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くちづけ

作者: 小川大河
掲載日:2026/07/18

 「そこは20000じゃなくて、200000です。」

 この人は先程から細かいことばかりうるさい。0の数が1つや2つ違うからと一々指摘してくる。そんなに言ってくるなら自分でやってくれ。大体こんな紙切れ真面目に作ってどうするのだろう。こんな紙切れ生真面目に作ってどうするのだろう。本当に下らないことを真面目にやっている人が多すぎる。もっと大きな事をすればいいのに。

 「あ、ここも違います。300000じゃなくて3000000です。もうちょっとちゃんとやってくれますか。このままじゃ終わらないですよ。」

 まただ。うるさい。黙れ。黙れ。何なんだコイツは。紙切れ一枚で本当に。こんな紙切れ誰も見ない。あんたは黙って、受け取りゃいいんだ。もっと適当に仕事をしてくれ。コイツはこんなこと一生続ける気だろうか。私が税金を払ってやっているというのに、なぜ邪魔をするんだ。私に税金を払わせないつもりだろうか。コイツは下らない仕事をしすぎて頭がおかしくなってしまったのかもしれない。今の世の中にコイツと同じ様な仕事をしているヤツはどれだけいるのだろう。きっとたくさんいる。こんなヤツばかりだ。全くイヤになる。いっそのこと税金を払うのやめるか。それで、コイツラが少しは考えるようになれば、私は一生分世界に貢献したと言えると思う。

 結局役所から出ると夕方になってしまった。朝から行って、一日がかりだ。やっと終わったことに安堵する。夕飯は男と食べる約束だから、そのまま行くか。歩道を3人で広がって歩いている小学生が邪魔くさい。本当にやめてくれ。どいつもこいつも人の邪魔ばかりしている。そのせいで、真っ直ぐに歩くこともできやしない。私が舌打ちをすると、こっちを見たが、ガキ共はどいた。なんで私がこんなに威嚇めいた事をしなければいけないのだろう。

 男は駅で私のことを待っていた。私を見つけると近づいてきて、抱きしめた。腕からは大量の毛が生えている。なんだろう、腕の毛に何かが引っかかっている。ハエか。なんだか変な臭いがした。一日働いて、汗や体臭が強まっている。顔は笑っている。おでこの上の生え際あたりに汗が粒になっていくつも溜まっている。髪の毛が汗で顔にベッタリと張り付いている。男の生暖かい息が私の首にかかる。臭い。タバコの匂いだ。あとなにか、悪臭のもとが胃袋から込み上げてきている。獣の臭いだ。

 臭い。臭い。男が私にくちづけしようとしている。大きく開けた口からは黄色くなった歯が覗いている。黄色い歯に何か白いものが付いている。生暖かい息が私の顔に直撃する。臭い。臭い。男の口の中は真っ赤でプルプルとしている。唾液と体液てネバネバとしている。つばが泡になって奥の方に溜まっている。なんだか汚い。男の口は私の方に近づいてくる。

 私は潔癖すぎたのだろうか。


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