Ⅱ章 事件「情報収集およびその成果について」⑦
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一方、古砥部と有川の留守番組はといえば。
「にしきと散歩だー!」
「で、また神社に来ちゃったワケだけど。……先生いなくて大丈夫なのかな?」
用事もなく、こんな田舎では遊べる場所もなく、トドメに近所の地理も分からず、ふたたび伊織神社を訪れていた。
「なんでだ?」
立ち止まった有川のつぶやきに、古砥部はダッシュを中止。小首をめいっぱい傾げながらもどってくる。
「だって龍神……つまり、伊織さんが復活したんでしょ? ふらふら境内に入っちゃったりしたら、怒ったりしない?」
「たぶん大丈夫だ。龍神は怒ってるんじゃなくて、悲しい、さびしいって思ってるだけだから」
「古砥部は、そんなことも分かるんだ?」
屈託のない瞳で自分を見上げる古砥部に、有川の頬は思わずゆるむ。反射的になでなで。
「分かるんだ! それにアキラはへたれだから、ケンカの役に立たないぞ」
古砥部は腰に手を当ててえっへん。ちっこいのでそうはまったく見えないが、本人的には大いばりだ。
「あ~、やっぱり弱いんだ、先生。実は意外と強かった、みたいなオチがあってもおもしろいんだけどね~」
「ぜんぜんダメだ。アキラもキョージュなら強くなきゃダメだぞって言ってるのに」
「え、なんで?」
古砥部の空間トーク発動。有川もさすがに意味が分からず聞き返す。
「だってキョージュが探検に出かけると、岩が転がってきたり、天井が落ちてきたりするんだろ? 悪いヤツにも追われて、すごく危険だ」
それはどこにあるアナザーワールドの話であろうか。眉間に人指し指をあてて考えた有川は、しばらくして心当たりに気付く。
「……ねえ古砥部。その教授ってさ、ひょっとして帽子かぶってムチ使う人?」
「そうだ! ムチをバシーって打って、変テコな帽子は手放さない、なんとかジョーンズって人だ!」
大マジメな顔で動作を再現する古砥部に、有川は「やっぱり」とこめかみを押さえる。
その一方で、むーむーうなりながらテレビにかじりついている古砥部の姿を思い描いて笑ってしまった。さぞ握った手に汗をかきながら観ていたのだろう。危機を脱した際には大騒ぎしていたにちがいない。
とはいえ、放っておけば祁答院が古砥部式の特訓を課せられる可能性がある。祁答院が死んでしまうこと受け合いだ。さすがにかわいそうなので、有川はまちがいを正すべく、しかしなるべく夢を壊さないよう言葉を選んで諭していく。
「あのさ。その教授は、かなり特殊な人だと思うなあ……」
「む、そうなのか? でも、アキラだってヘンなヤツだ」
「特殊と変の境界線って、どこだろう……」
解ければ哲学の真理を究められそうな、とても難しい問題だ。
「む!」
「え、ちょっと古砥部!」
悩み始めた有川を尻目に、古砥部は何かに気付いたらしい。制止も聞かずに境内へ突入してしまった。
「ま、古砥部なら大丈夫か……なんたって神様なんだし」
取り残された有川は、ため息をつきつつ神社を見る。鳥居の前には立入禁止を示すカラーコーンとトラバ―が置かれており、奥手にある林の中にはブルーシートで囲われたままの一角があった。
が、それ以外は涼やかなたたずまいに変化はない。
「うん……まだ立入禁止だよね。でも、警察はもういないんだ……」
つぶやいた有川は、誘われるようにトラバ―を乗り越えて境内に入った。
……誘われるように、と言わざるをえないだろう。
〝魔〟に魅入られたように、と言い換えてもいい。もし彼女がいつもの冷静さを保てていたなら、いくつもの異常に気付けたはずだ。先だって祁答院が気付いたセミの鳴き声はもちろん、殺人事件発生から半日も経たない場所に現場保全用の警官が残っていない異常にも。
――古来、日本人の間で信じられていた概念に〝境界〟という考え方がある。
境界とは、人間が普通に暮らす世界と妖怪などが棲む〝異界〟を繋ぐ地点であり、現実と非現実が交わるところ。すなわち様々な怪現象が起こりえるとされる場所だ。
境界は、我々が生活する場所にもいたるところに存在する。
たとえば、わたると向こうに行ける橋、上り下りすれば違う地点に出る坂や峠、家の内と外をへだてる門、居住空間と非居住空間を分ける天井などがそう。これら境界を出現場所とする妖怪が多いのも、理屈にかなうのだ。
さらに言えば、境界は怪奇にであう危険な場所として、それに遭わないようルールが言い伝えられる一方、超常の力を利用する種々(しゅしゅ)の儀式を行うには最適の場所とされた。そのような場所に神社仏閣が多いのも、また必然なのだ。
ゆえに、鳥居をくぐること。それは、
「っ!」
境界へ踏み込む、ということ。羽虫が飛ぶような音を聞いた有川は、突如として赤い光に包まれた境内に立ち尽くす。
夕焼けのような赤い闇。しかし空をあおげば青空がひろがる結界は、ここが周囲から隔絶された異界であると明確に示す。およそ人が存在していい空間とは思えない。
元来、人の想いは時の流れと共に消え去るもの。それを乗り越え、しかも三百年ものあいだ増幅され続けた想いは、重く、引きずるような悲しみ。思わずもらい泣きしてしまいそうになる悲痛な感情が、まさに物理的な重しとなって有川の肩にのしかかる。
声は聞こえない。が、もしマンドラゴラという植物がこの世に実在したとしたら、こんな叫び声を上げるのではないか。まるで、想いだけで人を殺せそうな。有川はそう思い、息を呑んだ。
「にしきにしき!」
「古砥部……」
脱兎のごとく自分のもとへ駆けもどる古砥部を見て、有川はかろうじて声を出せた。
「大丈夫。にしきは古砥部の後ろいるんだ」
まともに考えれば、逃げるべきだろう。見た目とはケタ違いな古砥部の膂力なら、仮に有川が動けない状態であっても抱えて行くことができる。二人がそれをあえてしなかったのは、
女性キャラって、書くのが難しい……
私の作品に登場する人物の男女比が男性に傾いているのはそのせいだったり。
中でも、有川はいちばん性格づけに苦労したキャラ。
普通の女の子を目指したら、来島的にこうなりました(笑)。
次回、彼女の性格が炸裂します! お楽しみに!




