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トロピカーナで昼食を

作者: cadiz
掲載日:2026/05/14

少しだけ前のお話です。


 トロピカーナが好きだ。


 某メーカーの定番ジュースのことではない。

 どこかのバーでも、もちろんショーパブとかでもなかった。それにカクテルの類でもなくて。あれだ。

 パイナップルをトッピングした、あの安い八宝菜みたいなピザである。


 あれがけっこう好きだったのだ。


 それはきっと、幸せな記憶とリンクしているから。




 「皆で助け合わないと」


 それがあそこでのスローガンだった。てか、モットー。


 過去イチ馴染めた職場は、地方のとある中小企業。

 ちゃんと経営理念とか建前上のお題目は別にあったけど、同僚女性間での共通認識はコレ。そしてその自主目標を、みんなで実践できてもいた。

 

 あと、もう一つ「人を責めない」こと。


 感動した。こんな合言葉が通じるカイシャもあるのかと。

それまで属してきた文化圏にはない概念だったから、まるで天国みたいに感じた。

なんて素晴らしい。素直にそう思えた。終の棲家にしたいと思える場所だった。


(この世には、個人を攻撃しないカイシャも存在するのか……)

 

 もしか凡ミスとかしても、ココじゃあ許される? 


 私が新卒採用で入ったカイシャとは大違いだ。

ムダに頭の良い人間が集まる弊害だったんだろうな。古巣では、ひとたび誰だかがしくじるとそれは冷ややかな空気が流れたものだ。


『は? バッカじゃないの?』


 声にならないそんなセリフが聞こえて、メンタルをグサグサ刺される。

ミス以外の点でもダメージ増大。

 ミスをするのはバカだから。一度説明を聞いて覚えられないのは地頭が悪いせい。ウマくやれないのも個人の資質の問題。

 つまりは自己責任。結局、能力不足なんでしょ?


 もちろん『ダイジョウブ?』と他者を気遣えるヒトも僅かにはいた。

だがそういうタイプは潰れていく。他人を助けると必然的に自分の首が締まるシステムになっていて、持ち時間を削られると雪崩のごとく業務が溜まる。それで雪だるま式に滞る。結果として、とても助け合えないサイクルが構築され続けていた。


 後から思うと非情にギスギスした環境だったのだが、私はけっこう永くいた。

それは、単にヨソの芝生の色を知らなかったからだと思う。

 それでうっかり長居してしまった。結果、ボロボロになった。リカバリーにはそれなりに時間もかかった。再起不能になる前に抜け出せただけ、ラッキーだった。


「何回でも聞いて。わかるまで教える。覚えて欲しいから。だから確実にマスターして」


 他称の予備知識はあったけれど、転職者なのに実質的な初心者状態だった私に「人を責めない」職場の先輩はイチから業務を教えてくれた。

 

(マジ? おんなじことを二回聞いても怒られないんだ……)


 この言葉に抜群の安心感を得られて、私は全集中できた。

 割り振られたシゴト自体も合っていたのだろう。おかげで、じきに覚えが速いと褒めてもらえるようになった。



 『ソレ、前に言ったよね?』


 一回聞いたでしょ? メモ取らなかったの? 人に聞く前に、まずノートを見返せば?


 質問するのに一々ビクビクする環境というのは健全ではない。

新人育成法を初歩から間違っているのだ。それは確実に成長を阻害する。

第一、聞いた方が早いよ? 教える方だって。


 なのに、いつでも誰でも『アイツは覚えが悪いから仕事が遅い』で片付けられていたのだ。



 ◇◇◇



 「皆で助け合える」場所にならば、ず―っと居たかった。

 

 あの社風が好きだったのだ。社風と言うより、空気感かな。

だから少数精鋭の万年人手不足でも、畳み掛けて来る連続締切に果敢に立ち向かえた。怒涛のような繁忙期にも沈没せずに耐えられた。

 見殺しにされないという安堵感は大きい。倒れる前に、誰かに助けてもらえる。助けてと、誰にでも言えた。


 何より。お昼が楽しかったんだよなあ。


 お楽しみのランチタイム。カテゴライズとしては製造業なので、本社の事務部門でも昼休みは一斉に取るスタイルだった。

 正午のベルが鳴った瞬間、電子レンジの順番争奪戦が始まる。

そして同時にお喋りスイッチが入る。毎日それはそれは賑やかに歓談するワケだが、たまにピザのデリバリーを頼んだりもした。



 「ふっふっふ。ダイジョウブ。明日はだあれもいないから」


 秘密のピザランチは会議室で催行される。


 一応は本社事務所なので、エラいさん達が軒並み出払う留守を狙いすますのだ。

 なんせ会議室が空いているのが大前提。それから重要なのは会長が間違っても来たりしない日だということ。さらには社長が出張中で、尚かつ役員が外出している貴重な全かぶりデイを確実に押さえる。


