仇を討つため、須貝五郎左を追って旅に出た。そうではなかったでしょうか?」
祁答院は恐怖を笑顔の仮面で覆い隠して質問を続ける。どこかで八島義影が「命を張らない奴に、価値のあるものは手に入りませんよ。他人がうらやむ物を棚ぼたで手に入れても、人はそいつに大した価値を感じないでしょう」と嗤ったような気がした。
「……そう、です」
うつむく伊織は、小刻みに肩を震わせ始める。
「それはどのくらい前だったんでしょうか?」
「……三年前、でした」
「そうか……。伊織さん、疲れただろう? 今日はこの辺にしておこうか」
震えは止まらず、大きくなっていく。祁答院はここを潮時と見て、優しく言葉をかけた。
「いえ、私はまだ!」
「伊織さんは自分で思っている以上に疲れていますよ。私たちは明日も来るし、今日はもう休んだ方がいいでしょう。古砥部、途中まで送っていってくれないか?」
祁答院は目でも合図を送る。それを受けた古砥部はひとつ頷き、強引に伊織の手を取って歩きはじめた。
「いいぞー。よし伊織、帰ろう」
「でも……」
「いいから。行くぞー」
こういう時にかぎり、古砥部のマイウェイっぷりは頼もしい。まるで玩具コーナーへ引っ張る子供と渋る母親だった。
やがて伊織が立ち去ると、石和がおずおずと口を開く。
「どっすか、センセ?」
「聞いてただろ? ほとんど収穫なしだ」
肩をすくめて応じる祁答院。
「そっすね」
「ただ、収穫が一つ。他にも、疑問点が一つできた」
続けた言葉に、祁答院はかすかな自信をのぞかせた。
「それは?」
与えられた設問に沈考する石和に代わり、有川が問う。
「聞いて見てたら気付くだろう? 収穫は伊織さんの記憶が、おそらく自殺前後で止まっているということだ」
当然といえば当然のことだが、これは重要だ。今後の質問事項へ大いに影響するだろう。
「じゃ、疑問点はなんですか?」
「二人とも聞いてばっかりだな。少しは考えたまえ。伊織さんは、なぜ脇差を抱えていたんだ?」
これが疑問点。祁答院の答えに、石和がはっとした表情で顔を上げる。
「……なるほど。伝承に、伊織と脇差に関する事柄はいっさい存在しませんね」
「そういうことだ。あれが何かのカギになると思うんだが……」
完璧に理解した教え子に口の端を上げて見せた祁答院は、しかし言葉尻を言いよどませた。
「センセでも分かんない、と」
そのセリフを有川が受け継ぐ。
「ノーヒントでは、さすがの私でもな……」
これだけの情報で謎が解ければ、神がかり的な名探偵だ。祁答院が腕組みして眉を下げていると、胸ポケットの携帯がメールの着信を告げる。
差出人は義影。どこかで見ていたらしい。内容は、
『お疲れさまです。先は長そうですね』
ねぎらいとも揶揄とも取れる短文だった。
もう一段、祁答院の眉が下がる。絶対に後者だと大きく息を吐くと、境内を包んでいた茜色は徐々に薄れていく。間もなく古砥部がもどってきた。
「送ってきたぞー」
「お帰り古砥部。ご苦労さま」
古砥部はぴこぴこシッポを振りながら、手近な有川へダイブ。受け止めた有川はほほえんだ。
「よし。それじゃ、いったん引き上げよう」
祁答院の号令に、一同は伊織神社を後にする。道中、不意に石和が口を開いた。
「センセ、俺、午後から別行動になりますから」
「葬式の手伝いか」
「はい。姉貴はもう行ってるし、男手が足りないそうなんで」
「分かった」
「ういっす」
それきりで会話は終わり、誰ともなしに黙りこくる。
高く登った陽光は祁答院に言いしれぬ焦燥感を与え、落ちる短い影は、夢の後を思わせる夏草のように揺れていた――




