Ⅲ章 邂逅「情報より導かれる仮説とその裏付けについて」①
奥村町で迎える二度目の朝。石和邸で朝食を済ませた祁答院たちは、天候に恵まれすぎた今日も徒歩で伊織神社へ向かっていた。
古砥部と手をつないで歩く祁答院の前方には、この暑さにもめげずポケットに手を突っ込んで歩く石和の猫背と、それにあわせて早足で付いていく有川の背中がある。祁答院は年甲斐もないヤジウマ根性で、二人の会話に耳をそばだてていった。
「古砥部が見えるって、ホントかよ?」
「ホントだって。修二って、そういうトコだけは現実家だよね」
どうやら昨晩聞いた有川の説明のうち、伊織神社の結界について話しているようだ。
「だけって、なんだよ?」
石和の不満げな問いを見て、祁答院は思う。
有川からあれだけ露骨な好意をぶつけられているのに、まったく気付かない彼の精神回路はどうなっているのであろうかと。他については人並み以上にするどいのに。
いや、気付いていないという仮定がまちがいなのか。ならば、彼は気付かないふりをしているということ。だが、その理由には思い当たるフシがない。
「じゃ、卒業後のコトとか考えてる?」
有川はこれが言いたかったらしく、石和へ問い返す。二人とも大学三年生だ。この夏休みが終われば、就活は本格化する。祁答院としても、それをいっさい相談してこない石和は心配のタネだったし、世話好きな彼女としても、好きな異性という以上に心配なのだろう。
「……にしきは?」
痛い所をつかれたらしい石和は、苦々しげな表情でふたたび問う。
「言ってなかったっけ? 高校の先生。教職取ってたでしょ?」
「聞いたような気もする」
「でしょ? じゃ、修二は?」
はきはきした有川の受け答えに、石和は沈黙する。
「ほら、非現実的。早い人なんか、もう就活はじめてるのに」
「……テキトーに就活して、テキトーに働くよ」
たまらない、これ以上は突っ込んでくるなとそっぽを向く石和に、有川はため息を交えながらかみ付いていく。
「なに考えてんのか知らないけど。私は、修二がもうちょっと生きることに一生懸命になってくれたらなって、思うんだけどなあ」
「……ほっとけ」
会話を打ち切ろうとする石和の、短くもたしかな拒絶。その様子を見て、祁答院はやはり何かあると思った。
屈折した性格や冷淡な態度は、おそらく家庭事情に起因するものだろう。思春期に経験したトラウマが一生払拭できない人間というのは、よく存在する。これは容易な推理だ。
しかし、あそこまでかたくなに差し伸べられた手を払うのは重症と言うほかない。
人の手助けを嫌がる、あるいは人を信用しない人間は、多くが人に傷つけられた経験を持つ人間だ。ただ、その多くは同時に助けも求めている。加えて、助けの相手が付き合いの長い異性とくれば、その器量によほど不満がないかぎりはすがり付きたくなるのが人情。人付き合いの範囲がきわめて狭い石和にとって、有川は神様のような存在のはずだ。
それすら拒否する人間も、たしかにいる。
そんな人間は、祁答院の経験則から言って例外なく、
とても優しく、とても弱く、とても自信がない人間――
だ。彼らはだいたいにおいて自己完結している場合が多く、他者には理解されない。常に自殺衝動あるいはごくまれに殺人衝動を持つ者も多いが、自制心でそれを抑え込んでいる。それで手一杯となってしまうがゆえ、何もできないのだ。
脱出への道は二通り。
一つは素直に助けを求めること。石和の場合は、さいわいとして有川がいる。彼女がその気であるかぎり、祁答院の手助けはむしろ大きな世話だろう。
二つ目は、独力で心に熱を与え続けること。
本当に一人であればこれしかないが、勧められない。傷がふさがることは一生ないし、焚き続ける釜の燃料調達やメンテを、一人で休みなく永遠にやり続けなければならないからだ。たいていは途中でどちらかが破綻する。
(石和君。君はすなおに有川さんを頼るべきだ。でなければ、一生そのままだぞ)
ノドまで出かかった言葉を祁答院は飲み込む。忠告には意味がない。悟り、身につけねば役に立たないと知っているがゆえ。
お待たせいたしました。Ⅲ章のスタートです。
けど、いきなり説教モードから入るのはどうなのよ筆者?
主人公が年長者なことをアピールしようと書いたら、なんか流れでこうなりました。スイマセン(爆)。




