Ⅱ章 事件「情報収集およびその成果について」⑥
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「……と、言うわけだ」
午後三時。相手の指定通りの時刻に屋敷を訪問した祁答院は、通された応接間で値段がはると一目で分かるソファに腰かけ、朝の出来事を石和に語っていた。
「龍神ねえ……。んなの、リアルにいるわけないでしょうに」
にわかには信じがたい。常識人として当然の反応を示す石和は、これまた高級感あふれる大理石のテーブルにヒジを置き、わざわざ頭をもっていって後頭部をかきむしる。
「私もそう信じたいよ。しかし古砥部がそうだと言った以上、まちがいない」
「俺、そもそも古砥部が見えませんし。センセやにしきがいるっつーから、まあいるんだろうなって感じですから」
「のわりに、石和君は妙に妖怪とかにくわしい。何かあるのか?」
「……俺も本読むのは嫌いじゃないんで。んで、ウチにある本つったらオヤジの蔵書になりますから」
「なるほど。門前の小僧、というわけだな」
納得のいく回答をえても、祁答院の笑顔はさえない。理由の一つは、なるべく避けようと思っていた話題、父親についてはからずも触れてしまったからだし、
「……しっかし、おちつかない部屋ですね」
露骨に顔をゆがめた石和が話を切り替えるべく持ち出した話題もおもな原因だった。
「私もだ。見るからに金がかかっていそうな部屋だし、しかたないだろ」
高級品。これは穏当な表現で、目の前に展開する光景はそれどころではない。
話をふってきた石和ともども、祁答院は通された部屋を目で物色する。インテリアはすでに紹介したソファやテーブルも含め、小物一つにいたるまでお高い品だと素人にも判別がつくすばらしい物ばかりだった。
にもかかわらず、全体のアンバランスぶりはどうであろう。アジアやヨーロッパはおろか、中東や南米、アフリカンテイストを感じる物まである。まったく統一感がない〝和室〟だ。
しかも、それらが見事に反発しあっている。フランス風の柔らかい印象を持つクローゼットには、ウイスキーやラム、老酒などハード系の酒が混然一体と並べられ、脇には濃淡の筆づかいがすばらしいかけ軸。そのとなりには前衛的なNYアートの絵が飾られている。
ソファの下に敷かれたカーペットはラテン系の極彩色だ。はじからは畳がのぞき、照明は豪華なシャンデリア。家主は武具の収集にも熱心なようで、ヨーロッパ風の全身鎧が立つとなりには、源平合戦に出てきそうな大鎧もすわっている。もはや見ているだけで酔いそうだ。
その片隅には、蒔絵の刀架にしぶい拵えを持つ大小が鎮座していた。
目ざとくそれを発見した石和は、どうもこの部屋の毒気に当てられているらしい。おちつきというより無気力の結果として動きたがらない彼が、ふらふら立ち上がって近付いていく。
「見て下さいよこの刀。なんか偉っそうに名札付いてますよ。相州五郎正宗」
「さわるなよ。本物だとしたら、とんでもないお値段だ」
「いくらくらいなんすか?」
「刀剣は私もあまり……。しかし正宗といえば、最低一千万、物によっては三千万以上だ」
「マジすか? こんなのが三千万?」
「石和君、席にもどりたまえ」
石和の様子がおかしい。とっさにそう判断した祁答院は、やや言葉尻を強く言った。
「……ういっす」
いや、やはり普段と変わりないのか。理知的な光を宿す石和の半眼にくもりはない。座るのもおっくうだという態度で石和が元の場所に収まると、話題を失った二人はふたたび沈黙した。
「なあ……」
が、やはり落ち着かない。まぎらすためには会話が一番だと祁答院は口を開く。
「なんすか?」
「今からお会いする奥村さんってのは、どういう人なんだ?」
「センセだって知ってるでしょ? 昔ここら一帯を治めてた奥村藩の殿様の子孫ですよ」
「それくらいは知っている。私が聞きたいのは、現当主の奥村さんがどんな人なのか、と言うことだ」
「んなの知りませんよ。俺も初対面なんだから」
「そうか……」
「ああでも、ここらじゃ有名な奥村建設の社長です」
「あまり参考にならないな。だいたい、金持ちなのは屋敷を見た時点で分かる」
祁答院はもういちど部屋を見回した。趣味がいいのか悪いのか微妙なのも、この部屋を見れば分かる。個々の品を観察するかぎり、見る目が確かなのもまちがいないようだが。
