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Ⅱ章 事件「情報収集およびその成果について」⑨

 

 有川ありかわ伊織いおりの許へもどる。


「お待たせしましたー」


 営業スマイルを再発動させながら。


「はい……? あの……?」


「私は古砥部の友達で、有川にしきって言います。よろしくね、伊織さん」


「にしきさん……あの……」


石和いさわ小兵太こへいたさんのことですね? 申し訳ないんですけど、私達はよく知らないんです」


「そう、ですか……」


 伊織は沈痛な面持ちで顔を伏せる。


 そのまま、徐々にすすり泣き始めた。


「でも! いま私の先生が小兵太さんの行方について探しています。ひょっとしたら見つかるかもしれません!」


 あまりにも痛々しい消沈ぶり。目にあまらせた有川はとっさに励まそうとして、思わず口を滑らせた。


「それは……! 本当のことにございますか……!?」


「はい。なので、伊織さんは……」


 内心でやってしまったと後悔もしているが、言えばどうなるか分かったものではない以上、今さら「嘘です」とも言えない。


「よろしく、お願いいたします!」


 だから、自分の右手をすがりつくように握りしめる伊織に、


「……伝えておきます。ところで伊織さん、私もその手がかりを知りたいんです。小兵太さんのこと、教えて下さい」


 即答はできなかった。しかし情報さえあれば、それは可能となるかもしれない。有川は感情と別の部分で思考回路を回して質問する。


「はい! 小兵太様は……、小兵太様、は……」


 うなづいた伊織は、たぶんしゃべろうとしたのだろう。ただ、どれほどのことが思い出せたのかは想像にかたくない。愕然がくぜんとし、壊れた機械のようにたった一つの名前をつぶやく彼女は、つぶやくごとに焦点の定まらない目を見開いていく。それが真円になったとき、龍神の影がふくらみながら鎌首をもたげはじめ――


「伊織さん!」


「っ、はい」


 有川によるネコだましの大声に、元のぼんやりした空気を取りもどした。


「私は、伊織さんが高熱で寝込んでいたと聞いています。思い出せないのはそのせいでしょう!」


 安堵あんどの息をつくヒマも、全身からふたたび吹き出す冷や汗をぬぐっているヒマもない。怪訝けげんな表情を浮かべる伊織に考えるスキを与えないよう、有川はマシンガンのように口を動かす。


「そうです! また明日、私はここに来ますから! 伊織さんは今晩ゆっくり休んで、ゆっくり思い出して、その時に教えて下さい!」


「え……? はい……」


 話について来られず、とりあえず頷いた伊織の両肩を有川はつかみ、強引にまわれ右。引きつっていると自分でも分かる顔をなんとか笑顔に保ちながら、


「お帰りはあちらですよー。ささ」


 丁寧かつ迅速に送り出した。


「はあ……。では、失礼いたします……」


 伊織はためらいの表情を見せるが、ド笑顔でぶんぶん手を振る有川に押し切られる形で立ち去っていく。ここで有川は大きくため息をついた。が、名残惜しげにふりむく気配を見せた伊織に気付き、瞬時に元の動作へもどる。「がんばれ、がんばるんだ私! スマイルスマイル!」と自分に言い聞かせながら。


 けっきょく、有川は伊織の姿が完全に見えなくなるまで、子供むけ番組の司会を担当するお姉さんのようにド笑顔で手をふり続けた。当てレコするなら、セリフは「また来週も見てねー」で決まり。もちろん競演した子供(古砥部ことべ)にも手をふれと、カメラ(伊織)から見えないようどつくのも忘れずにやった。

「ふうー、あぶなかったあ」


 収録の終了を確認した有川は、がっくりと肩を落として脱力する。


「にしき、見事だ。伊織があのまま爆発してたら、古砥部が全力で戦うしかなかったぞ。それも、たぶん勝てない」


「やっぱり。そんな気がしたんだよねえ。でもこれはセンセに話したら、ビックリされるだろうなあ」


 古砥部の指摘に、有川は自己判断の正しさを再認識した。いま彼女は、奥村町の平和を守ったのだ。演技力と押しの強さで。


「つっかれたー。先生にこのこと連絡しなきゃいけないし、ノドもかわいたし、帰ろ。って、どしたの古砥部?」


 見れば、古砥部はいつものごとく唐突に何かへ興味を持ったらしい。転々と場所を変えながらふんふん鼻を動かしたりむーむー言ったりしている。やがて納得がいったのか、有川の許へもどってきた。


「にしき、伊織が作ったこの結界はすごいぞ。この境内の中なら、修二しゅうじみたいなヤツでも古砥部が見えるはずだ」


「ホントに? じゃあ、いま修二をここに連れてくれば」


 周囲を見まわす有川は、むりやり明るい声を出す。そうしなければ、伊織の感情をそのまま流したかのような結界に心を押しつぶされそうな気がしたから。


 有川の感覚は、おそらく正解だろう。結界の性質はともかくとして、周囲を包む赤い闇は伊織の力の源泉たる悲嘆と、意志の強さ、なによりも、その裏側に潜む暗い激情の色に他ならない。


「でも、それはそんだけ伊織の力がすごいってことだ。あんまりウロウロしない方がいいぞ。今も伊織は古砥部達を見てるから」


 それがどれほど強烈なのかは古砥部のつたない説明でも充分に理解でき、


「う……古砥部~、やっぱウロウロしちゃダメなんじゃ~ん」


 有川は魂の叫びを上げた。


「む、そうだったか? でも安心しろ。この結界の張り方、古砥部は憶えた。作るのにちょっと時間がかかるけど、そのうちアキラの研究室に張ってみる」


 だました古砥部の答えは完璧に無自覚。どのへんに安心材料があるのかもまったく謎だった。


「ホント!? じゃあ先生にも連絡しなきゃいけないし、そろそろ戻ろっか?」


 ただ、ここは気分を盛り上げていきたいところ。意識的にハイテンションを保つ有川に、


「アキラは本読みはじめると長いから、まだだと思うぞ。にしきはその前に、サーロイン!」


 古砥部はとても気分が盛り下がる約束の履行を迫る。


「え……。お金、足りるかなあ……」


「気合いでなんとかするんだ!」


「それはムリ……」


 古砥部と手をつないで伊織神社を後にする有川は、肩を落として「センセ、古砥部にお金の概念をちゃんと説明しといて下さいよ……」と呪詛じゅその一言をつぶやいた――


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