序章 手記~とあるレポートについて①
さて、本文スタートです。「長い!」と友人たちにもさんざんこきおろされた前フリをお楽しみ(?)下さいませ。
私はM県のローカル紙、実岡日報新聞文化部の記者である。名前はまだない。
……すみません。ちゃんとあります。ですが覚えていただかなくても結構です。なぜなら、私は物語でいうストーリーテラーのような立場にすぎないので。
さて、自己紹介はこの辺にさせていただくとして。
いま私が座るデスクには、一部のレポートが置かれている。もちろん読むつもりでプリントアウトしたものだ。読むしかないのだが、私はマグカップ片手にその表紙をながめていた。そのまま読むのがもったいないような気がしたからだ。
――伊織神社の真実。
そう銘打たれたレポートには、研究者として「有川にしき」「石和修二」「祁答院晶」と三人の名前が列記されている。共同研究の際はボスの名前を最後に書くのが一般的なので、祁答院晶という人物がこの論文の責任者になるだろう。
――祁答院晶。
なつかしい名前だ。私の旧友にして、今は大学の助教授として教鞭をとり、このごろは新進気鋭の民俗学者として注目されている男である。
ひさしぶりに会ってみたい。
そう思いながらコーヒーを口へ運んだ私は、なかば無意識でタバコを探る。取り出してからようやくここがオフィスだと気づいてポケットへと戻したとき、一挙両得の妙案も思いついた。
祁答院に取材を申し込み、その解説付きで読めばいいじゃないか。
私はさっそく編集長に彼を取材したいと打診してみた。当然、思いつきはナイショだ。
結果は一発でゴーサイン。ローカルTVにもコメンテーターとして出演する祁答院の知名度を考えれば、当たり前のなりゆきだろう。むしろ編集長は私と彼が旧知の仲と知って驚き「コネクションを利用して、コラムの集中連載を頼め」と大号令をかけてきたほどだった。
上機嫌でデスクへと戻った私は、すぐさま祁答院に連絡をとる。コールは三回。名乗り、用件を伝えると、彼は電話の向こうでバリトンがかった声をはずませていた。
『ひさしぶりだね。元気にしていたかい? 私の取材? それは光栄だ。ちょうど新しい論文も完成したばかり……え、もう手元にあるのかい? うれしいね。ぜひ来てくれたまえよ』
快諾を受けた私が祁答院を訪ねたのは、秋も深まったある日の午前のことだ。
我らが母校、私立()実岡大学。卒業以来すっかりごぶさたしていたキャンパスは記憶よりいくらか古ぼけた感があり、当時よりもだいぶ洗練された服をまとう若者たちが吸い込まれていく。
時代はやはり流れている。
私は校門の前にたたずみ、そんな感想を抱いていた。
だが彼らをよく観察していると、案外そうでもないのかという結論にたどりつく。大きなヘッドホンをつけてポケットに手を突っ込み、背を丸めて歩く孤独な男の子。威勢のいい会話に花を咲かせながら通り過ぎる華やかな女の子のグループ。鍛え上げた肉体を誇示するかのように我が物顔でのし歩く運動部軍団。手を振りながら別々の方向へ向かうカップルは学部が違うのだろう。
外見が変わっただけで、行動自体は七年前とたいして変わっていないようだ。目立つ点は、携帯電話をいじっている学生が格段に増えたくらいだろうか。
私は口元をほころばせつつ校内へと足を踏み入れ、大きな案内板の前に立った。
目的地の名前は知っているし、かつては毎日通った場所。地理は頭に入っている。だが建物が計画性を持たずに増改築され続け、学内間の引っ越しもひんぱんに行われるこの大学で、昔のデータは役に立たないのだ。
案の定、目的地は記憶と違う場所だった。山一つをまるまる学校にした、広大な敷地のいちばん奥。徒歩で十五分はかかるだろう。やれやれと息をつき、歩き始める。
道中、坂を登り、坂を登り、坂を登り。
こっちはもう若くないんだ、ふざけるなとどなりたくなったころ、ようやく頂上へとたどりついた。
あと半分。息を整えるために立ち止まる――
……主人公が出てきませんでした。
ちなみに次回も出ません! よろしく(笑)!




