解錠
私は佐藤杏。
小学校6年のクリスマス会の日にプレゼント交換で【立体パズル】を貰いました。その【立体パズル】をくれた同級生は仲が良い訳ではなく、顔は分かるけど話したことは無いという関係の女の子。
私は自身が欲しいと思える大きいぬいぐるみを用意したのに、貰えたそのソフトボールサイズの【立体パズル】にはがっかりしてしまいました。
手渡された時には当たり障りなく
「ありがとうね。」
と言ってみたけどその同級生にも私があんまり喜んでないことが伝わってたみたいで苦笑いしてた。
クリスマス会が終わって家に帰ってから、その【立体パズル】を
カチャカチャ…
カチャカチャ…
と触ってみたけど何だかあんまり変わった様子も進んだ様子も無い。
そもそもどういう形になれば解けたと言えるのかも分からない。
そんな訳でほんの5分程触っただけで物置に放り込んで以後遊ぶ事はありませんでした。
…それよりももうすぐお正月。買って遊びたいゲームソフトがあったのでそちらに心が向かっていました。
その3か月後、
小学校の卒業式の前日。タイムカプセルを埋める事になりました。
…もうその日はずいぶん昔の話だから、私がなぜその【立体パズル】をタイムカプセルに入れたのかは憶えていません。そのパズルでたいして遊んでいないことは間違いないのですが、造形が気に入っていたのか、それとも気に入らなかったからかは思い出せません。
今となっては私が小学6年生という学年を楽しめていたかどうかも思い出せませんし。
でも…
このパズルをくれた同級生はクリスマス会からわずか数日。
冬休み中に失踪してしまったのです。
あぁ…。もしかすると【立体パズル】を手放したかった理由はその忌まわしい記憶を捨ててしまいたかったからかもしれません。
タイムカプセルを掘り起こしたことで私の記憶や行動が現在に繋がってきます。
先ほど成人式があり、その流れで小学6年生の同窓会がありました。皆で学校の校庭に集まって、大きな木の根元にあるタイムカプセルを掘り起こします。
現在幸せな暮らしを送っている私の手に【立体パズル】が握られています。過去と不幸を閉じ込めてあるような不思議な感覚があります。
小学校卒業後に地元の中学・高校を卒業して、県外の短大に通っています。短大はもうすぐ卒業。卒業に必要な単位もすでに集め終わり、秋にあった難関の国家試験にもパスしています。3つ年上の恋人とも関係は順調。子供ができて現在妊娠3か月であることは想定外の出来事だったけど、短大卒業のタイミングで実家で両親と一緒に子育てして子がある程度大きくなってから就職しようと考えています。
「資格持ってるんだったらいつでも来てくれていいからね!」
と、すでに企業から声を掛けてもらっているので私は今間違いなく幸せの中にいます。
そんな中で【立体パズル】が私の手の中に戻ってきたことは何か嫌な予感がしています。
成人式、同窓会が終わり実家に夜8時頃に帰りつきます。妊娠のつわりがきつく食欲が無かったので同窓会や帰宅後も何も食べる気にならず、その日私は随分久しぶりの実家の部屋で早くに床につきました。
カチャカチャ…
カチャカチャ…
特に何の気なしに【立体パズル】を触ります。
カチャカチャ…
カチャカチャ…
そういえば、、、今日の同窓会に、この【立体パズル】をくれた同級生はいなかったなぁ…
カチャカチャ…
カチャカチャ…
…いや、いや、、あの子は失踪してしまってたんだった。
カチャカチャ…
カチャカチャ…
うーん、あまり頭が回ってないなぁ。うぷっ…。気持ち悪っ…
カチャカチャ…
カチャカチャ…
かちりっ
え?