「そりゃ失礼しました。付き合いのあったオヤジが生きてりゃ、もちっとマシな説明もできるんでしょうがね」
祁答院の返答が気に入らないのか。それとも、自分が父に劣る点を悟って虫の居所が悪くなったのか。石和は機嫌の悪さをアピールするように全身を弛緩させてへらず口をたたいた。
「そういえば、石和君のお父さんは……」
ここでもつきまとう石和隆史の影。話題にこまった部分もあるが、祁答院は自らの興味を抑えきれずに訊ねる。
「あのクソ親父なら、三年前にくたばりましたよ」
もはや気分を害するのも心外といった態度。石和はそっけなく掲げた右手で空をつかんだりひろげたりして見せ、蒸発のサインを出した。
「む……」
「んなこと、どうでもいいじゃないですか。それより、ようやく来たみたいっすよ」
常に第三者の立場を崩さない人間ならではといえる、状況判断のよさ。いち早く来室者の気配を察知して席を立つ石和に、祁答院は続いた。
「お待たせいたしました。私が奥村家第二十三代当主、奥村信保でございます」
間もなくふすまは開き、四十歳前後と思われるご当主様――奥村信保はあいさつしながら部屋に入ってくる。
インテリアの趣味はさておき、本人がまとう和装はダンディズムを感じさせた。貫禄も申し分なく、地元の名士と呼ぶにふさわしい。それでいてどこかおっとりとした品の良さがただようのは、やはり血統なのだろう。
どうぞ、と差し出された奥村の手に従い、祁答院達は再びソファへ腰を下ろす。
「どうも。私立実岡大学で民俗学を教えている祁答院晶と申します。本日はお忙しい中、お時間を取っていただいて恐縮です。よろしくお願いいたします」
「はっはっは、そうお気になさらず。今の私は先祖代々の財産を食いつぶしているだけの道楽人です。ヒマを持てあましておりますから」
丁重に頭を下げる祁答院に、金歯をキラリと輝かせる奥村は手にした扇子を閉じたり開いたりしながら鷹揚に応じた。
「じゃあなんで、こんなに来るのが遅いんだよ」
と、たいへん正直なつぶやきをもらす石和を目で制しながら、人物的にまずはご機嫌うかがいだろうと話の方針を固めた祁答院が糸口を作っていく。
「当代は敏腕の建設会社社長、とおうかがいしましたが?」
敏腕かどうかは、もちろん知らない。ただのヨイショだ。
「この不況ではね……仕事をすればするほど損をします。開店休業状態ですよ」
それをさも当然と受け取る奥村は、ある意味で偉大な男だろう。
ただ擁護するなら、彼は奥村町で最大の会社を十年以上にわたって切り盛りしてきた経営者である。決して無能な男ではない。経営は先祖代々の人脈を活かした公共工事に多くを頼るが、それも人脈を活用できる才覚があってこそ。まず、優秀の部類に入る男だった。
「当代でもですか。厳しい世の中になりましたね……」
ほほえみの中に苦みを走らせ、祁答院は同情を装う。
「いや何。おかげで毎日ゴルフ三昧です」
奥村の返事はどこか一般人と感覚がズレていた。まるで、パン(仕事)がないならケーキを食べれば(遊んで暮らせば)いいじゃない、といった感じだ。
「それはうらやましい。私などは貧乏ヒマなしですから」
「はは、失礼いたしました」
祁答院のかすかな皮肉は不発だった。奥村の分厚いツラの皮はみじんも揺るがず、ビッグな態度も崩れる気配をまったく見せない。
「この人、ナチュラルに殿なんだ」
ふたたびつぶやく石和でなくとも、その結論にだれしもが早晩達するだろう。
「ヒマにまかせて始めた骨董収集も、気付いたらこの有様ですからな」
自分のコレクションに目をやった奥村は、うっとりとマイワールドに突入中。目の前で言われた悪口をまったく聞いていなかった。
「すばらしいコレクションですね」
「けど趣味が」
「いいと思います!」
祁答院はすかさず追従する。話を聞いてもらう側として、それしか道がないと判断したから。ツッコミを連発する石和のツイートは言葉を接いで押しつぶした。
「そうでしょう! 特にあの正宗は、私がさる蒐集家に無理を言って譲っていただいた品でして……」
とたんに奥村は顔を輝かせて解説を始める。ほめ言葉には耳ざといらしい。都合のいい耳だ。彼の人生はこれからも幸せであろう。
