表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

鼻歌は、消えなかった

ケンジは、はっきりと分かっていた。

 これは、あの頃に作った最初の曲だ。


 何十年も前、放課後の帰り道で、

 ギターも持たず、紙にも書かず、

 ただ歩きながら口の中で転がしていた旋律。


 歌詞も、覚えている。


 無理に思い出したわけじゃない。

 思い出そうとした瞬間には、もう並んでいた。


 ――その時までには

 ――俺も真面目に生きてるぜ

 ――今度逢う時は

 ――それは、二人のはじまり

 ――その時までには 

 ――Oh Yeah



 若い言葉だ。

 今なら、少し気恥ずかしい。


 それでも、否定する気にはなれなかった。

 これは確かに、あの時の自分が書いた言葉だった。


 ケンジは、ベッドの上で小さく息を吐く。

 一曲目だけじゃない。


 二曲目も、三曲目も、

 メロディも、歌詞も、構成も、

 驚くほど鮮明に覚えている。


 理由は、簡単だった。


 忘れる暇が、なかったのだ。


 通勤の道で。

 風呂の中で。

 眠れない夜に。


 誰にも聴かせず、

 録音もせず、

 評価もされず。


 それでも、何十年も、

 ケンジはその曲たちを鼻歌で歌ってきた。


 上手くなる必要もなかった。

 完成させる必要もなかった。


 ただ、消さなかった。


 それだけのことなのに、

 旋律は形を保ったまま、

 いまも胸の奥に残っている。


 「……そりゃ、覚えてるわけだ」


 独り言が、静かな部屋に落ちる。


 これは才能の話じゃない。

 努力とも、少し違う。


 生きている間、ずっと一緒にあったものは、

 そう簡単に失われないのだ。


 ケンジは、スマートフォンを見つめる。

 この曲たちを、

 ただの鼻歌のまま終わらせるか。


 それとも――。


 答えは、まだ出ていない。

 だが、問いは、もう逃げ場を失っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