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Ⅱ章 事件「情報収集およびその成果について」⑪


「ただいまだー!」


 祁答院けどういんの小声は途中で元気よく帰宅した古砥部ことべの大声に阻まれた。


「ただいまー」


 続いて有川ありかわ。祁答院は話を中断して二人を迎える。


「ああ、お帰り」


「ずいぶん遅かったな。どこ行ってたんだ?」


 言葉を継ぐ石和のかたわらで、古砥部はぴこぴこシッポをふりながら祁答院に突進してくる。このへんはやっぱり犬と同じで、しばらく離れているとさびしくてしょうがないらしい。


「夕飯食べに、古砥部ととなり街まで。あと先生。これよろしくお願いします」


 有川は遊べなでろと古砥部にじゃれつかれる祁答院に一枚の紙切れをわたす。


「……なんだこれは?」


「領収書です」


「それは見れば分かる。お食事代一万二千円、というのは?」


「古砥部の接待費です」


「サーロイン、うまかったぞー」


 ほくほく顔な古砥部が吐く息には、ほのかなガーリック臭がただよっている。かなり上等な肉を食べてきたようだ。


「……有川さん。私にも事情が分かるよう、説明してもらえると助かるんだが?」


 おもにふところ具合の事情により、こんな領収書は通せない。断固だんこ戦うべく祁答院は詰問きつもんの目を向ける。


「え~とですね。まずセンセと修二が奥村おくむらさんちに行った後、私と古砥部で伊織神社まで散歩に行ったんです。そしたら、伊織さんがいました」


 が、有川の答えはそんな金銭闘争を吹き飛ばすものだった。


「何!?」


「ホントかよ?」


 祁答院、それへかぶせるように石和のおどろきと疑惑の入り交じった声が上がる。


「で、お話ししてきました」


「話ができたのか?」


「はい。パッと見、普通の女の子でしたから。で……」


 有川は順を追って神社での出来事を話していく。


「……よく、生きて帰って来られたな」


 説明を聞き終えた後、訪れた重苦しい沈黙を裂いて出た祁答院の言葉は、有川が遭遇そうぐうした状況の結果を表すに充分なものだった。


 そして、続く有川のセリフに祁答院の狼狽ろうばいは最高潮に達する。


「そうかもしれません。で、そのとき思わず先生が小兵太こへいたさんを探してるって言っちゃいました」


「な……!」


 絶句。祁答院の手から本がぽとりと落ち、さすがに黙っていられないと判断したのか石和が口を挟んだ。


「にしきー、いくらなんでもそりゃムリだろ。どこで死んだかも分かってないのに」


 彼のおちつきは、超常現象を頭から信じていない現実感ゆえ。その冷えた頭脳から繰り出される舌鋒ぜっぽうするどい批難ひなんの言葉で、有川を責め立てていく。


「だって……」


「どうすんだよ? マジにその伊織がいたとして、だまされたってあとで思ったら、やっぱ暴れんじゃないのか?」


「う、それは……」


 反論の余地もない正論。返す言葉が出ない有川に、石和は視線のみでさらに彼女を追い詰めていく。


「よせ、石和君。終わったことを責めてもしかたない」


 そこへ祁答院は仲裁ちゅうさいすべく間に入った。


「……そうですけど」


 もともと、そこまできつく有川に当たるつもりはなかったのだろう。石和ははっと祁答院に顔を向け、それを隠すように仏頂面ぶっちょうづらで押し黙る。


「うん。それより前向きにとらえるべきだな。記憶があやふやでも、当時を知る存在だ。うまく話せば、有力な情報を引き出せるかもしれない」


「あ、その点はバッチリです。明日また聞きに行くから、一晩ゆっくり思い出してほしいって言っときました」


 助け船に顔色を取りもどした有川が、場を取りつくろうように明るい声を出した。


「さすが有川さん、抜け目がないな」


「……それ、微妙にほめてませんよ?」


「良い意味で受けとってくれ」


 まだから元気だが、有川はいつもの調子にもどったようだ。それを見て取った祁答院は軽い笑みを浮かべ、もう一つの懸案けんあん事項に話題を移す。


「で、話を元にもどすが、この領収書は?」


「口止め料です。古砥部がホントのコト、ペロッとしゃべっちゃいそうだったんで」


「古砥部が伊織とお喋りしなかった、お駄賃だちんだ」


 当然と言わんばかりに主張する古砥部に、祁答院にもなんとなく想像が付いた。というか、その情景が目に見えるようだった。


「……いい判断だったと言っておこう。しかし有川さん」


「責任者は先生です」


「なあ、石和君」


「知りませんよ。飼い主の責任です」


 こういう話題だと、やはり祁答院に味方はいない。顔にいつもの黒い笑みを取りもどした有川は、瞬時のアイコンタクトで石和との連合(仲なおり)も果たしたようだ。


「飼い主言うな!」


 一方で、発言を聞きとがめた古砥部が怒って石和をバシバシたたいていた。が、見えない彼には影響がない。平然としている。


「く、分かった……」


 包囲網に屈した祁答院が、是非におよばずと財布を取り出した瞬間、


「むうー、シュウジー!」


 通常攻撃はダメージにならないと悟った古砥部が、石和の後頭部をお盆でぶん殴った。


「痛! 何すんだにしき!」


 効果あり。かなり痛かったらしい。ちょっぴり目に涙をためた石和が、彼にとっての真犯人である有川をにらむ。


「え、私じゃないよ? 古砥部が」


「ウソつけ。俺はこの目ではっきり見たぞ。先生も見たでしょうが!?」


「いや、古砥部だ。アイツは犬あつかいされると怒る。石和君の飼い主発言が気にくわなかったんだろう」


「そうだ! あやまれ!」


 古砥部の絶叫を最後に、居間には沈黙が訪れた。


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