 そして、絶対に水曜日でなくてはならない。


 何故なら水曜はサービスデイ。ピザがグッ! とお安くなるからだ。


 だからせいぜい月イチか二カ月イチくらい。そんな頻度だった。

ホントにたまのお楽しみだったのだ。

 

 「好きなの6枚選んで~」


 女性は全部で六人。平均年齢は余裕の四十歳超えで、つまり全員が大ベテラン。

なのに皆気さくで親切で、本当に誰もいびって来なかった。スゴイことである。


「6枚全部、六等分するから!」


 基本メニュー表から選んで、全員で割り勘にすればワンコインにプラスα、或いは最少額紙幣一枚でじゅうぶんお釣りがきていた。


『安い! 早い! 旨い!』


 おまけに、超楽しい‼ 不定期ピザパーティーを職場でやれちゃったんである。


 ホントに楽しかった。すごく平穏で満ち足りたひととき。

 社会人ライフにあんな時間を持てたことを、私は今でも幸せだと思っている。


「じゃ、トロピカーナで‼」


 ただし、我がトロピカーナはとんと不人気だった。採用されたのは一度きりだ。


「ええ~っ。そんなん食べるの、Cさんだけやーん」

「却下。誰も食べませーん」

「え~~」


 可哀想なトロピカーナ。


「一人で一枚食べ切るなら、頼んでもいいいよ?」

「………」


 実に、登場したのは一回だけ。後にも先にも唯一度、一回こっきりである。


「うっ。ま、まっず……」


 お試しオーダーのその一回こっきりで、見事なまでに大大不評だったのだ。

もちろん、私以外で。


「うん、ムリ」

「これは好きじゃない~~」


 それでもたいがいな言われようではある。なんかね。加熱したぬるいパイナップルって気持ち悪いんだって。ならみんな、小学校の時の給食の八宝菜はどうしてたんだろうか。 


「ええ~~。美味しいよ?」

「いや、アンタだけやって」

「その味覚には付いて行けない」


 甘酸っぱいパイナップルがとってもいい味のアクセントだと思う私の味覚は、どうやらマイノリティー寄りだったみたいだ。なんでだろうか? 生ハムメロンとかはオッケーなのに? 


「パイナップルはアレだけど……Cさんの好きなマルゲリータとご希望の野菜ピザは入れとこうか」


 それでも肉々しいセレクトからベジピザに一枠開けてくれたのは、私への配慮で温情だった。

 


 (――しょうがない。とりあえず日本は民主主義だしな)


 全員でシェアする前提のオーダーだ。やむなし。

 悲しいことに。以後トロピカーナは多数決により必ず却下されるようになった。

確かに万人受けするとは言い難いんだろう。ネーミングの安直さとて、否めない。


 本場ナポリの人とかに言わせると「ピザの具にパイナップルだとお⁈」となるらしく、要は邪道なのだそうだ。別に何をのせてもいいだろうとか思うのは、私がなんでもアレンジできる日本国民だからで、発祥地では未だに賛否両論。その是非を巡り、激しい論争に発展したりもするそうだ。


 愛しい、不憫なトロピカーナ。

 

 我が最推しメニューは常に落選。セレクトから漏れ続け、弾かれ続けて最後まで至る。あそこで私が再びトロピカーナに相まみえることは、ついぞなかった。



 ◇◇◇



 あそこは落ち着く場所だった。


 駅から徒歩3分。とてもいい立地だ。なのに大通りの一本裏というだけで、嘘みたいに静かになる。まるで穴場? 知る人ぞ知るカンジな位置で、そこそこ店賃は高い建物群の、そのまた角っこのビルの上層階だった。

 居心地も良かった。エアポケットみたいだと、ずっと思っていた。


「ここ、ユルくて快適っしょ? 給料はシャレにならん安さだけど」


 典型的な地方の中小企業だ。株式非上場、非公開。創業の祖父から後を継いだ父が基盤を築き、会長に退いて息子に跡を譲った。創業から足掛け半世紀くらい。

業績は安定していて、おっとりした企業風土。どの部署もあまり殺伐とはしていなかった。

 ついでに不定期にふらっと来る会長の話がメチャ面白い。チョイ長かったけど。


 こんなカイシャもあったのか――。

 

