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Ⅱ章 事件「情報収集およびその成果について」⑧


二人がそれをあえてしなかったのは、


「小兵太様……」


 ついに姿を見せた彼女に会えるかもしれないという、好奇心に他ならなかった。


「あれが龍神だ」


 目をつり上げてささやく古砥部は、四肢を目一杯に下げる。猟犬が獲物へ飛びかからんとする様を彷彿ほうふつさせる姿勢は、彼女が第一種戦闘態勢に入った証だ。


「あの子が? 人間にしか見えないけど……」


 声をひそめる有川にも、言葉とは裏腹にそれが分かった。このプレッシャーは、まちがいなく胸に脇差を抱いて立つ巫女装束の少女から発せられていると。だから、


「見た目にだまされちゃダメだ」


「でも……」


 否定は彼女がそんな恐ろしいモノだと信じたくない、有川の気持ちだった。


「だれ、ですか……?」


 そこでようやく二人に気付いたらしい伊織は、ゆっくりとふりむく。


「っ!」


「えと……」


 他に人間がいない境内で、隠れてもいない。気付かれて当たり前なのだが、しかし緊張で頭が回らない二人は体をこわばらせた。


 場に呑まれた二人がふたたび動きを止める中、それをまったく意に介さない伊織はしずしずと近付いてくる。


「もし……小兵太様を……石和小兵太様を、ご存じありませんか?」


「え?」


 あまりにも予想外な伊織の質問に、いや、今の有川の状態を考えれば何を言われても同じ反応しかできないだろうが、彼女は思わず聞き返してしまった。もちろん質問の意味は分かるのだが、頭が付いていかない。


 「目が覚めたばっかりだから、たぶん記憶がごっちゃになってるんだ」


 どう返答したものかと必死に逡巡しゅんじゅんする有川に、古砥部は小声で教えてくれる。


 その指摘は冷静だったが、このさい有川にとって内容はどうでもよかった。


「えと……」


 重要なのは、古砥部の声で有川の頭が正常な判断を取りもどしたこと。とにかくこの場を切り抜けねばと口を開きかけた矢先、


「あら……。かわいい犬ですね。あなたの犬ですか?」


 古砥部を見た伊織の様子が変化した。はりつめた気配と、それに対極するゆっくりした口調やぼんやりした雰囲気に同じだが、ほのかな笑みをたたえた顔を古砥部の鼻先へ近付けていく。


「犬じゃない! 犬神だ!」


 それに古砥部が反射でいつもの癇癪かんしゃくを見せると、有川の心には余裕すら出てきた。


「犬神様ですか? はじめて見ました。たいそう恐ろしいものだと聞いておりましたが、こんなにかわいいのですね。これなら、ちっとも怖くない」


「む……」


 すでに伊織の手は古砥部の頭に伸びている。意表をつくなでなで攻撃に、古砥部は難しい顔をした。


「犬神様。お名前は、なんとお呼び申し上げれば、よろしいのでしょうか?」


「むむう……」


 そんな古砥部を見てますますにっこり&なでなでする伊織に、ますます顔を難しくする古砥部は、ごろころしたい衝動と必死に戦っている。勝負は決したっぽい。


「ふふっ、ほら、自己紹介してあげたら?」


 もうダメだ。有川はこらえきれない笑いを吹き出すように仲裁へ入った。


「……古砥部だ」


 気持ちを見透かされた恥ずかしさと自尊心、今なお続くごろごろ衝動に、古砥部は複雑な表情をして不機嫌そうに言う。


「古砥部様……。私は伊織と申します」


 手を止め、丁寧に頭を下げる伊織の顔には、悲しみを押し殺すやさしい笑みが浮かんでいた。


「にしき、こいついいヤツだ。伊織、よろしくな!」


 裏にある感情も読み取ったのだろう。古砥部は一転、にぱっと笑う。


「こちらこそ。犬神様となかよくなったなんて言ったら、父上は腰を抜かしておどろくでしょうね」


「古砥部は偉いから、そうだろうな」


 次いで、鼻息もあらく大いばり。伊織は顔をほころばさせ、有川も苦笑混じりに目をほそめる。


 が、有川が笑っていられるのはここまでだった。


「はい、本当に。……あの。古砥部様、おうかがいしたいことがございます。石和小兵太という侍を、ご存じないでしょうか?」


 伊織の顔色は、言葉を紡ぎだすほどに元の色へもどっていく。


「む、小兵太むぐ」


「ちょっと、失礼しま~す♪」


 それに気付かず、会話を続けようとした古砥部の口を有川はあわててふさぐ。そのまま満面の営業スマイルでごまかしながら引きずっていった。


「なにすんだにしきー!」


 やや距離を置いた場所で有川が手を離した瞬間、古砥部は怒りの声を上げる。が、ここは引けない。有川は端的に自分の結論を言いさとした。


「古砥部。いま伊織さんにホントのコト教えたら、何するか分からないでしょ」


 これは直感。だが論拠もある。伝承にうたわれる暴れっぷりと、最初に見せつけられた問答無用のプレッシャーだ。あばれ出されたらヤバいと有川に思わせるには充分過ぎた。


 それによく観察すれば、まだ理由をつけ足せる。こちらをうかがう伊織の目はいまだ夢でも見ているかのようにぼんやりとしているが、どこか危険な光を放っている。ささいなきっかけでたやすく自制心を失いそうな目だ。全体の雰囲気も、ゆったりした中にかすかな、しかし強烈かつ正真正銘な〝本物〟の気配をただよわせていた。


 さらに、


 その事実に気付いて驚愕きょうがくする有川は、凍り付いた背筋に大量の汗が伝っていくのを感じた。

 伊織の横に伸びる影が、人の形を取っていない。小ぶりでこそあるが、ヒゲや角まではっきり確認できる雲龍がゆらゆらと揺れている。もとが人智を越えたモノである以上、物理法則など期待できないだろう。大きさは自在に調節できるはずだ。とすれば、変身すれば空を覆うようなサイズまでふくれ上がっても不思議はない――


「む……そうだな」


 古砥部も理解し、おとなしく賛同する。彼女も本来の姿は犬であり、変化して人型をとっているに過ぎないのだ。イヌ耳やシッポが消えないのは術がハンパな証拠なのだが、それはいま論じるべき問題ではない。あと、冬毛と夏毛の中間期に抜け毛がひどいのも問題ではない。祁答院けどういんいわく『コロコロは必需品』だとか。これも問題ではない。


「ここは私がうまくごまかすから、古砥部はちょっとおとなしくしてて。あとでおいしいもの、おごったげるから、ね?」


「むー。……分かった。その代わり、約束だぞ。サーロインだからな!」


「任せなさいって」


 古砥部の説得に成功した有川は、「請求書は先生に付けるから」と黒くつぶやきながら伊織の許へもどっていく。


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