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曲が勝手に歩き始める
スタジオを出たあと、何かが変わった実感はなかった。
電車に乗り、家に帰り、いつもと同じ時間に眠る。
翌朝も、同じ目覚まし。
同じ天井。
同じ一日。
違っていたのは、ケンジの知らない場所だけだった。
プロデューサーからの連絡は、相変わらず事務的だ。
進捗の報告。
確認事項。
専門用語。
「デモを数パターン作っています」
「仮歌を入れました」
「編成を少し変えています」
どれも、ケンジの手を離れた話だった。
彼は、ほとんど口を出さなかった。
最初に言った通り、自由にしてほしかった。
曲は、もう自分のものではない。
そう思うことで、心を守っていた。
ある日、何気なく動画サイトを開くと、
見覚えのある旋律が、別の形で流れてきた。
アレンジが変わっている。
テンポも、音色も違う。
だが、分かる。
――これは、あの曲だ。
コメント欄は、知らない言葉で埋まっていた。
――この感じ、最近また来てる
――九〇年代リバイバルっぽい
――今だから刺さる
ケンジは、そっと画面を閉じた。
喜んでいいのか、分からなかった。
自分の知らないところで、
自分の人生の一部が歩き始めている。
それは、誇らしくもあり、
少し、怖くもあった。