 意外と日本は広かった。


 お給料を貰う以上、仕事は辛くて苦しいもの。

 会社なんて居心地悪くて当たり前。どれだけ雰囲気が荒んでても、そんなモノ。

 嫌でも行く。吐きそうになっても、とにかく毎日行くだけは行く。

 誰にどんなに削られても、叫んじゃいけない。独りで耐える。黙って、我慢する。


 そんな悲惨な固定観念しか持ってなかった身には、ピザパーティーできる環境は夢のまた夢。さながら未知の領域、別世界だった。



「Cさん、辞めないでよ~」


 何度も言ってもらえた場所だ。


 『嫌なら辞めろ』なんて露骨に態度に出されない。


 『年俸に見合う働きはしてもらう』


 パフォーマンスが落ちても言い訳は許さない。ストレス? それが何か? 

そんなに体調が悪くなるのは、自己管理がなってない証拠だ。


 そういう冷笑が、一切聞こえない場所だった。


 おまけに、定時に来て夕方には帰れる。朝晩のサビ残もない。太陽が昇ってから出社して、ちゃんと足元が明るい内に退社できた。

 楽しいお昼だってきっちり一時間取れた。味のしない食料を詰め込みながら、パソコンと睨めっこしなくていい。理想的な職場だった。



 ◇◇◇



 たぶん……世間的には、ややブラックだったのかもしれない。


 実質的なオーナー企業で、会長・社長のワンマン(あ、ツーマンか?)体制。

意思決定は早いけど、そこは絶対服従がお約束なのだ。

 そして令和の世には有り得ないような、絵に描いたような男尊女卑。

電話を取るのも、来客案内も、掃除もお茶を淹れるのも、全部女性の仕事。

当然、女性管理職なんてゼロ。どれだけ優秀でも、女性が会議に呼ばれることはない。

「女は黙っとれ」という無言の圧が、ところどころでヒシヒシとのしかかっていた。

 


 (平和だなあ……)


 それでも、穏やかな職場ではあった。

 だって誰にも殴り込まれない。見ず知らずの人間が、名指しノーアポで乗り込んで来たりはしなかった。来客はほぼ取引先。当然、怒鳴り散らしながらエレベータを降りて来る輩も皆無なわけで。

 第一、飛び込みなんて営業さんくらいだもん。

 だからカウンター応対だって怖くない。制服のタイをオラオラ胸ぐらワシ掴まれ⁈ 的な身の危険を、微塵も感じずに済んだから。

 勿論、電話で開口一番『アホ、ボケ、カス‼』 と罵倒されることもなかった。


(どっちがブラックだったんだろうか)


 今でも時々は考える。

 最初のカイシャは、確かにお給料だけは良かった。でも拘束時間がクソ長い。

そもそもサビ残ありきの業務量が組まれていた。

 待遇下げていいから、シゴト量を減らしてくれ。そんな絶叫があちこちで上がってた。

 世間的な知名度は高かったかな。だけど、三十路スタートと共に集団健診が半日ドッグに切り替わるようなトコロだ。それは別に福利厚生の充実とかではなくて、三十代前半の営業主任が突然死するような働かせ方をしてたからだと思う。

 旧本社ビルの外壁が赤いのはレンガではなく、飛び降りが多いから血で染まるのだと都市伝説まであったらしい。

 

 

「皆で助け合わないと」


 心優しい先輩の口癖が、そのままキャッチコピーになってたあの職場。


 皆で。助け合う。

 この世に、この国のカイシャに、こんな観念が実在したのか。夢物語じゃなくて?


 あそこで見殺しにされたことはない。

 いつでも助けてくれたし、いつだって助けてと言えた。


 独りで抱え込まず、声を上げてもよかったのだ。


 たとえポカミスしても、個人の人格を全否定されるような詰問をあの場所でされたことがない。三年半の間、いっぺんも。




「……Cさん。Cさんてば、いつでも遊びに来てよう」

 

 懐かしい職場。


 毎朝、ドナドナ感に苛まれることなく通えた、貴重な場所。

 日曜のサザエさんにも憂鬱にならず、「月曜日」のワードを見ても平常心でいられた。

 あの頃は、とても稀有な時間だったのだ。


 大好きだった、大事で大切な居場所。


 未だにものすごく残念なのは、皆と一緒にもう一度トロピカーナを食べられなかったことだ。そしてそんな日は、たぶんもう二度と来ないだろうことも。


 ――個人史上、一番好きな職場だったなあ。


 かつて愛した、最高で最愛の場所。


 三年半居て、去ってからそれ以上が経ってしまった。

 もう帰れないけれど、今でもピザのチラシを見ると、幸せな記憶を思い出す。




                                          (了)


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