「ところで! 本日おうかがいしたのは」
長くなりそうな予感をひしひしと感じた祁答院は、話の流れを強引にもどした。まるで自分を相手にしているような気がするのは、きっと気のせい。
「おお、そうでしたな! 先生は伊織神社と奥村藩の歴史にご興味がおありとか?」
奥村はそれでようやく我に返り、少し気恥ずかしげに居住まいを正す。
「はい。できれば資料などお借りできれば、と思いまして」
「かまいませんよ。さっそくご案内しましょう」
「ありがとうございます!」
作戦成功。祁答院の頷きを合図に、三人は席を立って部屋を出た。
奥村と祁答院が並び、後ろに石和が続く形で長い廊下を進んでいく。
「しかし伊織神社は、亡くなった郷土史家の石和隆史さんもずいぶん熱心に研究されていました。今さら新しいものが出てくるとも思えませんが……」
その道中、奥村が口を開いた。
「石和さんですか……」
また、石和隆史。祁答院はその話題を避けたいと言外に意味を込めて返す。
「先生はご存じないのですか?」
「直接の面識は。ですがこちらの……」
「……石和修二っす。奥村さんにはオヤジが生前お世話になりました」
うながされ、これまでつとめて祁答院の影に隠れていた石和が頭を下げた。
「おお。そうか、キミが……。たしかに面影がある。大変だっただろう?」
一転、神妙な顔をする奥村。その石和を見る目は、どこまでも優しい。彼と石和隆史のつながりの深さを想像させた。
「いえ……」
複雑な表情を浮かべた石和はそれきり口ごもり、沈黙する三人はやがて目的地にたどりつく。
「こちらです」
「ほう……」
「こりゃ、すげえ……」
うながされて中に入った二人は感嘆の声を上げた。倉の一つ分もあろうかという広さの部屋に、天井まで届く高さの書棚がずらり。そこへみっちりと本が詰まっていた。
「昔は城にあった文書を、すべてこちらに移設したと父から聞いております。ここらは田舎ですからな。さいわい、太平洋戦争の空襲で損失した物は一つもないそうです。郷土史家だった石和さんの助言で除湿器や空調も付けましたので、保存に関しても太鼓判を押せますよ」
奥村は誇らしげに言う。が、それほどの物だろう。これだけあれば、相当に重要な文書も少なからずあるはず。伊織神社の伝承のみならず、それこそ歴史の定説をくつがえすような新しい発見があるかもしれない。ここは祁答院にとって宝の山だった。
「これだけあれば……! 奥村さん、必ずいい研究成果をご報告できるでしょう。ご協力に感謝します」
奥村の手を取って頭を下げる祁答院のかたわらで、またしても石和は顔をくもらせる。祁答院は振り向いた。
「石和君。強くは言わないが、今は素直に感謝するとしよう」
「……そっすね」
「よし、さっそく作業に取りかかるぞ。早くしないと日が暮れてしまう」
多少なりとも気を取り直した石和と連れだって奥に向かおうとする後ろで、奥村の携帯が鳴った。それに虫の知らせのような不穏を感じた祁答院は思わず足を止める。
「もしもし、私だ。どうした? ……うん、……うん、で、私にも話を聞きたいと? 分かった。聞きたいならこっちへ来いとその礼儀知らずに伝えておけ」
電話を終えた奥村の態度は、これまでの和やかなものから一変していた。
「どうかされましたか? もし急用であれば、我々はこれで失礼いたしますが?」
何かあった。そうにらんだ祁答院は奥村に向き直る。
「……石和さんのご子息がいるならお話ししてもいいでしょう。今朝、うちの社員の仁科が、伊織神社で……」
「っ! ……そうでしたか」
「知っておられましたか……」
「はい。こちらへお邪魔する前に伊織神社へ立ち寄りましたので」
「それならお話が早い。これからすぐ刑事がうちを訊ねてくるそうなので、残念ですが私はこれで失礼せざるをえなくなりました。先生はお気になさらずとも結構ですよ。研究の成果、楽しみにしておりますので」
「ありがとうございます……」
笑顔を形作り、踵を返す奥村を祁答院は見送る。その目つきは、胸に引っ掛かる異物感のせいで自然と鋭いものに変わっていた――
文脈につじつまが……表現技法もひどい……
しかし、あまりお待たせするのも申し訳ないので、これでとりあえずアップです。今後に予告なく改定する可能性は大いにあり。てか、必ずやります!




