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Ⅲ章 邂逅「情報より導かれる仮説とその裏付けについて」②

 立ち止まって待つ石和の肩を叩き、祁答院けどういんは鳥居をくぐる。

 と、仏頂ぶっちょうヅラのまま黙ってしたがう石和いさわが境内に入った瞬間からさわぎ始めた。


「うわ、なんだコイツ? 離せ!」


「コイツってなんだ、シュウジ!」


 見れば、するりと祁答院から手を離した古砥部ことべが石和にまとわりついている。


「ほう。有川ありかわさんの言ったとおりだな」


 納得顔でアゴに手を当てる祁答院の代わりに、脇でうなづく有川が明るい声で指摘した。


「でしょ? 修二しゅうじ、その子が古砥部だよ」


「コイツが? おい、くっつくな。離せ!」


「だから、古砥部って呼べ!」


「分かった。お前は古砥部、これでいいだろ!」


 離せ嫌だと押し問答を続ける二人は、はたから見ればほほえましい光景でしかない。放っておけばいいと祁答院は本題に移る。


「で、有川さん。あとはどうすればいいのかな?」


「私もよく分からないんですけど……」


 有川の答えはきわめて頼りないもの。しかし、まともに考えれば仕方ない。どうやったら神様を呼べるのか、という問いに答えられる人間はむしろ危険人物だろう。


 しばらく待ってみようか。祁答院が言いかけた矢先、


「む!」


 石和への強制スキンシップを続けていた古砥部が、ピタリと動きを止めた。

 その意味を、のこる全員が理解する。そろって息をむ中、境内はゆっくり〝異界〟へと変貌を遂げていった。


 夕闇と似て非なる赤闇せきあんに包まれる場。ずしりと肩へのしかかる悲嘆ひたんの想いに、初体験の祁答院は重みに耐えかね中腰をとる。それは、


 もう、とうの昔に狂っているのでは。


 と、祁答院に思わせるのに充分なプレッシャーだった。


(心配ない。万一のさいは八島やしま君がなんとかしてくれるはずだ)


 彼は今この瞬間もどこかに潜み、状況を見守っているだろう。祁答院は失敗を怖れるべきではないと心火しんかを点し、意志を強く保つべく眉間みけんにシワを寄せる。


 と、古砥部が無言である一点を指し示した。


 全員がそちらを注目すると、彼女は社の脇から誘われるように姿を現した。

 胸に両腕で短刀をしっかりと抱く龍神の巫女は、社の清楚なたたずまいに劣らぬ楚々とした所作しょさで歩む。ただ有川の話にあった通り、雰囲気は夢でも見ているようだった。こちらにもまだ気付く様子がない。


「あれが……」


「どうやら、そのようだな」


 彼女の影に龍神の姿を確認し、言葉を続けられない石和の台詞を祁答院がいだ。


「センセ、修二、お願いしますよ」


 隠しきれない動揺に顔を青ざめさせて有川が言う。


伊織いおりー、こっちだ」


 ころは良しと見計らったのか、頷く二人よりもわずかに早いタイミングで古砥部が大声を出した。彼女のみは普段とあまり変わらない。基本的に人見知りしない彼女は、気持ち的にもうなかよしらしい。


「……あ、古砥部様。おはようございます」


 その呼びかけでようやく古砥部の存在に気付いた伊織が、こちらへゆっくりと歩み寄ってきた。


「伊織さん、おはよ」


「はい。にしきさんも、おはようございます……」


 おだやかな見た目の奥に潜む、張り詰めた糸。かすかなきっかけで崩壊しそうな危うさをただよわせる伊織は、それでもゆったりとした口調で頭を下げる。そして頭を上げた後、かたわらに立つ祁答院を見て小首を傾げた。


「あ、紹介しますね。こっちは……」


「伊織さん。お初にお目に掛かります。私は、城下で私塾を開いております祁答院けどういん帯刀たてわき)と申す者。ぜひお見知りおきを」


 あわてふためく有川を受けて、祁答院はかねて用意の自己紹介を行う。城下で私塾うんぬんは、もちろん伊織によけいな刺激を与えないよう適当に考えたでっち上げだ。


「にしきさん。では、こちらの方が……」


 伊織のかんばせに宿るかすかな喜色。それは、


「そうです。私の先生です」


「はい。このたび殿より直々の命を受け、小兵太こへいたさんの捜索に当たることになりました。非才の身ですが全力を尽くしますので、どうかよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」


 さらに重ねた祁答院の嘘に爆発した。何気なく差し出されていた祁答院の手をしっかりと握り、伊織は深々と頭を下げる。ために、祁答院が一瞬作ったやりきれなさと罪悪感を表す渋面じゅうめんは気付かれずに済んだ。


「伊織伊織、こっちは修二だ」


 古砥部は、そのままいつまでも顔を上げない伊織の服のすそを引っぱる。


「あ~、石和修二っす」


 石和は祁答院と同様の思いをとぼけ顔に隠して名乗ると、伊織は顔を上げた。


「石和?」


 それは、彼女にとって最も重要な名前だろう。軽いおどろきの声を上げた伊織は、目を丸して石和を凝視する。


「ああ、彼は小兵太さんの遠縁に当たる私の一番弟子だ。優秀な男だよ」


 とって食われるとでも思ったのか、身を竦ませて押し黙る石和に代わって祁答院が答えた。


「性格に問題あるけどね~」


 そこへ割り込んだ有川が、石和のビビりを意地悪く観察しながら茶化す。


「そして、昨日お会いした有川さんと……」


「古砥部だ!」


「の、四人で小兵太さんを探します。伊織さん、改めてよろしくお願いしますね」


 何はともあれ、不安を与えてはならない。場をまとめる意味と安心感を持たせるため、祁答院はうやうやしく一礼した。




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