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軽い出来心で

検索結果をいくつか眺めただけで、ケンジは疲れてしまった。

 専門用語が多すぎる。

 「簡単です」と書かれている説明ほど、信用できない。


 それでも、ひとつだけ分かったことがある。


 ――いまは、音楽を完成させなくてもいいらしい。


 鼻歌でもいい。

 断片でもいい。

 AIは、そこから形を起こしてくれるという。


 「……そこまでやってくれるのかよ」


 感心よりも、戸惑いの方が大きかった。

 まるで、手を引かれているような感覚だ。


 深夜。

 風呂を済ませ、部屋の灯りを落とす。

 外は静かで、車の音もほとんどしない。


 ケンジは、スマートフォンに向かって、そっと鼻歌を吹き込んだ。

 声は小さく、抑え気味だ。


 途中で止める。

 消そうとする。

 だが、消さない。


 AIが示した仮の音源を、再生する。

 ギターのコードが鳴り、リズムがつく。


 古い。

 驚くほど、古い。


 九〇年代初頭。

 あの頃、街に溢れていた音だ。


 「……悪くないな」


 誰に向けたわけでもない呟きが、部屋に落ちる。


 完成、とは言えない。

 だが、「形」ではあった。


 ケンジは、そのまま動画投稿サイトを開いた。

 アカウント名を考えるのが面倒で、適当な英数字を入れる。


 顔出しはしない。

 説明文も、短く一行だけ。


 ――昔作った曲の断片です。


 投稿ボタンの前で、指が止まる。


 今なら、まだ戻れる。

 なかったことにできる。


 だが、その考えに、少しだけ飽きてしまった。


 「……まあ、誰も聴かないだろ」


 自分に言い聞かせるように呟き、

 ケンジは、投稿ボタンを押した。


 それだけのことだった。


 ベッドに横になり、目を閉じる。

 胸は、少しだけ騒がしい。


 だが、後悔はなかった。


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