- 翌日 -
私はこの【立体パズル】をくれた同級生が誰であるのかをしっかり調べ始めました。しかし小学校の卒業文集には彼女が写っていません。前日に同窓会で会った連絡がとれる全員に尋ねてみたけれど、、、
「んー、そんな失踪事件とか無かったと思うけど。」
「いや、、全然何言ってるか分かんない。」
「卒業文集の写真撮影はクリスマスより前だからもしそんな子がいるなら写ってるはずだよ。」
と言われてしまいます。それどころか、、、
「タイムカプセルって何のこと?」
「あぁ~。小6の12月のクリスマス会?ウチらの代は大雪で中止になっちゃったよね~。悔しかったの今でも憶えてるもん。」
「昨日は成人式終わってから直でカラオケ行って、ボーリング行って、居酒屋行ったよね。え?小学校って行ってないよ。」
「俺ずっと地元だから分かるけど小学校は廃校になっててもう中入れないよ。」
昨日のタイムカプセルを掘り起こした記憶ですら現実では無かったらしいのです。
私はそれらに反論ができません。
昨夜パズルが かちりっ と音を立てて明確に解けてから脳内にずっと声が聞こえるのです。
「ねぇ」
「聞こえてるでしょ」「そういうのいいから」「それでもいいよ」「分かってるよ」「あんまりだよ」
私の脳が解れた音だったのかもしれません。
いえ。今まで解れていたことにようやく気付いたのかもしれません。認知のズレを認知したことは決して不幸ではないのです。
「そんなことないよ」「認める?」「認めない?」「大丈夫?」「幸せ」「不幸せ」「分かる?」
その声は私の記憶の中の同級生。
声はずっと聞こえ続けています。でもそんな声はきっと存在しない。幼少から毎日苦しめられている「耳鳴り」という現象も、本当は音なんて鳴っていないって知ってる。分かってる。
「鳴ってるよ」「本当よ本当」「おめでとう」「残念」「毎日なの?」
そう。私は幸せなのだからこれくらいのことは何でもない…。
なんでもないと思ってたんだけど、外に出るとすれ違う子供達の顔が、、、
全員が私の記憶の中の失踪した同級生の顔に見えてしまう。
「見えるの?」「そうなの?」「そうじゃないの?」「これも認知よね」「現実かも」
私に残されているまともな感覚は少なくなっているかもしれない。【立体パズル】を解いたせいかもしれないし【立体パズル】のせいではないかもしれない。【立体パズル】は私の脳そのもので解しちゃいけなかったのかもしれない。でもまだ明確な害がある訳じゃないし、その聞こえる声には一切返事なんてしてやらないんだから。せめてこのお腹の子が産まれるまでは耳を塞いで、目を閉じて感覚を遮断し続けよう。
「お腹のお子さんの性別は女の子ですね」
- 12年後 -
雪がちらつくクリスマス。人通りの多い駅前にて行方不明者のビラを渡された幸せそうなカップルは顔を顰めて、受け取ったビラをすぐに道端に捨ててしまう。
「佐藤杏さんを探しています。妻は12年前に実家から忽然と失踪してしまいました。靴もスマホも財布も家にそのままにです。
大学は卒業を決めており、就職に必要な資格も取得して、企業への就職も決まっていました。何より妊娠していて幸せいっぱいの妻がいなくなるはずがありません。杏は何かの事件に巻き込まれたのだと思います。似た女性を見かけた方は情報提供をお願いします!」
ビラを配る男性の背後。カップルにより捨てられたビラを女の子が右手で拾う。
「ねぇねぇ。この女の人、ママとおんなし年齢でおんなし小学校の人だよね。知り合い?」
「ううん。ママは分からないわ。そんなに児童数が多い小学校じゃなかったし…、うーん、佐藤さんなんて小学校に一人もいなかったけど?」
「へぇ~。どういうことなんだろうね?
…あ、道の反対側にいるあの子も私とおんなしの持ってる。あの子もプレゼントで貰ったのかな?」
女の子は左手に【立体パズル】を持ちながら嬉しそうに笑っていた。
同級生□私□娘が=or≒or≠あるいはΦ




